霊と恋する四十九日

色部耀

文字の大きさ
27 / 43

26

しおりを挟む
 那由と宗祇が約束をした週末の日曜日。風も涼しくなった夕方に宗祇は家の外に置いてある自転車の隣に立っていた。そのようにしているのも、那由から着替えるので先に家の外で待っているように言われていたからだった。夕方とはいえ雲一つない空はまだ青く、夕焼けに染まるにはまだ一時間はかかる。そんな澄み切った空を見ながら宗祇は大きく息を吸っていた。

「もう風の香りも思い出せないな……」

 そう独り言を呟いた直後、玄関扉が静かに開いた。中から出てきたのはシックな装いのカーディガンにロングスカートといった大人びた服装の那由だった。宗祇は背後から近寄る那由に気が付かず遠く空を見ている。触れられるほど近付いた那由は宗祇の脇腹をつつきながら名前を呼んだ。

「うぉぉぉいぃぃ!」

 脇腹をつついている那由を視界に収めた瞬間、宗祇はオーバーリアクションで飛び退く。文句の一つでも言おうと言葉を口にしようとした宗祇だったが、今まで着ていた私服や制服とは違って大人な雰囲気を醸し出すファッションに見蕩れてしまっていた。

「どう……かな?」

 宗祇のリアクションを見て小さく笑った後に那由は不安げに宗祇を見る。そんな那由の様子を見た宗祇は脇腹をつつかれて上がっていた息を整えて答えた。。

「凄く……似合ってるよ。でも前にそんな服買ってたっけ?」

「宗祇さんに先に外出てもらってから買ったやつやけん。ちょっといつもと違った感じを見せたかった的な?」

「うん。普段とは違う雰囲気の服装も素敵だね。本当に良く似合ってる」

 宗祇の素直な賛辞に照れてしまった那由は、緩む口元を押さえて宗祇に見られないように顔を背ける。そしてそのまま自転車に駆け寄ると鍵を開けてサドルにまたがった。

「じゃ、行こっか。ほら乗って」

 そう言って振り返った那由は元の明るい表情に戻っており、宗祇もいつも通りの様子で指示通り荷台に座る。そして、ぐっと漕ぎ始めようとした那由は少し苦しそうに呟いた。

「……このスカートちょっと動きにくい」

「やっぱり那由は那由だなー」

「それどういう意味?」

「悪い意味じゃないよ。そうやって素直な感想を言える那由は一緒にいて落ち着くなーって」

「悪い意味じゃないんやったらいいや。それではお客さまー、少々揺れますのでお気を付けくださーい」

「スカートの裾をチェーンに引っ掛けないようにしなよ」

 宗祇の注意に那由は笑いながら頑張ると答える。宗祇を後ろに乗せた自転車は、那由の声と共にいつもより慎重にゆっくりと海へと向かった。


 家を出てから約十五分。海浜公園の駐輪場に自転車を停めた那由はそこから見える海を眺めながら目を輝かせた。浜風に髪とスカートをなびかせる那由と風でも微動だにしない様子の宗祇。そんなある意味で対照的な二人はゆっくりと砂浜に向かって歩き出す。

「毎日のように学校から海見よるけど、やっぱ近くで見るとちょっとテンション上がるよね」

「そうだね。風も香りも音だってあるから、海に来たって感じがするもんね」

 風も香りも感じることのできない宗祇だが、思い出すかのように遠目に見える波打ち際に視線を向けてそう言った。那由は宗祇が風も香りも感じられないことを忘れているのか、共感してくれた事実に対して無邪気に喜んでいる。

「だよねだよね! はよ砂浜歩こ!」

「那由。写真は?」

「夕焼けが綺麗な時間に撮りたいけん、それまで待機!」

 そんなことを言って浜辺へ駆け出す那由に、宗祇は小さな溜息をついて追いかける。

「サンダルで来て正解やったかなー。気持ちいいー」

 波打ち際で足先を水に濡らしながら那由は楽しそうに水しぶきを上げる。宗祇はそんな那由から一歩距離を置き、並行して歩く。那由の様子を見ているだけで満足といった感じの、まるで子を見守る父親のような顔で歩く宗祇。その宗祇に何か不満があったのか、那由は突然立ち止まっておもむろに海に手を突っ込むと両手で海水をすくって宗祇に投げかけた。

「ちょ! やめろよ!」

「あはははは」

 実際に濡れるわけではないが、宗祇のリアクションを見て那由は子供のように喜んで何度も何度も水をかける。宗祇も濡れないと分かっていても反射的に顔を手で覆ったりしながら那由にやめろと言い続ける。ひとしきり遊んで満足したのか、那由は砂浜の端の防波堤を指さして宗祇に言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...