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那由と宗祇が約束をした週末の日曜日。風も涼しくなった夕方に宗祇は家の外に置いてある自転車の隣に立っていた。そのようにしているのも、那由から着替えるので先に家の外で待っているように言われていたからだった。夕方とはいえ雲一つない空はまだ青く、夕焼けに染まるにはまだ一時間はかかる。そんな澄み切った空を見ながら宗祇は大きく息を吸っていた。
「もう風の香りも思い出せないな……」
そう独り言を呟いた直後、玄関扉が静かに開いた。中から出てきたのはシックな装いのカーディガンにロングスカートといった大人びた服装の那由だった。宗祇は背後から近寄る那由に気が付かず遠く空を見ている。触れられるほど近付いた那由は宗祇の脇腹をつつきながら名前を呼んだ。
「うぉぉぉいぃぃ!」
脇腹をつついている那由を視界に収めた瞬間、宗祇はオーバーリアクションで飛び退く。文句の一つでも言おうと言葉を口にしようとした宗祇だったが、今まで着ていた私服や制服とは違って大人な雰囲気を醸し出すファッションに見蕩れてしまっていた。
「どう……かな?」
宗祇のリアクションを見て小さく笑った後に那由は不安げに宗祇を見る。そんな那由の様子を見た宗祇は脇腹をつつかれて上がっていた息を整えて答えた。。
「凄く……似合ってるよ。でも前にそんな服買ってたっけ?」
「宗祇さんに先に外出てもらってから買ったやつやけん。ちょっといつもと違った感じを見せたかった的な?」
「うん。普段とは違う雰囲気の服装も素敵だね。本当に良く似合ってる」
宗祇の素直な賛辞に照れてしまった那由は、緩む口元を押さえて宗祇に見られないように顔を背ける。そしてそのまま自転車に駆け寄ると鍵を開けてサドルにまたがった。
「じゃ、行こっか。ほら乗って」
そう言って振り返った那由は元の明るい表情に戻っており、宗祇もいつも通りの様子で指示通り荷台に座る。そして、ぐっと漕ぎ始めようとした那由は少し苦しそうに呟いた。
「……このスカートちょっと動きにくい」
「やっぱり那由は那由だなー」
「それどういう意味?」
「悪い意味じゃないよ。そうやって素直な感想を言える那由は一緒にいて落ち着くなーって」
「悪い意味じゃないんやったらいいや。それではお客さまー、少々揺れますのでお気を付けくださーい」
「スカートの裾をチェーンに引っ掛けないようにしなよ」
宗祇の注意に那由は笑いながら頑張ると答える。宗祇を後ろに乗せた自転車は、那由の声と共にいつもより慎重にゆっくりと海へと向かった。
家を出てから約十五分。海浜公園の駐輪場に自転車を停めた那由はそこから見える海を眺めながら目を輝かせた。浜風に髪とスカートをなびかせる那由と風でも微動だにしない様子の宗祇。そんなある意味で対照的な二人はゆっくりと砂浜に向かって歩き出す。
「毎日のように学校から海見よるけど、やっぱ近くで見るとちょっとテンション上がるよね」
「そうだね。風も香りも音だってあるから、海に来たって感じがするもんね」
風も香りも感じることのできない宗祇だが、思い出すかのように遠目に見える波打ち際に視線を向けてそう言った。那由は宗祇が風も香りも感じられないことを忘れているのか、共感してくれた事実に対して無邪気に喜んでいる。
「だよねだよね! はよ砂浜歩こ!」
「那由。写真は?」
「夕焼けが綺麗な時間に撮りたいけん、それまで待機!」
そんなことを言って浜辺へ駆け出す那由に、宗祇は小さな溜息をついて追いかける。
「サンダルで来て正解やったかなー。気持ちいいー」
波打ち際で足先を水に濡らしながら那由は楽しそうに水しぶきを上げる。宗祇はそんな那由から一歩距離を置き、並行して歩く。那由の様子を見ているだけで満足といった感じの、まるで子を見守る父親のような顔で歩く宗祇。その宗祇に何か不満があったのか、那由は突然立ち止まっておもむろに海に手を突っ込むと両手で海水をすくって宗祇に投げかけた。
「ちょ! やめろよ!」
「あはははは」
実際に濡れるわけではないが、宗祇のリアクションを見て那由は子供のように喜んで何度も何度も水をかける。宗祇も濡れないと分かっていても反射的に顔を手で覆ったりしながら那由にやめろと言い続ける。ひとしきり遊んで満足したのか、那由は砂浜の端の防波堤を指さして宗祇に言った。
「もう風の香りも思い出せないな……」
そう独り言を呟いた直後、玄関扉が静かに開いた。中から出てきたのはシックな装いのカーディガンにロングスカートといった大人びた服装の那由だった。宗祇は背後から近寄る那由に気が付かず遠く空を見ている。触れられるほど近付いた那由は宗祇の脇腹をつつきながら名前を呼んだ。
「うぉぉぉいぃぃ!」
脇腹をつついている那由を視界に収めた瞬間、宗祇はオーバーリアクションで飛び退く。文句の一つでも言おうと言葉を口にしようとした宗祇だったが、今まで着ていた私服や制服とは違って大人な雰囲気を醸し出すファッションに見蕩れてしまっていた。
「どう……かな?」
宗祇のリアクションを見て小さく笑った後に那由は不安げに宗祇を見る。そんな那由の様子を見た宗祇は脇腹をつつかれて上がっていた息を整えて答えた。。
「凄く……似合ってるよ。でも前にそんな服買ってたっけ?」
「宗祇さんに先に外出てもらってから買ったやつやけん。ちょっといつもと違った感じを見せたかった的な?」
「うん。普段とは違う雰囲気の服装も素敵だね。本当に良く似合ってる」
宗祇の素直な賛辞に照れてしまった那由は、緩む口元を押さえて宗祇に見られないように顔を背ける。そしてそのまま自転車に駆け寄ると鍵を開けてサドルにまたがった。
「じゃ、行こっか。ほら乗って」
そう言って振り返った那由は元の明るい表情に戻っており、宗祇もいつも通りの様子で指示通り荷台に座る。そして、ぐっと漕ぎ始めようとした那由は少し苦しそうに呟いた。
「……このスカートちょっと動きにくい」
「やっぱり那由は那由だなー」
「それどういう意味?」
「悪い意味じゃないよ。そうやって素直な感想を言える那由は一緒にいて落ち着くなーって」
「悪い意味じゃないんやったらいいや。それではお客さまー、少々揺れますのでお気を付けくださーい」
「スカートの裾をチェーンに引っ掛けないようにしなよ」
宗祇の注意に那由は笑いながら頑張ると答える。宗祇を後ろに乗せた自転車は、那由の声と共にいつもより慎重にゆっくりと海へと向かった。
家を出てから約十五分。海浜公園の駐輪場に自転車を停めた那由はそこから見える海を眺めながら目を輝かせた。浜風に髪とスカートをなびかせる那由と風でも微動だにしない様子の宗祇。そんなある意味で対照的な二人はゆっくりと砂浜に向かって歩き出す。
「毎日のように学校から海見よるけど、やっぱ近くで見るとちょっとテンション上がるよね」
「そうだね。風も香りも音だってあるから、海に来たって感じがするもんね」
風も香りも感じることのできない宗祇だが、思い出すかのように遠目に見える波打ち際に視線を向けてそう言った。那由は宗祇が風も香りも感じられないことを忘れているのか、共感してくれた事実に対して無邪気に喜んでいる。
「だよねだよね! はよ砂浜歩こ!」
「那由。写真は?」
「夕焼けが綺麗な時間に撮りたいけん、それまで待機!」
そんなことを言って浜辺へ駆け出す那由に、宗祇は小さな溜息をついて追いかける。
「サンダルで来て正解やったかなー。気持ちいいー」
波打ち際で足先を水に濡らしながら那由は楽しそうに水しぶきを上げる。宗祇はそんな那由から一歩距離を置き、並行して歩く。那由の様子を見ているだけで満足といった感じの、まるで子を見守る父親のような顔で歩く宗祇。その宗祇に何か不満があったのか、那由は突然立ち止まっておもむろに海に手を突っ込むと両手で海水をすくって宗祇に投げかけた。
「ちょ! やめろよ!」
「あはははは」
実際に濡れるわけではないが、宗祇のリアクションを見て那由は子供のように喜んで何度も何度も水をかける。宗祇も濡れないと分かっていても反射的に顔を手で覆ったりしながら那由にやめろと言い続ける。ひとしきり遊んで満足したのか、那由は砂浜の端の防波堤を指さして宗祇に言った。
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