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第五章〈王太子の宮廷生活〉編
5.6 王女たちのお茶会(3)
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四姉妹のうち二人は既婚者だが、全員二十歳代以下だ。
姉王女たちを「うら若い乙女」といっても差し支えないだろう。
高貴な姉王女たちが、弟のためにとわざわざ集まってくれた茶会だった。
屈強な護衛たちに囲まれていては居心地が悪いだろうと思い、私は一計を案じた。
今回の茶会限定の護衛役として、小姓上がりで若くて見た目の良い従騎士ばかりを選び、護衛隊長シャステルには席を外してもらっていた。
侍従長のジャンも、茶会に同席していなかった。
ずいぶん前から「シャステル隊長から剣技の手ほどきを受けたい」と熱望していたため、いい機会だからと、茶会の間、私のそばを離れることを許した。
その配慮があだとなった。
母は嗤い、姉王女たちは動揺し、茶会は騒然としたまま解散となった。
倒れた私は、すぐさま寝室へ運ばれた。
ベッドに寝かされると同時に、シャステルとジャンが血相を変えて飛び込んできた。
「王太子が倒れたと聞いて!」
「大げさだなぁ」
激しく咳き込んだせいで空気が足りなくなり、少し意識が遠のいただけだ。
「王太子が吐血したと聞いて!」
「大げさだなぁ」
真っ赤に完熟した苺を吐き出したから血を吐いたように見えたのだろう。
二人を心配させまいと思って、私は笑おうとしたのだが。
「……っ!」
するどい痛みが走り、口の中に血の味が広がった。
私は反射的に顔を歪めて、手で口元を押さえた。
シャステルとジャンは青ざめて、「やはり毒を盛られたのでは」と疑い始めた。
(違うってば)
母妃イザボー・ド・バヴィエールは、私の口をこじ開けながら、獲物を捕らえた猛禽のごとく笑っていた。
爪を赤く染めた白い指が、無理やり開かれた口の中をまさぐった。
このとき、よく手入れされた鋭い爪が、口内をがりっと引っ掻いた。
毒は盛られていないが、口の中に爪あとが走り、ひっかき傷ができたようだ。
しゃべろうとすると、傷が開いてしみる。
すぐに侍医が駆けつけて、入念な診察をおこなった。
服毒ではないと分かると、柔らかい海綿を私の口に含ませた。
薬草茶を浸してあるようで苦い汁の味がする。
15世紀当時の「茶」と言えば、このように薬草を煮出した「まずい汁物」ばかりだ。
口内の肉は柔らかく、ささいなことで傷ができやすいが、治りも早い。
侍医は退室するときに「出血が止まったら海綿を外してください」と言っていたが、口の中がどうなっているか私には見えない。
「口を開けて。あーんって、見せてください」
「あーん」
ジャンが傷を見てくれるというので、素直に従った。
「まだダメですね。はい」
「むぐぐ」
また苦いスポンジをむぎゅむぎゅと詰め込まれた。
まるで猿ぐつわだ。鼻が詰まっていたら窒息してしまう。
「申し訳ございません」
さっきからずっと、シャステルがひざまずいて頭を垂れている。
「この騒動は、私の見通しの甘さゆえの不手際です。どのような処罰でもお受けいたします」
ジャンも、私の世話が終わるとシャステルに並んで座り込み、神妙な様子でうなだれた。
一瞬たりとも離れるべきではなかった、と。
「二人とも大げさだなぁ」
そう言いたかったが、しゃべれない。
代わりに、首をぶんぶんと横に振って意思表示した。
(謝罪や処罰よりも、剣術指南の話を聞きたいのに)
子供の頃から、ジャンの修行を間近で見てきた。
シャステルから見て、ジャンは騎士になる見込みがあるのかどうか。
幼なじみとして気になっているし、支援は惜しまない。
「ふんっ」
怒っているのではない。
口が塞がっているので、私は鼻息でため息をついた。
「ふんー……」
この様子では今夜は食事を取れそうもない。
空腹を感じているが、血の味が混ざった食事はまずいだろうし、きっと気分が悪くなる。
「何か召し上がりますか」
ジャンが「スープ一口くらいなら」と言ってくれたが、私は首を横に振った。
今は、果物一粒でも遠慮したい気分だった。
舌がおぞましい感触を思い出してしまうだろうから。
「……」
母の指先で口内を傷つけられただけでなく、舌まで蹂躙された。
そのいきさつを、誰かに相談する気には到底なれなかった。
この傷の痛みが、舌に残るおぞましくてなめらかな感触を上書きするようにと、私は祈った。
***
四姉妹のうち、マリー王女とカトリーヌ王女は同じポワシー修道院で暮らしているが、ジャンヌ王女とミシェル王女と私の住まいは各地に散らばっている。
それぞれが、世話役の侍女を何人も引き連れていた。
私が連れて来た護衛も、経験の浅い者ばかりだった。
互いの顔をよく知らないのだから、見慣れない「誰か」が乱入しても気づきにくい。
母は「差し入れ」だと言って、料理を盛りつけた皿を侍女に持たせていた。
武器を帯びていたなら警戒するだろうが、そうではない。
差し入れに込められた母の真意は、好意だろうか。それとも悪意だろうか。
私は、唾液と血にまみれたスポンジをどろりと吐き出すと、「母が持参したあの皿はどうしたのか」と尋ねた。
「すぐに処分しました」
ジャンは、「心配にはおよびません」と胸を張った。
姉王女たちを「うら若い乙女」といっても差し支えないだろう。
高貴な姉王女たちが、弟のためにとわざわざ集まってくれた茶会だった。
屈強な護衛たちに囲まれていては居心地が悪いだろうと思い、私は一計を案じた。
今回の茶会限定の護衛役として、小姓上がりで若くて見た目の良い従騎士ばかりを選び、護衛隊長シャステルには席を外してもらっていた。
侍従長のジャンも、茶会に同席していなかった。
ずいぶん前から「シャステル隊長から剣技の手ほどきを受けたい」と熱望していたため、いい機会だからと、茶会の間、私のそばを離れることを許した。
その配慮があだとなった。
母は嗤い、姉王女たちは動揺し、茶会は騒然としたまま解散となった。
倒れた私は、すぐさま寝室へ運ばれた。
ベッドに寝かされると同時に、シャステルとジャンが血相を変えて飛び込んできた。
「王太子が倒れたと聞いて!」
「大げさだなぁ」
激しく咳き込んだせいで空気が足りなくなり、少し意識が遠のいただけだ。
「王太子が吐血したと聞いて!」
「大げさだなぁ」
真っ赤に完熟した苺を吐き出したから血を吐いたように見えたのだろう。
二人を心配させまいと思って、私は笑おうとしたのだが。
「……っ!」
するどい痛みが走り、口の中に血の味が広がった。
私は反射的に顔を歪めて、手で口元を押さえた。
シャステルとジャンは青ざめて、「やはり毒を盛られたのでは」と疑い始めた。
(違うってば)
母妃イザボー・ド・バヴィエールは、私の口をこじ開けながら、獲物を捕らえた猛禽のごとく笑っていた。
爪を赤く染めた白い指が、無理やり開かれた口の中をまさぐった。
このとき、よく手入れされた鋭い爪が、口内をがりっと引っ掻いた。
毒は盛られていないが、口の中に爪あとが走り、ひっかき傷ができたようだ。
しゃべろうとすると、傷が開いてしみる。
すぐに侍医が駆けつけて、入念な診察をおこなった。
服毒ではないと分かると、柔らかい海綿を私の口に含ませた。
薬草茶を浸してあるようで苦い汁の味がする。
15世紀当時の「茶」と言えば、このように薬草を煮出した「まずい汁物」ばかりだ。
口内の肉は柔らかく、ささいなことで傷ができやすいが、治りも早い。
侍医は退室するときに「出血が止まったら海綿を外してください」と言っていたが、口の中がどうなっているか私には見えない。
「口を開けて。あーんって、見せてください」
「あーん」
ジャンが傷を見てくれるというので、素直に従った。
「まだダメですね。はい」
「むぐぐ」
また苦いスポンジをむぎゅむぎゅと詰め込まれた。
まるで猿ぐつわだ。鼻が詰まっていたら窒息してしまう。
「申し訳ございません」
さっきからずっと、シャステルがひざまずいて頭を垂れている。
「この騒動は、私の見通しの甘さゆえの不手際です。どのような処罰でもお受けいたします」
ジャンも、私の世話が終わるとシャステルに並んで座り込み、神妙な様子でうなだれた。
一瞬たりとも離れるべきではなかった、と。
「二人とも大げさだなぁ」
そう言いたかったが、しゃべれない。
代わりに、首をぶんぶんと横に振って意思表示した。
(謝罪や処罰よりも、剣術指南の話を聞きたいのに)
子供の頃から、ジャンの修行を間近で見てきた。
シャステルから見て、ジャンは騎士になる見込みがあるのかどうか。
幼なじみとして気になっているし、支援は惜しまない。
「ふんっ」
怒っているのではない。
口が塞がっているので、私は鼻息でため息をついた。
「ふんー……」
この様子では今夜は食事を取れそうもない。
空腹を感じているが、血の味が混ざった食事はまずいだろうし、きっと気分が悪くなる。
「何か召し上がりますか」
ジャンが「スープ一口くらいなら」と言ってくれたが、私は首を横に振った。
今は、果物一粒でも遠慮したい気分だった。
舌がおぞましい感触を思い出してしまうだろうから。
「……」
母の指先で口内を傷つけられただけでなく、舌まで蹂躙された。
そのいきさつを、誰かに相談する気には到底なれなかった。
この傷の痛みが、舌に残るおぞましくてなめらかな感触を上書きするようにと、私は祈った。
***
四姉妹のうち、マリー王女とカトリーヌ王女は同じポワシー修道院で暮らしているが、ジャンヌ王女とミシェル王女と私の住まいは各地に散らばっている。
それぞれが、世話役の侍女を何人も引き連れていた。
私が連れて来た護衛も、経験の浅い者ばかりだった。
互いの顔をよく知らないのだから、見慣れない「誰か」が乱入しても気づきにくい。
母は「差し入れ」だと言って、料理を盛りつけた皿を侍女に持たせていた。
武器を帯びていたなら警戒するだろうが、そうではない。
差し入れに込められた母の真意は、好意だろうか。それとも悪意だろうか。
私は、唾液と血にまみれたスポンジをどろりと吐き出すと、「母が持参したあの皿はどうしたのか」と尋ねた。
「すぐに処分しました」
ジャンは、「心配にはおよびません」と胸を張った。
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