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第八章〈殺人者シャルル〉編
8.10 飼いならされた小鳥たち
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王太子一行はフランス西海岸にあるラ・ロシェルへ向かっている。
今回の旅は、婚約者マリー・ダンジューも同行する。
「ね、殿下。お父様がわたくしたちを連れて旅に出ようとした日を覚えてらっしゃる?」
私がアンジューへ引き取られて間もない頃。
アンジュー公は私とマリーを連れて三人で旅に出た。
遠くの領地を視察する定期的な旅行だが、アンジュー公は「かわいい二人のための婚約旅行だ」と言い張った。旅の途中で、ヨランドが予定より早く出産した知らせを受け、旅行を中断してアンジェ城へ引き返した。
「うん、覚えてる。懐かしいな」
「わたくしは9歳で、殿下は10歳だったかしら」
アンジェ城ではぎくしゃくしていたが、旅先で二人きりになってみると、お互いに自然に振る舞うことができた。
婚約者というより、どちらかといえば兄妹のようだったが。
子供の頃から一緒にいたせいか、暖かい親愛の情はあるが、これは詩人シャルティエが熱を上げる恋愛感情とは違う気がする。
「そうか、もう五年も前なんだね」
アンジェ城に来たばかりの頃は、王子といっても修道院育ちの垢抜けない子供で、称号はポンティユ伯だった。アンジュー公より格下だ。
あのまま何事もなく、平穏に暮らして結婚していたらマリーは伯爵夫人だった。
疑いようのない未来予想図だった。
いまの私は王太子で、次期フランス国王だ。
予定通りに私たちが結婚すれば、マリーは王太子妃となり、次期フランス王妃の座が確定する。
人々は、私たちをうらやむだろうか。
王にふさわしい帝王学も教養も何ひとつ学んでいないのに、両親とはまともに話ができず、王都を追われ、頼みの宰相と重臣まで失って、王位を継承する重責だけがのしかかる。
「教養を身に付けたいのです。殿下に釣り合うように」
「私に釣り合う教養?」
「殿下にふさわしい貴婦人になりたいの。だって、わたくしは……」
私と同じように、マリーも重責を感じているのかもしれない。
王家に生まれたからには、私はこの重責から逃れられない。だが、マリーはまだ間に合う。
結婚という楔を打つ前に、カゴの中の小鳥を自由な空へ。
(それとも)
手紙を運ぶ鳥のように、私たちはとっくに飼いならされていて、結局、決められた場所へしか行けないのだろうか。
「私たちが出会った日を覚えてる?」
「ええ。あれは嵐の日の修道院で、わたくしは……」
私たちが出会った日のように、戦禍という名の嵐の中を飛んでいくことができるのだろうか。
かつて、王立修道院は王家から捨てられた末っ子王子を引き取ってくれた。
いま、王都を追われた王太子を迎えてくれる居場所はあるのだろうか。
「殿下?」
マリーが私の反応をうかがうように小首を傾げた。
私は自分から話を振ったのに、上の空だった。
今回の旅は、婚約者マリー・ダンジューも同行する。
「ね、殿下。お父様がわたくしたちを連れて旅に出ようとした日を覚えてらっしゃる?」
私がアンジューへ引き取られて間もない頃。
アンジュー公は私とマリーを連れて三人で旅に出た。
遠くの領地を視察する定期的な旅行だが、アンジュー公は「かわいい二人のための婚約旅行だ」と言い張った。旅の途中で、ヨランドが予定より早く出産した知らせを受け、旅行を中断してアンジェ城へ引き返した。
「うん、覚えてる。懐かしいな」
「わたくしは9歳で、殿下は10歳だったかしら」
アンジェ城ではぎくしゃくしていたが、旅先で二人きりになってみると、お互いに自然に振る舞うことができた。
婚約者というより、どちらかといえば兄妹のようだったが。
子供の頃から一緒にいたせいか、暖かい親愛の情はあるが、これは詩人シャルティエが熱を上げる恋愛感情とは違う気がする。
「そうか、もう五年も前なんだね」
アンジェ城に来たばかりの頃は、王子といっても修道院育ちの垢抜けない子供で、称号はポンティユ伯だった。アンジュー公より格下だ。
あのまま何事もなく、平穏に暮らして結婚していたらマリーは伯爵夫人だった。
疑いようのない未来予想図だった。
いまの私は王太子で、次期フランス国王だ。
予定通りに私たちが結婚すれば、マリーは王太子妃となり、次期フランス王妃の座が確定する。
人々は、私たちをうらやむだろうか。
王にふさわしい帝王学も教養も何ひとつ学んでいないのに、両親とはまともに話ができず、王都を追われ、頼みの宰相と重臣まで失って、王位を継承する重責だけがのしかかる。
「教養を身に付けたいのです。殿下に釣り合うように」
「私に釣り合う教養?」
「殿下にふさわしい貴婦人になりたいの。だって、わたくしは……」
私と同じように、マリーも重責を感じているのかもしれない。
王家に生まれたからには、私はこの重責から逃れられない。だが、マリーはまだ間に合う。
結婚という楔を打つ前に、カゴの中の小鳥を自由な空へ。
(それとも)
手紙を運ぶ鳥のように、私たちはとっくに飼いならされていて、結局、決められた場所へしか行けないのだろうか。
「私たちが出会った日を覚えてる?」
「ええ。あれは嵐の日の修道院で、わたくしは……」
私たちが出会った日のように、戦禍という名の嵐の中を飛んでいくことができるのだろうか。
かつて、王立修道院は王家から捨てられた末っ子王子を引き取ってくれた。
いま、王都を追われた王太子を迎えてくれる居場所はあるのだろうか。
「殿下?」
マリーが私の反応をうかがうように小首を傾げた。
私は自分から話を振ったのに、上の空だった。
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