霊と恋する四十九日

色部耀

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 それから二十分ほど経ち、二人は松山城への山道を登っていた。標高百三十二メートルの勝山の頂上に建つ松山城。紅葉にはまだ早く、斜面に生い茂っている木々は青々としている。気温は高くはないとはいえ、頂上まで歩こうとしていた那由は山道の中腹で息を切らしていた。

「ロープウェイけちるんやなかった……」

「あははは。運動不足が祟ったね」

 しゃがみこんだ那由は笑う宗祇を恨めしそうに見上げる。休日とはいえ山道は人通りも少ないため、那由もひとめを気にせず宗祇に話しかけていた。

「幽霊を恨めしそうに見る人ってのも珍しいんじゃないかな?」

「良いよね宗祇さんて。疲れんし、自転車も後ろに乗っとるだけやったし。私も幽霊になりたいー」

「でも美味しいものも食べられないし、那由以外の人と話すこともできないよ?」

「なによ! 私だけじゃ不満だとでも言うの? 宗祇さんたら酷いわ。おろおろ」

 わざとらしい演技で泣き真似をする那由の姿を見て宗祇は声を上げて笑った。そして那由と目線の高さを合わせるようにしゃがむと顔を近づけて言った。

「俺には那由がいればそれでいいんだけどね。那由には俺だけじゃなくてもっと沢山の人と話して欲しいな」

 悪ふざけをして笑っていたはずの那由は宗祇の言葉で照れるように顔を背けた。

「あ、暑くなる前に早よ行こ」

 そう言って顔を手であおぎながらすっと立ち上がった那由は宗祇よりも先に歩き始めた。置いて行かれまいと同じように直ぐ立ち上がる宗祇だったが、那由は休憩した分を取り戻すかのように斜面を駆け上がる。そして宗祇と少し距離を離したところで振り返ると周りに人がいないのを良いことに大きな声で話し掛ける。

「ほら、守護霊さん! ちゃんとついて来んと!」


 そこからさらに五分ほど山道を進むんだところで二人はようやく頂上に到着した。遊具の無い公園のように開けたその場所は、連休も相まってか観光客が多く歩いている。土産屋も食事処も人がひしめき合い、とても近寄れる状態ではなかった。肩で息をしていた那由は山頂について直ぐのベンチに腰かけて家から持ってきた水筒のお茶で喉を潤す。

「凄い人やね。なんかこういう観光地に来たら地元も悪くないんかな? って思えてくる」

 ベンチの隣には誰も座っていないため、携帯電話での偽装もせずに小声で宗祇に話しかける那由。宗祇もそうだねと答えながら眼下に広がる街並みを懐かしげに眺めていた。

「宗祇さんって高校は同じって言いよったけど、仕事は松山やったん?」

 宗祇の様子を見て那由はそう思ったようで、すぐに疑問を言葉に出していた。宗祇は那由の考察が意外だったのか、少し驚くような顔をした後に話すべきか悩んでから答えた。

「うんまあ……。公務員だったからね。仕事を始めてからはずっと松山だったよ」

「公務員? いいやん。安定した仕事で。県庁とか?」

「いや、消防士だったんだ」

「えー、意外。かっこいいやん」

 那由は心からかっこいいと思ったのだろう。目を輝かせて宗祇のことを見ていた。宗祇も照れ臭かったのか、那由から視線をそらす。そして、遠くを指さして話もそらした。

「あそこにJRの駅が見えるでしょ? そのさらに向こう側あたりにアパート借りててね」

「そこで奥さんと暮らしよったん?」

 ニヤニヤする那由にそう言われて、宗祇はそれ以上自分のことを語ろうとしなかった。咳ばらいをして踵を返した宗祇は広場の中心に向かって足を進める。

「ほら那由。せっかくだから坊っちゃんとマドンナに写真撮ってもらいなよ」

 松山市では夏目漱石の小説の舞台になったことから、その登場人物である坊っちゃんとマドンナが観光大使として選ばれている。今日もその坊っちゃんとマドンナが当時を再現した衣装で観光客と写真を撮っていた。二人のマドンナに一人の坊っちゃん。人数は小説に準じない様子だ。

「宗祇さんも一緒に撮られよ」

「写るはずないのに?」

「分からんやん。心霊写真的な」

「それはそれで良いものじゃないな」

「良いやん良いやん。あ、写真お願いしまーす」

 那由はそう言って観光大使に近付くと携帯電話を渡した。二人いるうちの片方のマドンナが携帯電話を受け取る。マドンナは二人そろって那由よりも背が高く、傍で少し見上げる形となった那由は小さな声で綺麗と呟いた。それを聞いたマドンナは慣れた様子で笑顔を作ると、ありがとうございますと言って小首をかしげた。そしてマドンナが撮影の準備に入ろうと携帯電話に視線を落とすと那由は急いで距離を取って映る準備をした。宗祇も那由に言われて一応といった感じで隣に立つ。

「はい、チーズ」

 そうしてマドンナは手際よく松山城をバックに二枚の写真を撮ると、笑顔で那由に携帯電話を返す。那由はマドンナの眩しい笑顔に照れながらも携帯電話を受け取ると小走りで離れる。そしてゆっくりと歩いて那由に追いついた宗祇に向かって小さい声で語り掛けた。

「むっちゃ顔ちっさかった! 近くで見たらお人形さんみたいやん!」

 那由はそう言うと先程撮ってもらった写真を確認する。そこにはやはり宗祇の姿は写っていない。那由は肩を落として一瞬寂しげな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して永生に戻る。

「ねえねえ宗祇さん。宗祇さんは誰が一番可愛いと思った?」

 観光大使を遠目に見ながら那由は宗祇に質問をぶつける。写真に宗祇が写っていないことには触れずに……。

「うーん……」

 少し考えてから宗祇は爽やかな笑顔で答える。

「あの坊っちゃん役やってた男の子が一番可愛いかな」

 童顔の美少年といった感じの男の子。宗祇の言うとおり誰の目から見ても可愛いと言われることは間違いない。しかし、はぐらかす目的がみえみえで那由は納得できない様子だった。

「私が聞きたいんはそうやないって! どっちのマドンナの方が可愛いとか、どこが可愛いとかあるやん。そういう本音が聞きたいんやって」

「あははは」

 笑って誤魔化す宗祇は答える様子もなく松山城へ向かって歩き出す。

「ねえ聞いとる?」

 宗祇の後ろにぴったりとくっつくようにして囁く那由に対して、宗祇は急に止まって振り返る。

「あぶなっ」

 ぶつかることはないのだが、那由はそう言って急停止する。すり抜けることもなく、触れることもなく二人は至近距離で向かい合う。すると宗祇は優しく笑って言葉を口にした。

「本音言うとね……。俺が一番可愛いと思ってるのは生前愛した妻のことだよ」

 誤魔化されたようで不服な那由は少しむくれながら言葉を返す。

「やったら、その奥さんがどんな人やったかくらい教えてや」

「うーん……どうしよっかなー。あんまり言いたくないな」

「じゃあ、好きになったきっかけだけでも!」

 両手を合わせて祈るように食い下がる那由に、宗祇は小さくふふふと笑い声を漏らす。それから少しだけ悩むような仕草をとると、ゆっくりと口を開いた。

「まあ、簡単に言うと俺の一目惚れってやつかな。元々学内で見かけたりしてて気になってた子だったんだけど、たまたまその子が怪我をしそうな場面に遭遇して助けたことがあったんだ。そこからアプローチし始めて付き合って貰ったって感じかな」

 宗祇が奥さんと付き合い始めた経緯を聞いて、那由はニヤニヤと笑いながら見つめる。那由の表情を見て宗祇も恥ずかしくなったのか、もうおしまいと言ってそれ以上口を開くことなく足早に天守閣の方へと歩き始めた。その姿すらも那由には面白かったのか、口元を緩ませながら駆け寄るのだった。
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