霊と恋する四十九日

色部耀

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「なんか釣りしよる人がおる! なんか釣れるんかな? ちょっと行ってみん?」

 指をさす先には防波堤に先端から釣り糸を垂らして折りたたみの椅子に座るおばあさんがいた。那由はそれから迷いなく防波堤に上がる階段を上って釣り人の方へと歩いていく。宗祇はその少し後ろを付いて行く。

「何か釣れますか?」

 那由はおばあさんの隣に立つと、海を覗き込みながらそう尋ねた。するとおばあさんは笑いながら答える。

「なーんも釣れやせんよ」

 おばあさんはリールを巻いて海から釣り針をあげると、その先を那由に見せる。

「餌も無いけん釣れるわけもないんやけどねー」

 おばあさんはそう言ってまた海に釣り針を投げ込む。おばあさんはクーラーボックスの用意もしておらず、本当に魚を釣り上げる気は無いようだった。

「釣れないのに釣りしてるんですか?」

 不思議そうに尋ねる那由だったが、おばあさんはまた嬉しそうに笑った。

「初めて旦那に会ったとき、あなたと同じこと言ったかいねー。今日はその旦那の四十九日やけん、あの人が好きやった釣りの真似事しよるだけなんよ」

「四十九日?」

 いったい何のことかと首をかしげる那由に、おばあさんはゆっくりとした口調で説明をする。

「死んでから成仏するまでに色んなところをフラフラ彷徨う期間のことよ。自分のやり残したこととか後悔とかがないかフラフラフラフラね。私には見えんけど、まだその辺におるんやないかな」

 那由は周囲を見渡すが、何も見えない。宗祇の方を伺っても、宗祇も何も見えないという反応をする。

「一緒に釣りに行きたいって言いよったんもずっと無視しよったけん、そこにおるかもしれん最期の日くらいは一緒に釣りくらいしてあげようかと思ったんよ」

「そうなんですか。旦那さん、喜んでくれたら良いですね」

「本当は生きてる時に一緒に釣りしてあげられたら良かったんやけどね。私の方が後悔してるんかもしれんね」

「後悔……ですか」

「日の出と共にやって来て日の入りと共にあの世に行くって言うけん、そろそろ閻魔様のとこかね。緊張しよんが眼に浮かぶわ」

 まるで少し遠くに遊びに行った旦那を思って笑うように目尻にシワをよせるおばあさん。那由は防波堤から日が沈みかけてオレンジ色に染まる空を眺めていた。

「えっ?」

 すると突然おばあさんは何かに竿を引っ張られて驚きの声を上げた。

「お姉ちゃん。ちょっと上げるの手伝ってくれん?」

 おばあさんはそう言って那由の方を見る。那由は迷わず竿を手に持ち、リールを巻いて力一杯引き上げる。

「すごい! 重い!」

 那由はそう言って魚と格闘していると、しばらくして目の前まで魚を釣り上げた。

「これは立派な鯛ねえ」

 釣り上げたのは三十センチメートルほどの鯛だった。スーパーや魚屋で見る鯛よりは小振りだが、活きの良い元気な鯛だった。

「餌付いてなくても釣れるんですね!」

「釣りなんて初めてやったけど、釣れるもんね。あの人が海ん中で引っ掛けてくれたんかも」

 おばあさんと那由はそう言って喜び合っているが、宗祇は苦笑いをしていた。

「那由。鯛ってそんな簡単に釣れるもんじゃないからね。餌なしで釣れたなんて初めて聞いたよ」

「そうなん?」

 反射的に答えた那由に、おばあさんは不思議そうな顔をする。

「あ、いや。ちょっと最近空耳が聞こえるんです。病院行こかなー。あははは」

「お姉ちゃんには誰か大切な人の声が聞こえたんかもしれんね。もし旦那の声が聞こえたら、釣りも悪くないって言っといてあげて」

「わ、分かりました」

 馬鹿にするでもなく心配するでもなくそう言ったおばあさんに、那由は恥ずかしがりながらそう答えた。

「あ、そうだ! おばあちゃん、今の釣り上げた写真撮らせてもらっても良いですか? 高校の文化祭で写真展やるんです」

「あら。いいわよ」

 おばあさんは携帯のカメラを構える那由の前に針に引っかかった状態の鯛をぶら下げる。

「おばあちゃんも入ってください」

「えー。お化粧もしてないのに恥ずかしい」

 そう言いつつも、おばあさんはピースサインを作った。そして夕焼けの海をバックに、眩しい笑顔で写真に写ったのだった。

「その写真、後でもらえる?」

「十月十七日の中予高校文化祭の写真展なんで、来てくれたら渡しますね!」

「十月十七日ね。楽しみにしとるけん頑張って」

「頑張ります!」

 那由はグッと握り拳を握っておばあさんにアピールをした。

「今日は久々に鯛めしでも作ろうかいねー。私もそろそろ帰るけん、お姉ちゃんも気を付けて帰るんよ」

「はい、おばあさんもお気を付けて」

 那由はそう言うとおばあさんに手を振って来た道を歩き始めた。
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