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上りと比べて下り坂は楽だったようで、那由も息をきらせることはなかった。商店街に戻ると十一時を過ぎており、開店時間まであと一時間を切っている。店の近くまで来ていた二人は残りの時間をどうやって過ごそうかと立ち尽くしていた。
「宗祇さーん。この辺で何か時間潰せるもん知らん?」
「うーん。俺もあんまりこの辺りに遊びに来ることはなかったしなー。大学時代に時間潰すって言ったらゲーセンとかカラオケとかだったかも」
「今日はあんまお金無いけんパス。服買えんなる」
「そうだよね。じゃあ、デパートでウィンドウショッピングでもしてる?」
「いいね!」
那由は元気よく返事をすると、宗祇の先導に従って自転車を停めたデパートへと向かった。商店街に到着した時よりも人通りが増えたこともあって、宗祇はいつも以上に周囲を警戒している様子。
「そんなに警戒せんでもそうそう事件なんか起きんし大丈夫やって」
こっそり耳打ちするようにして伝える那由だったが、宗祇は変わらずきょろきょろと周りを見ていた。
「それでも、注意しているに越したことはないから。俺も未来の出来事が全部分かるって訳じゃないしね」
「うーん。じゃ、任せる」
人混みを抜けてデパートに到着すると、宗祇はエレベーター横にあるフロアガイドまで真っ直ぐに歩いていく。後ろを付いて行く那由は一階の化粧品売り場を遠目に見ながら小声で宗祇に話しかける。
「なんか、デパートの中って空気が綺麗な気がせん?」
「うーん。言われてみればそんな気もするね。空調と遠くから香るほのかな香水の匂いのせいかも」
「へー。確かに宗祇さんの言うとおりかも。……あれ? 宗祇さんって匂い分かるん?」
「全然」
手をひらひらと振って否定する宗祇を見て、那由はがっくりと肩を落とす。
「だよねー。あ、デパートって言ったらさ」
那由は宗祇の横から顔を出してフロアガイドを覗き込むと指をさして言った。
「デパ地下の試食よね」
嬉しそうに宗祇に笑いかける那由は迷わずエレベーターで下行きのボタンを押して乗り込んだ。宗祇はそんな那由の姿を溜息を吐きながら見つつ、ゆっくりと那由の傍まで歩くのだった。デパートの古いエレベーターは静かながらにもゆっくりと下降し、那由と宗祇を地下一階へと運ぶ。扉が開くと、那由は外に飛び出して大きく鼻で息を吸った。
「良い匂い! バターの香り、オムライス屋さん! 焼き鳥、じゃこてん、パエリア!」
エレベーターを降りてすぐ目の前のオムライス屋から漂うバターの香り。そして隣に連なる店の香りが混ざって那由の食欲を刺激する。今日はあまりお金を使えないと言っていた那由は、匂いに誘われるままふらっと練り物の売っているコーナーに吸い寄せられると、試食を出しているお店の前で止まる。
「おひとついかがですかー?」
店員にすっと試食品を差し出されて、那由は嬉しそうに受け取る。ひとくち大に切られて爪楊枝に刺さっていたのは愛媛の特産物でもあるじゃこてんだった。魚のすり身を小判形にして揚げた練り物のひとつ。小骨などの食感が残っているのも特徴だ。
「いただきます」
那由は口に入れるの幸せそうに頬を緩ませてうなる。何度も何度もしっかりと噛み締めて味わう様子を見て店員も嬉しそうだった。
「お嬢ちゃん、他の種類も食べる?」
「良いんですか?」
店員はカウンター内で違う商品を取り出すと、手早く包丁で切って試食品を作った。那由は新たに手渡された試食品を口に運ぶと、地団駄を踏みながら目を見開いて宗祇の方を見る。その表情と体を使って美味しさを伝えていた。
「本当に那由は美味しそうに食べるよね」
那由はうんうんと頭を縦に振って肯定すると店員に向き直って感想を語った。
「すっごい美味しいです!」
「そう。そう言ってもらえて私も嬉しい。まだ食べる?」
店員は商品を購入するように勧めるでもなく、さらに食べないかと楽しそうに言っていた。まるで孫にお菓子でも渡すおばあちゃんのよう。
しかし那由が美味しそうに食べる様子を見て周りの客も興味を持ったのか、ちょっとした人だかりができ始めていた。おかげで店も少し忙しくなってしまったようで、那由はお礼を言って離れたのだった。
「まるで座敷童子だね」
「なにそれ。座敷童子って妖怪やん。なんか幽霊に妖怪扱いされるん、ちょっと不本意なんやけど」
そう言って頬を膨らませる那由に、宗祇はなだめるように話す。
「別に悪く言ってるわけじゃないって。那由が美味しそうに食べたおかげで商売繁盛したって意味でさ」
「やったらせめて招き猫くらいにしてくれん? 猫やったら可愛いし」
「そうだね。招き猫那由だね」
「それはそれで馬鹿にされてる気もする」
「はははは。してないしてない」
人だかりの陰でこっそりと話をしていた二人。しかし那由はすぐに違う試食コーナーを見つけて歩きだした。
それから那由は試食のある店をまわり、そのたびに周囲の客を引き寄せるのであった。
「宗祇さーん。この辺で何か時間潰せるもん知らん?」
「うーん。俺もあんまりこの辺りに遊びに来ることはなかったしなー。大学時代に時間潰すって言ったらゲーセンとかカラオケとかだったかも」
「今日はあんまお金無いけんパス。服買えんなる」
「そうだよね。じゃあ、デパートでウィンドウショッピングでもしてる?」
「いいね!」
那由は元気よく返事をすると、宗祇の先導に従って自転車を停めたデパートへと向かった。商店街に到着した時よりも人通りが増えたこともあって、宗祇はいつも以上に周囲を警戒している様子。
「そんなに警戒せんでもそうそう事件なんか起きんし大丈夫やって」
こっそり耳打ちするようにして伝える那由だったが、宗祇は変わらずきょろきょろと周りを見ていた。
「それでも、注意しているに越したことはないから。俺も未来の出来事が全部分かるって訳じゃないしね」
「うーん。じゃ、任せる」
人混みを抜けてデパートに到着すると、宗祇はエレベーター横にあるフロアガイドまで真っ直ぐに歩いていく。後ろを付いて行く那由は一階の化粧品売り場を遠目に見ながら小声で宗祇に話しかける。
「なんか、デパートの中って空気が綺麗な気がせん?」
「うーん。言われてみればそんな気もするね。空調と遠くから香るほのかな香水の匂いのせいかも」
「へー。確かに宗祇さんの言うとおりかも。……あれ? 宗祇さんって匂い分かるん?」
「全然」
手をひらひらと振って否定する宗祇を見て、那由はがっくりと肩を落とす。
「だよねー。あ、デパートって言ったらさ」
那由は宗祇の横から顔を出してフロアガイドを覗き込むと指をさして言った。
「デパ地下の試食よね」
嬉しそうに宗祇に笑いかける那由は迷わずエレベーターで下行きのボタンを押して乗り込んだ。宗祇はそんな那由の姿を溜息を吐きながら見つつ、ゆっくりと那由の傍まで歩くのだった。デパートの古いエレベーターは静かながらにもゆっくりと下降し、那由と宗祇を地下一階へと運ぶ。扉が開くと、那由は外に飛び出して大きく鼻で息を吸った。
「良い匂い! バターの香り、オムライス屋さん! 焼き鳥、じゃこてん、パエリア!」
エレベーターを降りてすぐ目の前のオムライス屋から漂うバターの香り。そして隣に連なる店の香りが混ざって那由の食欲を刺激する。今日はあまりお金を使えないと言っていた那由は、匂いに誘われるままふらっと練り物の売っているコーナーに吸い寄せられると、試食を出しているお店の前で止まる。
「おひとついかがですかー?」
店員にすっと試食品を差し出されて、那由は嬉しそうに受け取る。ひとくち大に切られて爪楊枝に刺さっていたのは愛媛の特産物でもあるじゃこてんだった。魚のすり身を小判形にして揚げた練り物のひとつ。小骨などの食感が残っているのも特徴だ。
「いただきます」
那由は口に入れるの幸せそうに頬を緩ませてうなる。何度も何度もしっかりと噛み締めて味わう様子を見て店員も嬉しそうだった。
「お嬢ちゃん、他の種類も食べる?」
「良いんですか?」
店員はカウンター内で違う商品を取り出すと、手早く包丁で切って試食品を作った。那由は新たに手渡された試食品を口に運ぶと、地団駄を踏みながら目を見開いて宗祇の方を見る。その表情と体を使って美味しさを伝えていた。
「本当に那由は美味しそうに食べるよね」
那由はうんうんと頭を縦に振って肯定すると店員に向き直って感想を語った。
「すっごい美味しいです!」
「そう。そう言ってもらえて私も嬉しい。まだ食べる?」
店員は商品を購入するように勧めるでもなく、さらに食べないかと楽しそうに言っていた。まるで孫にお菓子でも渡すおばあちゃんのよう。
しかし那由が美味しそうに食べる様子を見て周りの客も興味を持ったのか、ちょっとした人だかりができ始めていた。おかげで店も少し忙しくなってしまったようで、那由はお礼を言って離れたのだった。
「まるで座敷童子だね」
「なにそれ。座敷童子って妖怪やん。なんか幽霊に妖怪扱いされるん、ちょっと不本意なんやけど」
そう言って頬を膨らませる那由に、宗祇はなだめるように話す。
「別に悪く言ってるわけじゃないって。那由が美味しそうに食べたおかげで商売繁盛したって意味でさ」
「やったらせめて招き猫くらいにしてくれん? 猫やったら可愛いし」
「そうだね。招き猫那由だね」
「それはそれで馬鹿にされてる気もする」
「はははは。してないしてない」
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それから那由は試食のある店をまわり、そのたびに周囲の客を引き寄せるのであった。
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