7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.21 神も王も怖れない男(4)11人いる(挿絵つき)

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 12年も続いた内乱。
 その発端は、王弟オルレアン公とブルゴーニュ公の争いだった。
 ふたりは政敵であり、王妃の愛人でもあった。
 宮廷の醜聞は、ブルゴーニュ公が王弟を殺した事件をきっかけに王国中を巻き込む内乱に拡大した。

 事件当時、私は四歳だ。
 殺人事件の記憶はなく、成長してから事件のあらましを伝え聞いた。
 亡きオルレアン公に同情し、ブルゴーニュ公が赦免されたことを不公平だと思った。
 だが、当事者意識は薄かった。
 王太子になった時、たまたまブルゴーニュ公は追放中でアルマニャック伯が宮廷の中心人物だった。アルマニャック派は王太子を担ぎ、私自身も親しみを感じていたが、真の大義は内乱を収めることにあると考えた。

 このころの私は、中立的な立場から両者を仲裁できると信じていた。
 いや、思い上がっていたのかもしれない。

 9月10日、ヨンヌ川にかかるモントロー橋にて、王太子とブルゴーニュ公が和平条約を調印する。これで、長きにわたる内乱に終止符が打たれる。

 橋上——妙な場所になったのは、アルマニャック派もブルゴーニュ派も相手方の勢力圏に踏み込むことをためらったせいだ。

 モントローの町はブルゴーニュ公の領地だった。
 私は信頼の証として相手方に出向こうと考えたが、アルマニャック派の重臣たちは暗殺と誘拐を恐れた。

「本来なら、ブルゴーニュ公こそが臣下として王太子のもとへ出向くのが筋です」
「ブルゴーニュ公には王弟殺害の前科があります。油断できません」
「宮廷に謀略はつきもの。殿下は人が良すぎます」

 重臣たちの意見も一理ある。
 そこで、次のように取り決められた。

 領内には入らない。
 王太子が出向くのは、見通しの良い橋上までとする。
 立会人は双方10人までとする。
 例外は認めない。

 少しでも不審な動きがあれば、和平条約の調印は延期あるいは中止とする。
 これは、王太子とブルゴーニュ公令嬢の結婚延期・中止という意味も含まれている。



 ***



 護衛隊長タンギ・デュ・シャステルは、私に付き従う立会人10人を選んだ。
 非常事態に備えて手練れの者がそろった。
 私自身も、遠距離からの狙撃に備えてプレートアーマーをあつらえた。

「重いけど、思ったより自由に動けるね」

 私は16歳でまだ成長期だったので、自分専用の甲冑を作るには早すぎた。
 小ぶりの甲冑をいくつか用意してもらい、試着しながらサイズを調整した。
 綿を詰めたキルト地の布の服プールポワンの上に、薄手の鎖帷子チェインメイルを着込み、さらに板金の甲冑プレートアーマーを重ね着する。防御は万全だ。

「重さよりも、暑さの方が堪えるかもしれません」
「あぁ、そっちか……」

 9月上旬の日中、屋外である。想像するだけでげんなりしてきた。
 さらにシャステルは、毒殺を警戒して当日は何も口にしてはいけないと決めた。

「一日中、水さえ飲めなかったら干からびてしまう!」
「和平のためです。ご辛抱ください」
「帰りたくなってきた……」

 当日が思いやられる。だが、署名するだけなら短時間で済むはずだ。

「やれやれ、涼しい風が吹くように神に祈るしかないか」

 軽口を叩きながら、ふと思った。
 もし、私が殺されたら両親はどう思うだろう。
 父は末っ子王子のことを思い出してくれるだろうか。
 母は息子の死を悲しんでくれるだろうか。

(私のためにあたたかい愛情をかけてくれるなら、愛されている証を得られるなら)

 私はたくさんの人たちに守られている。
 私ひとりを守るために死んだ者もいると知っている。
 だから、人前では口が裂けても言えないが、私はモントローの橋上で殺されてもいいと思った。



 ***



 来たる9月10日は天候に恵まれた。

「不愉快だ」

 私はめずらしく機嫌が悪かった。
 とっくに正午を回っているのに、肝心のブルゴーニュ公がなかなか現れなかったのだ。
 慣れないプレートアーマーの重み、残暑の日差し、空腹と喉の渇き、そして待ちぼうけ。いい加減うんざりしていた。

 結局、ブルゴーニュ公がモントロー橋へ現れたのは午後5時だった。

「相手を待たせるのも駆け引きだと聞いたことがある。だけど、不誠実だと思う!」

 つい不満をこぼすと、シャステルは「無怖公はそういう輩です。誠意を期待しても無駄でしょう」と忠告した。

 署名の直前に何かを仕掛けてくるかもしれない。
 私が待ちくたびれて「早く帰りたい」と望んでいたら、不利な取り決めを見落とす可能性がある。例えば、ブルゴーニュ公に都合のいいあの草案を紛れ込ませるなど。

「油断できないな。気を引き締めていこう」
「御意」

 私は立会人10人とともに橋へ向かった。
 対岸にブルゴーニュ公一行が見える。
 ヨンヌ川の両岸で、私たちは向かい合っていた。

「異常ありません」

 モントロー橋の両端にある扉がひらかれ、互いに歩み寄る。
 和平条約の最終交渉が始まろうとしていた。

 最初に異変に気付いたのはシャステルだった。

「11人います」

 そう耳打ちしてきた。
 立会人は双方10人までとする。例外は認めない。
 確かにそう決めたのに、ブルゴーニュ公は約束にない11人目をつれていた。

 私は歩みを止めた。
 ブルゴーニュ公も立ち止まった。

「無怖公め、ズルをするな!」
「何だと!」

 王太子側の立会人が罵声を浴びせ、呼応するようにブルゴーニュ公側の立会人もいきり立った。
 初っ端から双方とも喧嘩腰で、和平とはかけ離れた罵詈雑言が飛んだ。
 険悪なムードの中で、当のブルゴーニュ公は微動だにしない。
 私は初めて見る無怖公を観察していた。

「静まれ!」

 シャステルが一喝した。

「王太子殿下の御前である。無礼であろう。全員静まれ。ひざまずくのだ!」

 アルマニャック派もブルゴーニュ派も関係なく、全員がはっとしたように口をつぐみ、その場で膝をついて頭を垂れた。

「あなたも、ですよ」

 シャステルは一転して落ち着いた口調でブルゴーニュ公を促した。

「ブルゴーニュ公、あなたは王太子殿下の家臣です。が高いと申しているのです」

 ブルゴーニュ公からすれば、弱冠16歳のぽっと出の王太子にひざまずくのは屈辱だっただろう。だが、ブルゴーニュ公はひざをついた。橋上に静寂がおとずれた。

「貴公がブルゴーニュ公であるか……」

 甲冑の下で汗が流れた。
 ブルゴーニュ公は黙したまま動かない。
 儀礼的に剣を帯びているが、貴族らしく布地をたっぷり使った長めの礼服を着ていた。
 数々の悪行を聞いていたため、でっぷりと太った悪漢を想像していたが、思ったよりも細身の男だった。母が十年来も寵愛している愛人でもある。

「フランス王国の平和と安寧のため、これから重要な条約を調印する。それなのに貴公は簡単な約束さえ守ってくれない。ずっと前からそうなのだろう。どうして貴公を信じられる? いくつもの誓いを破り、何人もの信頼を裏切って……」

 無怖公ブルゴーニュ公は、神も王も恐れない不敵な人物だ。
 尊大な彼からすれば、子供っぽい王太子の前で膝をつく行為は最大限の敬意であり、譲歩に等しかったのだろう。
 経験の浅い王太子は、ブルゴーニュ公の心の機微を読めなかった。
 形式的なねぎらいの挨拶も忘れて、上から目線で叱責した。
 私の言い分は間違っていない。正論だったと思う。
 だが、ブルゴーニュ公は側近の前で恥をかかされたも同然だった。

「……ごときに何がわかる」
「えっ?」
「私はやるべきことをやってきた! それだけだ!」

 ブルゴーニュ公はぶしつけに怒鳴ると、許可を待たずに顔を上げて私を睨んだ。
 計画的だったのか脅しのつもりだったのか、それとも偶然だったのか、ブルゴーニュ公の右手が伸びて剣の柄に触れた。次の瞬間。
 そばで控えていたシャステルが先手を打ち、私を押しのけた。
 シャステルの手にはいつの間にか手斧が握られていた。

「殺せ!」
「王太子殿下を守れ!」

 手斧の一撃がブルゴーニュ公の脳天に突き刺さった。
 眼前でブルゴーニュ公が昏倒した。
 頭蓋骨が割れたのだろう、濡れた白いチーズの塊みたいな脳髄がこぼれた。
 私が連れてきた者たちが、シャステルの合図で次々と襲撃に加わった。
 それぞれが手に手に武器を持ち、10人がかりで滅多打ちにしたので、橋上はすぐに血に染まった。10人の立会人——いまや殺戮者と化している——に囲まれて、ブルゴーニュ公の姿はよく見えなかった。

 私の足元に手が落ちていた。
 剣をつかもうとして抜くことが叶わなかったブルゴーニュ公の右手。
 それが、完全にちぎれて私のつま先に飛んできた。
 私に助けを求めるように、いや、私を掴んで離さないかのように。

 その後の記憶はない。




(※)モントロー橋で無怖公ジャンの暗殺(Assassinat de Jean sans Peur sur le pont de Montereau.)
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