7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第二章〈王子と婚約者〉編

2.13 末弟シャルル(3)

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 ある昼下がり、アンジェ城の庭園で家族団らんを過ごしていた。
 簡易式のテントを張り、ヨランドは赤子のシャルルをあやしながら子供たちが遊ぶ様子を眺めていた。
 私はアンジュー公から剣術の手ほどきを受けたが、腕前はからっきしダメだった。足の踏み込みが甘いせいで力が乗らないのだと指摘されても、なかなか修正できなかった。

「少し休憩しようか」

 テントの中は日陰だが、少し風に当たりたかった。
 私とアンジュー公はテントで葡萄酒ワインを薄めた水をもらうと、木陰に移動した。
 人心地ついたとき、思い切ってたずねてみた。

「ムフコウとは何でしょうか」
「その名をどこで?」
「ご存知なのですね」

 アンジュー公は「その名」と言った。ヒトを指しているようだ。そして、アンジュー公はそのムフコウを知っている。
 私は、兄の手紙に仕込まれたメッセージを見つけたと告白した。

「『むふこう、きおつけろ』か。興味深いメッセージだ」
「これは警告です。兄は、何に、誰に気をつけろと言っているのでしょうか」

 アンジュー公は、すぐに返答しないで考え事をしていた。

「おそらく……いや、十中八九『無怖公』だろう」

 その名を思い出せなかったのではなく、私に伝えるべきか迷っていたようだ。

「無怖公」
「ブルゴーニュ公の二つ名で、怖いもの知らずという意味だ」

 アンジュー公の説明によると、無怖公ブルゴーニュ公は長らく宮廷の中心人物だったが、最近になって王太子に追放されたらしい。
 かつて王弟を——私の叔父を殺害したことで悪名高い人物だという。さまざまな策を弄し、父王シャルルから王族殺しの赦免状を得ているとも。

「そんなことになっていたとは……」
「兄君は、王太子ドーファンと決裂したブルゴーニュ公が、今度は弟に接触しまいかと気になさっているのだろう」
「ブルゴーニュ公は、王太子の兄が怖れるほど恐ろしい人物なのですか」
「はは、安心したまえ。ここにいる限り、王子に手出しはさせないから」

 アンジュー公は「こう見えて、私は結構大きな権力を持っているんだ。悪者が悪さをしないようにしっかり見張ってるからね!」と胸を張った。
 さらに、「私は目がいいから気づいてしまったのだが」と付け加えると、小声で「王子は不安になると少し内股になる癖があるね」と耳打ちした。剣術が上達しないのはその悪癖のせいだとも。

「直そうと思っているのですが、なかなか」

 気づかれていたと知り、顔がみるみる熱を帯びていくのが分かった。

「すみません。みっともないのは自覚しています」
「よほど注視しないと分からないよ、気にしなくていい。剣術も上手くなくたって何とかなるさ」

 私の祖父、賢明王シャルル五世は病気がちでほとんど戦場に立てなかったという。
 だが、類いまれなほど頭脳明晰で、優れた家臣を何人も重用し、王の代わりに戦功を上げた。

「だからね、剣術は君主の必須条件ではないよ」
「私はそれほど頭もよくありません」
「別にいいさ。大事なことは人柄と能力を見通す良識を育てることだ」
「それも難しいです」
「私とヨランドはここへ王子を迎えることを選んだ。だいじな娘の結婚相手にふさわしいと思ったからだ」
「結婚相手……」
「私たちの息子になるという意味さ」

 アンジュー公は「何か心配事があるときはいつでも相談しなさい」と言って笑った。
 結局、無怖公の話はうやむやになってしまった。



***



 私たちが剣術の練習をやめていると気づいたのか、ルネが駆けてきた。

「シャルル兄さま! シャルロットはまだ動けないんだからぼくと遊んでよ!」

 ルネに請われて、私は庭園で繰り広げられている追いかけっこに参戦した。
 養育係の侍女たちは裾の長いドレスを着ているから、激しく動き回る遊びには不向きだ。
 遊び相手に指名された私は、子犬のように走り回るルネを追い掛けて遊んだ。
 マリーは貴婦人の身なりだから、やっぱり走り回ることはできない。

「サロンで食べる果実を探してくるわ」

 そう言い残して植物園へ行ってしまった。
 婚約者についていった方がいいだろうかと思ったが、ルネが解放してくれなかった。ルネが遊び疲れたら様子を見に行こう。
 修道院にいた頃、私はかけっこでジャンに負けっぱなしだったがルネは6歳も年下だ。負けることはないが、小さい子供は手加減を知らないから油断できない。

 アンジュー公は剣術指南から解放されて、テントにいる妻子の様子を見に行った。

「もう一杯いかがですか」
「いただこう」

 ヨランドは、先ほどより少し濃いめの水割り葡萄酒を杯に注いだ。

「ああ、美味い」
「公もあまり体が強くないのですから、ご無理をなさらないで」
「子供たちは元気だね」
「ええ」

 ヨランドは夫に杯を渡すと、かたわらに寝かせていた赤子を抱いた。
 赤子のシャルルは、両足に柔らかい布が巻かれていた。

「王子は、心に迷いがあるときに少しだけ内股になりますね」
「気づいていたのか」

 子供たちにはそれぞれ養育係がいたが、ヨランドは任せきりにせず、自分でもよく子供たちの成長を観察していた。

「王子の生い立ちについて風の便りに聞いてましたが、初めてお目にかかったときはそれほど深刻とは思いませんでした。ですが、こうして間近で過ごしているとさまざまな気づきがありますね」

 いつも朗らかなヨランドの瞳に、哀れみが浮かんでいた。

「おいたわしいことです」

 この物語を読んでいる読者諸氏にはなじみがないだろうから説明しよう。
 西欧諸国では、脚をまっすぐに育てるために乳児のときに布を巻き付ける習慣がある。
 生まれたばかりの子供は脚がO脚に曲がっているから、小さいうちに矯正しておくのだ。
 やり方は、子供の脚をまっすぐに整えて布を巻き付けるだけだ。
 身分に関係なく、我が子の見た目を少しでも良くしたいと願うなら、布さえあれば誰でも簡単にできる。

 私の脚が多少なりとも曲がっているのは、乳幼児のときに「ごく普通の常識的な躾」習慣をされていなかったことを意味する。

 いびつな脚の形は蔑みの対象でもあった。
 成長過程でまともに養育されていない証拠だったからだ。
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