7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
84 / 202
第六章〈王太子の受難〉編

6.5 イブ前夜、王太子は眠れない

しおりを挟む
 12月23日、クリスマスイブの前夜。
 急使から一報を知らされた重臣たちが宮廷へ戻ってきた。
 中には、故郷へ向かっている途中で引き返した者もいる。
 大法官アンリ・ド・マルルは、いまの宮廷は人手が足りないだろうと見越して息子を連れてきた。

「領地ではそれなりに学ばせてきましたが、実際に宮廷でお仕えするのは訳が違う。それでも、猫の手を借りるよりマシでしょう」
「不肖の息子です。小姓代わりに書記や使者としてお使いください」

 重臣たちがそろうまで待つ余裕はなく、日暮れ前に宮廷を開いた。
 途中から参加する者もいたが、最後まで空席だった者もいて、さまざまな憶測を呼んだ。

パリ大学ソルボンヌの総長は王都住まいだろう。来ないのか……」
「皇帝主催の公会議に出席するとかで……」
「皇帝に媚を売って、宮廷を無視するとは……」
「来なくて結構。あの男はブルゴーニュ派と目されて……」

 賢明な読者諸氏はお気づきだろうか。
 パリ大学総長ピエール・コーションは、のちにジャンヌ・ダルクの異端審問を主導する人物である。

 神聖ローマ皇帝ジギスムントは、教会大分裂シスマを終息させるためにコンスタンツで公会議を開催した。
 野心的な聖職者からすれば、一国の宮廷よりもキリスト教国全体を統べる公会議のほうがはるかに重要だった。



***



「キリスト降誕祭を間近に控えて、急な呼び出しに応じてくれた重臣がたに感謝を申し上げる」

 宰相アルマニャック伯は、大広間を見渡すと静かに語り始めた。

「明日24日から年明けまで、われわれは身分に関係なく、誰もが心静かに祝福の祈りを捧げる期間である。戦いの最中であっても、剣を収めるのが古来からの習わし……」

 煖炉には火がくべられ、はじめはひんやりしていた広間も次第に暖かくなり、重臣が集まるにつれて熱くなっていった。

「この大切な時期に、畏れ多くも王太子殿下を非難する声明を発し、あまつさえ対立政府を樹立するなど、信心の欠如と不敬の極みと言えよう。真に非難されるべきは、不貞の淫乱王妃イザボーと無怖公ブルゴーニュ公である!」

 アルマニャック伯は熱弁を振るい、私は宰相を支持すると表明した。
 私の顔は煖炉の熱気に当てられて熱くなっていたが、指先と爪先はいつまでも冷たく緊張していた。

(私はアルマニャック伯を信じると決めた。そうするしかない)

 宮廷を開く前に、私たちは打ち合わせをした。
 アルマニャック伯は、不安がる私をなだめて「心配はいらない」と言った。

「我が国は、王を戴く王国です。このたびの対立政府は、王と王太子どころか王子すら擁立していない。無意味です。ばかばかしいにも程がある」

 恐るるに足りずと、楽観的だった。

「本当に?」
「正直に申し上げましょう。ひとつ懸念があるとすれば、イングランドが対立政府を支持していることでしょうか。ですが、イングランドの動きは想定通りですから、過剰に怖れる必要はありません」

 宮廷ではさまざまな憶測と懸念が飛び交ったが、私はアルマニャック伯に「心配はいらない」と言い含められていたため、つねに落ち着いていられた。
 私は澄ました顔で、「大儀である」とか「良きに計らえ」とかいつもの台詞を繰り返した。

(近ごろ、表情を取り繕うことに慣れてきたな)

 だが、まだ完璧ではない。私はこぶしを握って、震える指先を覆い隠した。
 最後に、護衛隊長のシャステルが、「クリスマス期間が終わったら馬上槍試合トーナメントを開きたい」と進言した。
 不測の事態に備えて、護衛官を補充したいのだという。

「王太子殿下にご臨席いただいて試合をおこない、腕の立つ若者を何名か選抜いたしたく……」

 クリスマスイブから年明けまで、大きな行動を控えるのが習わしだ。
 年が明けたら試合開催の「触れ」を出し、四旬節の前、二月半ばにおこなうことが決まった。

「ちょうど王太子殿下の誕生日も近い。盛大に執り行いましょう」

 重臣たちはみな高ぶっていたが、誕生日の話題でいくぶん和やかになった。
 2月22日は、王太子となり宮廷へ連れ戻されてから初めての誕生日だ。私はもうすぐ15歳になる。
 この夜の臨時宮廷は、明るい話で締めくくられた。
 とっくに日付けは変わり、クリスマスイブの未明になっていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...