霊と恋する四十九日

色部耀

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 それから二人が帰宅したのは最も気温が高い午後二時だった。涼しくなってきた時期とはいえ、昼のこの時間帯に三十分も自転車に乗っていれば暑くなり汗もかいてしまう。那由は家に入るなり汗を引かせようとティーシャツの裾を手でぱたぱたと動かしていた。暑さに表情を曇らせていた那由はリビングに入るなり、怪訝な顔に変わった。

「あ、那由おかえりー」

「ただいま」

 扇風機の前で自動ビブラートをかけた真由がアイスを食べながら那由におかえりと言う。暑くて暑くて仕方がないといった状態の那由にとって、それはまるで嫌味のような態度にしか思えなかった。

「扇風機独り占めせんとってや」

 那由はそう言って扇風機を首振りモードにして真由の隣に座る。今日買って来たばかりの服を傍らに置いて、そのまま溶けるようにフローリングに寝そべる。その様子を見た真由はにやりと口元を緩ませると那由の目の前でアイスをちらつかせて言った。

「那由も食べる? 好きでしょ、あずきバー」

「食べかけはいらんし」

「箱買いしてきたんだよーん」

 得意げな真由に若干苛立ちを覚えながらも那由は起き上がって真由の顔を見た。

「ゲームで那由が勝ったら好きなだけ食べて良いよ。てか無くなったら買い足しといてあげる。しばらく金欠なんでしょ?」

 半分ほど食べ終わって棒の先端が見えてきたアイスで那由の横にある袋を指して言う真由。全くもってその通りであるため、那由に反論の余地もなかった。

「……で、ゲームって?」

 那由の家にはテレビゲームは無い。あるのは将棋やオセロといったテーブルゲームやトランプ程度だった。

「ポーカー」

「運ゲーやん」

 そう言って難色を示す那由に対して、真由はうーんと唸りながら何かを考えた。

「じゃあさ。高い役を作った方が勝ちじゃなくて、自分の方が高いか安いかを指定して賭けて当たった方が勝ちってのはどう? それなら駆け引き的なのもあって面白くない? てかそれでいこう。そもそも那由に選択権はないのよー」

 真由はそう言って立ち上がると戸棚の中を漁ってトランプを取り出した。那由はその隙に扇風機を自分の方に向けて固定して涼しい顔を決める。

「じゃあ三回勝負ね」

 無言で扇風機を見た真由はさっと扇風機を首振りモードに戻す。そしてトランプを小気味の良い音を立ててきるとお互い五枚ずつになるように配った。

「交換は一回ずつね。あ、チップチップ」

 そう言って真由は机の上に置いていた財布を手に取って小銭入れをひっくり返す。ジャラジャラと音を立ててフローリングに落ちた小銭を数えると、金額も関係なく二つに分けた。

「丁度二十枚だったから、お互いにチップは十ね」

「手元に残ったんは自分のもんってことでいいん」

「よくない」

「けちー」

「あ、そうそう。一回目の交換の時にどっちかに賭けて、二回目の交換の時にもどっちかに賭けるって感じね。高い方に一枚、安い方に二枚賭けてて、もし高い方で当たってたらマイナス一枚。お互いのプラスマイナスを差し引きしてチップの交換ね」

「なんかよく分からんけど自分が勝ちそうな方にいっぱい賭けたら良いんやろ」

「そうそう、じゃあ那由に先行を譲ってあげよう。次は私が先行、最後は那由が先行ね」

「分かった……」

 真由に言われるがまま那由は手札を交換した。手元にワンペアだけを残して三枚交換。そこでポケットから携帯電話を取り出してぽちぽちと文字を打つ。

「なになに那由。こんな時に彼氏?」

「違うし。ちょっとポーカー攻略法調べよるだけ」

 そう言いつつも実際にしてるのは宗祇に見せるためのメッセージだった。

『お姉ちゃんの手より高そう?』

 そのメッセージを見た宗祇はすぐに嗜めるように言った。

「那由。ズルは良くないんじゃないかな?」

『お願い。協力して。たまにはお姉ちゃんをギャフンと言わせたいんよ。宗祇さんにしかこんなこと頼める人おらんし』

 早打ちで書かれた言葉に宗祇はしばし悩むと小さなため息をついて答えた。

「那由が金欠なのも俺のために使ってくれたってのもあるし、今日だけは共犯者になってあげるよ」

 そう言って真由の背後に立った宗祇は真由の手札を読み上げる。手札はバラバラで何の役にもなっていない。

「私が高い方に一枚」

 那由の手は交換したことでツーペアになり、悪くない手札となっていた。

「じゃあ私の番ね。全部交換っと。……ふむふむ」

『また役なしだね』

 真由が引きなおすたびに全て教えてもらえる那由は、もう負ける気がしないといった感じの顔をしていた。

「じゃあ、私が安い方に一枚」

 そう言って真由は一円玉をすっと前に出した。そこで宗祇は気付いたのか声を上げる。

「那由。このゲーム、圧倒的に後攻が有利だ。相手の判断を聞いた後に自分でどちらかに賭けるか決められる」

 その言葉を聞いて那由は嵌められたといった顔をして真由を見る。

「あ、那由気付いちゃった? でももう遅いよ。分かったって言ったんだからねー」

「……一枚交換。私が高い方に一枚追加」

 文句を言わずに一枚交換した那由はそう言って五円玉を前に出す。

「じゃあ私は交換なし。私が安い方に六枚追加。はい、オープン!」

 結果は那由の手の方が役が高く、賭けでは真由の勝ち。

「差し引きで五枚もらうよ。これで十五対五ね」

「那由……。これ手加減されてるよ。さっき十枚全部賭けられてたらほぼ負けてた」

 那由は宗祇の話を聞いて、ハッとなっていた。相手のコールに合わせて自分の手と賭け金を変えられるなら、初手で上限まで賭け合うことでプラスマイナスゼロにしておくべきだったのだ。

「でも次は私の番だし、ここで決まるから」

 そして配られた手札はお互いに役のないブタ。

「一番高いのがジャックのブタ」

「交換なしで私が低い方に五枚」

 真由はそう言って無作為に選んだ小銭を五枚前に出す。那由の手札は一番高いのが八のブタ。このまま行けば那由の大勝ち。

「私も交換なしで私が低い方に一枚」

「じゃあ私もまた交換なしで今度は高い方にも五枚」

「それって賭けてないのと一緒やん!」

「あはははは。那由任せでいっかなって。全額賭けられて負けても良いし」

「……私が低い方に四枚」

「はい、じゃあオープン! おお、すごいすごい。でもこれで十対十ね。で那由が先行」

 那由はすでに悔しそうな顔をして真由を睨みつつも、希望を乗せた眼差しを宗祇に向けていた。宗祇も相手がズルをしようとしていたということで、全力サポートをするつもりだった。しかし……

「お姉ちゃん手札見んの?」

 真由は配られた五枚のトランプを伏せたまま見ようともしなかった。

「ま、最後は運任せで。ほらほら、何枚交換するの?」

 那由の手札は九のスリーカード。

「ここは普通に手を伸ばしてとするならフォーカードかフルハウス狙いで二枚を交換するべきかな」

「二枚交換で。私が高い方に一枚」

「じゃあ私は交換なしで私が高い方に十枚」

「はあ?」

 手を見ずに手元の小銭を全て前に出す真由。那由は顔を歪ませて驚きの声を上げた。

「那由、もうこれは自分の手を高くして勝つしかない。でもスリーカードなら勝てる確率も十分ある」

 宗祇に励まされた那由は、小さく頷いてまたしても二枚交換する。すると……

「よし! 私が高い方に残り全部!」

 那由が引いたのは二枚の三。つまりフルハウスという高い役が作れている。交換もしていないカードに負けることはほぼない。

「じゃ、オープン!」

 意気揚々とカードを見せた那由は、真由の手札を見た瞬間に表情を凍らせた。

「那由は九と三のフルハウス。私はキングとクイーンのフルハウス。あっでも……」

 ゲームの余韻を楽しむでもなくトランプを片付け始めた真由は続けて言った。

「ジョーカー使ってるから私の負けかな。おめでとう。アイスは那由のものだ」

 真由は可愛らしくウインクしながら鼻歌交じりに冷蔵庫まで行くと、二本のアイスを持って戻ってきた。

「一緒に縁側で食べよ」

 負けたのに楽しそうな真由を見て、逆に悔しい気持ちでアイスを受け取る那由は、真由に従って縁側まで行くのだった。


 トタン屋根で日陰になっている縁側で、顔のそっくりな姉妹が並んでアイスを食べている様子はそれだけで風情があった。宗祇は二人を優しく見守りながらも真由とは逆側の那由の隣に座って話しかける。

「ジョーカー使うんだったらフォーカードって言えば勝ちだったのに。わざと負けたのかな?」

 那由は片手にアイスを持った状態のまま、逆の手で携帯電話を操作して宗祇に答える。

『うっかりしとったんやない? バカなだけなんよ。黙っとこ』

「那由と遊びたかったし那由とアイス食べたかったのかなって」

『私と遊びたかったんやなくって、私で遊びたかったんやろ』

 少し不機嫌な顔でアイスにかじりついて、ガキッと音を立てて食べる那由。アイスを口に入れると、途端に那由の顔がほころぶ。真由はその様子を見ながら自分のアイスに息を吹きかける。

「熱いもん食べるんやないのに、なんでふーふーしよん?」

「ちょっと表面溶かした方が食べやすくなるからね。私にはこのアイスちょっと硬すぎるから」

「どうせ私は野蛮人ですよー」

「そんなこと言ってないでしょ」

 そう言って真由はふくれっ面をする那由の頬を指でつつく。

「つつくな!」

「あはははは」

 真由はころころ変わる那由の表情を本当に楽しそうに見ていたのだった。
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