霊と恋する四十九日

色部耀

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「ふー満足したー」

 一階に上がるエレベーターの中でそう言った那由は胃のあたりをさすっていた。

「腹八分って感じ」

「普通は試食で腹八分になるまで食べたりしないよ」

 食い意地の張った那由をたしなめつつ、宗祇は大きなため息をついた。那由はへへっと笑って誤魔化している。

「でもまあ、那由が美味しそうに食べてたおかげでお客さんも増えてたみたいだから良いか」

「そうそう。宣伝広告料」

「……稼ぎ始めたら、ちゃんと買ってあげような」

「はい……」

 那由は宗祇に顔を覗き込むようにして言われ小さく返事をした。那由のその素直な様子に、宗祇は優しく微笑み返すと頭を撫でるように手を添えた。

「撫でられてるのに触られてないって不思議な感じやね」

「ちゃんと触れられる彼氏を作らないとね」

「……宗祇さん。そういうんちょっとウザい」

「はははは。ごめんごめん」

 ふくれっ面をした那由に軽いノリで謝った宗祇は一階に到着した瞬間、先に外へ足を踏み出す。那由も言葉にこそ出していたが、不機嫌になるほどではなかったようで、楽しげに宗祇の後ろに付いて出た。

「もう開店しただろうから行こっか」

 那由は宗祇に言われて携帯で時間を確認する。時刻は十二時を過ぎていた。時間を確認し終えてポケットに携帯をしまうと、おうむ返しのように行こっかと言って宗祇について歩き始める。

 人混みを抜け、つい三時間ほど前にいた店の前に立つ二人。店の外には安売りのチラシが貼られ、ガラス扉から覗く店内にはいたるところにセール品の値札が大きく表示されていた。

 那由は宗祇を置いてけぼりにする勢いで店の扉を開けると、足早に女物のコーナーへと急いだ。セール期間中とはいえ開店直後ということもあり、あまり人もおらず誰かにぶつかってしまうということもなかった。少しだけ遅れて追いついた宗祇は、目を輝かせて物色する那由を見て小さなため息をついた。ため息をつきながらも目元を緩ませて優しく見守る様子は、さながら父と娘のようだ。

「ねえねえ宗祇さん。どっちが良いと思う?」

 丈の長さが違うクリーム色をした二種類のカーディガン。膝丈か腰より少し下かの違い。ひらひらと交互に体に合わせて見せる那由を宗祇は真剣に眺めて考える。

「元気な那由には短い方が似合うかな。可愛い」

「そ、そうかな」

 両手で持って二つを見比べた那由は、しばらく悩むと両方を手に持ったまま移動を始めた。

「一応試着してみる」

 今にもスキップしそうなほど上機嫌な那由はそれからめぼしい商品を手にとっては広げて抱え、待ちきれなくなった頃に試着室へと向かった。

「那由、ちなみに予算は?」

「服はお母さんからのカンパも足して一万円! でもしばらくあずきバー食べれんなる……」

「じゃあちゃんと選ばないとね」

「後悔せんようにせんといかん」

 ぐっとガッツポーズをして見せた那由はそうして試着室に入っては着替えて宗祇に見せるというのをしばらく続けた。着替え終わるたびに宗祇を呼び、宗祇はカーテンをすり抜けて試着室へ入る。それを何度も繰り返した。

「よし、この二つかな」

 那由は最終的にカーディガン一着と七分袖のシャツを一着を選んだ。二つとも宗祇が那由らしくて可愛いと評価したもので、那由も喜んで決めたものだった。しかし――

「あれ? それだけじゃ五千円くらいだよね?」

「ちょっと宗祇さんに内緒で買いたいもんがあるけん。ほら、先外に出とって」

 那由はそう言って宗祇をしっしっと手で払い外へ出るように指示する。宗祇は少しの間考えると、素直に従った。宗祇が店から出て行くのを確認した那由は小走りで少し店の奥へと消えていった。

「おまたせ」

 店の外でぼんやりと空を眺めていた宗祇の後ろからホクホク顔の那由が声をかける。周りに気にしないといけないような人もいないため普段どおりの声量。両手に中身が見えないタイプの手提げ袋を持って宗祇の顔を覗き込む。

「今日は外でお昼ご飯食べる予定もなかったけん、帰ろっか」

 那由は続けてそう言うと駐輪場へ向かって歩き出す。早足で那由を追い越して前に出た宗祇は小さく、それでいて那由には十分聞こえるであろう声でつぶやいた。

「さっきあれだけ食べたのにもうお昼ご飯の話か……」

「ん? なんか言った?」

「別にー」

「私太りにくい体質やけん大丈夫やもん」

「女友達が聞いたらなんて言うやら」

「沙知が聞いたら……」

 沙知なら何と答えるか想像しながら歩いていた那由はばっと胸元を押さえて宗祇を睨み付けた。

「胸に栄養が行くとか言うん? 宗祇さんのえっち!」

「言わないよ! ダイエットしなくて良くって羨ましいとか言われるんじゃないかってこと!」

「どうだかー」

 ジト目で宗祇を睨み付け続ける那由。しかし宗祇は一度ため息をついただけで無視をするように歩みを進めた。

「あ、待って。冗談やけーん」

 焦るように走って近付く那由は、まるで構って欲しがる子犬のようだった。
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