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そうして二人は行列を作る天守閣入り口受付へと到着した。受付では係員が忙しなく観覧客を捌いている。そこで那由は天守閣に入るための入場料を見つつ呟いた。
「五百円かー」
那由は財布の中身を確認して唸り声をあげると、宗祇の方を見る。宗祇は首を傾げて那由の言葉を待つ。
「ねえ宗祇さん。少し先が見えるとかいう力で私が五百円払って後悔してないか分からん?」
「うーん……」
宗祇は腕を組んで目を瞑るとしばらく考え込む。那由は未来を見てくれているのだろうと思って期待の眼差しを送っていた。
「大人になってからまた来ようか」
「そん時はまた一緒に来てよー」
回れ右して天守閣に背中を向ける那由だったが、宗祇は良い返事をすることができなかった。
「保証は……できないかな。幽霊なんていう不安定な存在だし」
那由はその言葉を聞いて一歩進もうとした足を止めた。そしてすぐに振り返ると迷わずチケット売り場に行ってお金を払う。
「大人一人!」
那由は理解が追いついていない様子の宗祇に目配せをして奥へ進む。宗祇は小走りで那由に近付くと少し前方に回って顔色を伺う。
「もし……。ありえんけど、もし宗祇さんがおらんなったら五百円けちったこと絶対後悔するけん」
小声で呟いた那由に宗祇は優しい声で答える。
「ありがと。那由」
「べ、別に宗祇さんのためやないし! 私が遊びたいだけやし! それにほら、二人で五百円て思ったらお得やしね!」
つい大きな声を出してしまった那由に周りの人が振り返った。その様子に那由は慌てて携帯電話を取り出して言い訳をする。
「す、すみません。大きな声で電話しちゃって」
無理のある言い訳だったが、赤の他人である観光客は不思議そうな顔をしただけで何か言ってくるなどということは無かった。慌てる那由の様子を見て笑う宗祇だったが、顔を真っ赤にした那由の脇腹攻撃に黙らざるをえなかった。
城内を床板が軋む音を立てながら歩く那由は、思いのほか楽しいようで目を輝かせてきょろきょろと頭を動かしていた。
「涼しー。柱太ーい。すごーい」
ことあるごとに小さく呟く那由を宗祇は隣で優しく見守っていた。那由を見守りつつも、宗祇は説明口調で話をする。
「平成の大改修って言われる大規模な修繕があったんだけど、柱とかは大昔のまま使われてるらしいよ。確か、江戸時代に書かれた落書きなんかも残ってるとか。ほらあれ」
那由は宗祇が指さした方を見る。そこにはよく見ないと分からないような絵が薄っすらと描かれていた。
「へえー。なんか上手いか下手か分からん微妙な絵やね。でも江戸時代のものが残ってるなんて面白い。当時の人が見たら恥ずかしいんかな?」
「かもね。まさか何百年経っても残ってるとは思ってないだろうしね」
「あ、もしかして宗祇さんもそういうのあったりするん? 高校の机に彼女との相合傘彫ったりとか」
「そういえば……いや。なんでもないや」
「怪しい……」
何かを言いかけた宗祇を問い詰めようと那由は脇腹をつつく素振りを見せる。すると宗祇は嫌な顔をしつつため息をついて白状した。
「昔デートで行った海で看板に小さくイニシャル彫ったなって。自転車の鍵でガリガリって」
「わー。青春って感じー。可愛いー。宗祇さん幽霊やのに顔赤いー」
「うるさい!」
からかわれた宗祇は天守内を順路に沿って先を行く。
「待ってってばー。ごめんごめん」
早歩きで追いついた那由はそう言って小声で謝るのだった。
天守閣の最上部に到着すると、四方の窓から城下が一望できる。先ほどまでいた広場と大違いな見晴らしの良さに那由の目が輝く。
「お城とか歴史とか全然興味無かったんやけど、この景色は良いね。なんか高校の渡り廊下から遠く見よったんを思い出す」
「やっぱりそう言うと思った」
小声で話す那由にそんな感想を述べる宗祇。周りも騒がしく知っている人がいない状況なので、那由も少し気を抜いて宗祇に話しかけていた。
「宗祇さんてまだ私と一ヶ月も一緒におらんのに、私の考えることよく分かっとるよね」
「まあ、守護霊だからね。一日中那由のことばかり考えてたら分かるようにもなるよ」
宗祇の返答に納得がいかなかったのか、那由はうーんと唸りながら眉をひそめ、少しして口を開いた。
「もしかして……私が覚えてないだけで昔どこかで会ったことある?」
那由の指摘に宗祇は全く答える様子がない。
「そうだ那由。那由は松山ってあんま来たことないよね? ここから案内してあげるよ」
そう言って話し始めた宗祇に、那由はこれ以上突っ込んで聞くこともできずに耳を傾けているだけだった。
県内で有名な会社の工場や公共の施設、宗祇が働いていたという消防署。迷うことなく説明を続ける宗祇の話を那由は静かに聴き続けていた。興味がないというわけではないが、先ほど宗祇が答えなかった質問が気になって仕方がない様子。
「あの辺りが有名な道後だよ。何度も映画や小説の舞台にもなってるし、一度は足を運んで損はないと思う。春になると道後公園の桜が綺麗だし、足湯に入ってゆっくり話なんかしてると時間を忘れられる」
「……宗祇さんは誰と行ったん?」
小さく呟く那由に対して、宗祇も今度は直ぐに答えた。
「彼女と……だよ。当時はまだ恋人同士だったし。そういえば反対側のあっち」
天守内を西側に移動して指をさす宗祇。
「あっちの小さい山の向こう。愛媛で最大の花火大会があって、ここからも見えるんだ。昔彼女と行ったときは暑くて屋台そっちのけで座り込んでたな」
「そうなんや……」
那由の静かな様子を見て宗祇は何かを感じたのか、表情を曇らせて謝った。
「ごめん。俺の話ばっかしちゃって。でも、那由もいつか誰かと行く機会があれば絶対に楽しめるはずだから」
「そんなの……いい。そろそろ降りよっか」
一瞬暗い表情をした那由は階段を降りて外へと向かった。
「五百円かー」
那由は財布の中身を確認して唸り声をあげると、宗祇の方を見る。宗祇は首を傾げて那由の言葉を待つ。
「ねえ宗祇さん。少し先が見えるとかいう力で私が五百円払って後悔してないか分からん?」
「うーん……」
宗祇は腕を組んで目を瞑るとしばらく考え込む。那由は未来を見てくれているのだろうと思って期待の眼差しを送っていた。
「大人になってからまた来ようか」
「そん時はまた一緒に来てよー」
回れ右して天守閣に背中を向ける那由だったが、宗祇は良い返事をすることができなかった。
「保証は……できないかな。幽霊なんていう不安定な存在だし」
那由はその言葉を聞いて一歩進もうとした足を止めた。そしてすぐに振り返ると迷わずチケット売り場に行ってお金を払う。
「大人一人!」
那由は理解が追いついていない様子の宗祇に目配せをして奥へ進む。宗祇は小走りで那由に近付くと少し前方に回って顔色を伺う。
「もし……。ありえんけど、もし宗祇さんがおらんなったら五百円けちったこと絶対後悔するけん」
小声で呟いた那由に宗祇は優しい声で答える。
「ありがと。那由」
「べ、別に宗祇さんのためやないし! 私が遊びたいだけやし! それにほら、二人で五百円て思ったらお得やしね!」
つい大きな声を出してしまった那由に周りの人が振り返った。その様子に那由は慌てて携帯電話を取り出して言い訳をする。
「す、すみません。大きな声で電話しちゃって」
無理のある言い訳だったが、赤の他人である観光客は不思議そうな顔をしただけで何か言ってくるなどということは無かった。慌てる那由の様子を見て笑う宗祇だったが、顔を真っ赤にした那由の脇腹攻撃に黙らざるをえなかった。
城内を床板が軋む音を立てながら歩く那由は、思いのほか楽しいようで目を輝かせてきょろきょろと頭を動かしていた。
「涼しー。柱太ーい。すごーい」
ことあるごとに小さく呟く那由を宗祇は隣で優しく見守っていた。那由を見守りつつも、宗祇は説明口調で話をする。
「平成の大改修って言われる大規模な修繕があったんだけど、柱とかは大昔のまま使われてるらしいよ。確か、江戸時代に書かれた落書きなんかも残ってるとか。ほらあれ」
那由は宗祇が指さした方を見る。そこにはよく見ないと分からないような絵が薄っすらと描かれていた。
「へえー。なんか上手いか下手か分からん微妙な絵やね。でも江戸時代のものが残ってるなんて面白い。当時の人が見たら恥ずかしいんかな?」
「かもね。まさか何百年経っても残ってるとは思ってないだろうしね」
「あ、もしかして宗祇さんもそういうのあったりするん? 高校の机に彼女との相合傘彫ったりとか」
「そういえば……いや。なんでもないや」
「怪しい……」
何かを言いかけた宗祇を問い詰めようと那由は脇腹をつつく素振りを見せる。すると宗祇は嫌な顔をしつつため息をついて白状した。
「昔デートで行った海で看板に小さくイニシャル彫ったなって。自転車の鍵でガリガリって」
「わー。青春って感じー。可愛いー。宗祇さん幽霊やのに顔赤いー」
「うるさい!」
からかわれた宗祇は天守内を順路に沿って先を行く。
「待ってってばー。ごめんごめん」
早歩きで追いついた那由はそう言って小声で謝るのだった。
天守閣の最上部に到着すると、四方の窓から城下が一望できる。先ほどまでいた広場と大違いな見晴らしの良さに那由の目が輝く。
「お城とか歴史とか全然興味無かったんやけど、この景色は良いね。なんか高校の渡り廊下から遠く見よったんを思い出す」
「やっぱりそう言うと思った」
小声で話す那由にそんな感想を述べる宗祇。周りも騒がしく知っている人がいない状況なので、那由も少し気を抜いて宗祇に話しかけていた。
「宗祇さんてまだ私と一ヶ月も一緒におらんのに、私の考えることよく分かっとるよね」
「まあ、守護霊だからね。一日中那由のことばかり考えてたら分かるようにもなるよ」
宗祇の返答に納得がいかなかったのか、那由はうーんと唸りながら眉をひそめ、少しして口を開いた。
「もしかして……私が覚えてないだけで昔どこかで会ったことある?」
那由の指摘に宗祇は全く答える様子がない。
「そうだ那由。那由は松山ってあんま来たことないよね? ここから案内してあげるよ」
そう言って話し始めた宗祇に、那由はこれ以上突っ込んで聞くこともできずに耳を傾けているだけだった。
県内で有名な会社の工場や公共の施設、宗祇が働いていたという消防署。迷うことなく説明を続ける宗祇の話を那由は静かに聴き続けていた。興味がないというわけではないが、先ほど宗祇が答えなかった質問が気になって仕方がない様子。
「あの辺りが有名な道後だよ。何度も映画や小説の舞台にもなってるし、一度は足を運んで損はないと思う。春になると道後公園の桜が綺麗だし、足湯に入ってゆっくり話なんかしてると時間を忘れられる」
「……宗祇さんは誰と行ったん?」
小さく呟く那由に対して、宗祇も今度は直ぐに答えた。
「彼女と……だよ。当時はまだ恋人同士だったし。そういえば反対側のあっち」
天守内を西側に移動して指をさす宗祇。
「あっちの小さい山の向こう。愛媛で最大の花火大会があって、ここからも見えるんだ。昔彼女と行ったときは暑くて屋台そっちのけで座り込んでたな」
「そうなんや……」
那由の静かな様子を見て宗祇は何かを感じたのか、表情を曇らせて謝った。
「ごめん。俺の話ばっかしちゃって。でも、那由もいつか誰かと行く機会があれば絶対に楽しめるはずだから」
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