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四章

★30・子どものように駄々をこねる勇者

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「サラっ! 落ち着いて! まずはなにが起こった話してくれ!」

 サラの肩を持って、エリオットは落ち着かせようとした。
 しかしそれが裏目だった。

「ふふふっ。エリオットよ。こんなところでキスするつもりか? みんな見てるのに、白昼堂々と……いいだろう。キスしようキスしよう死ぬまでキスしよう!」

 サラが唇を尖らせて、エリオットに顔を近付ける。

 そこで改めてエリオットはサラの顔を見た。
 髪はボサボサ。顔も何故だか傷だらけ。
 マルレーネと並び立つほどの美貌はどこにいってしまったのだろうか。

「サラ! 今はそういう場合じゃない! まずは状況を……」
「んんん? エリオットは私のことを愛してないのか?」
「そんなことはない、愛してる。だから話してくれ」
「ふふふ。エリオットは私のことを愛している。ひゃひゃひゃ。こんな私でも愛してくれる……」

 笑みを浮かべるサラにエリオットは狂気を感じた。


 それから——サラから話を聞いた。
 生まれ故郷のストローツに帰ったのだが、そこでアルフに出会ったと。


「アルフだと? それは本当かい?」
「ひゃひゃひゃ。そうだ。あの落ちこぼれアルフだ。負け組アルフ。あいつと出会ってからおかしくなった」

 なんでもアルフに会ったことにより、今まで当たり前のように出来ていたことが無理になったらしい。
 アルフによって愛剣のラグナロクも失われてしまった。
 気付いたら、スライムにすら歯が立たなくなってしまい、追い出されるようにして故郷から逃げてきたと。

「アルフ……スライムにすら……」

 そこでようやくエリオットは気付いた。
 いや、今まで心の奥底では気付いていたかもしれない。

 ——アルフがなにかやった、と。

 なにをやったのかは分からない。
 しかし『呪い』のようなものをかけたのでは?
 それによって、ステータスが大幅に弱体化されている?
 サラの証言によって、疑惑は確信に変わろうとしていた。

 だが。

「ハハハ! そ、そんなわけないさ。あの負け組アルフにそんな芸当、出来るわけないさっ!」

 と首を振って、仮定を否定しようとした。

 そこでマルレーネが「はい! はい!」と手を挙げて、

「わたくしもアルフに出会いましたわ! 大聖堂で出会ったですの! あれ? どうしてですの? アルフを思い出したら、自然と震えが止まらなく……あはははははははは!」

 話に割り込んできたのだ。

 マルレーネもアルフに出会っただと?
 そしてマルレーネも大聖堂から戻ってきた後、回復魔法も使えなくなった頭のネジが吹っ飛んだような性格になってしまった。

「アルフが……僕達になにかやったんだ……」

 思わずエリオットはぼそっと呟いてしまった。

「えーっ? アルフ君が? どういうこと、エリオット君! アルフ君がなにをやったっていうの? エリオット君の調子がおかしくなったのも、アルフ君のせいなの?」

 フェリシーがそれを聞いて、エリオットに詰め寄る。

「うるさい! そう質問を続けるな。僕だって混乱してるんだ」
「ご、ごめん……」

 思わずエリオットは恫喝どうかつしてしまい、フェリシーが恐怖を感じたのか、距離を取った。

 アルフがなにをやったのか分からない。
 一度アルフに会って、この『呪い』みたいなのを解いてもらわなければならない。

 だが、その前にエリオットの前には大きな問題が残っていた。

「戦争……どうするんだ?」



 そして翌日。
 騎士団長が部屋に訪れてきたのだが……。

「勇者様! どういうおつもりですか!」
「気が変わった。やっぱり戦争には行かない」

 やって来た騎士団長に向かって、エリオットはそう言葉を放った。

 自分の力も戻らない。
 そのうえ、マルレーネもサラも使い物にならなくなってしまった。
 後はフェリシーだけだが……フェリシー一人で、エリオット等三人をカバー出来るかというと微妙な話だった。

「どうしてですか! 昨日は承諾してもらえたじゃないですか!」
「嫌なものは嫌だ。僕が行く必要なんてないだろう? 騎士団長一人で戦場には向かってくれ」

 ぷいっとエリオットは騎士団長に背を向けた。

 だが、心の底では……。

(頼む頼む頼む! 帰ってくれ!)

 と恐怖で震えていた。

 スライム一人ですら満足に相手出来ないんだ。
 そんなエリオットを戦争に行っている騎士団の連中が、見てしまえばどうなるだろうか……?
 評判が地に堕ちてしまうかもしれない。

 だからエリオットは心の中で、手を合わせて騎士団長が早くいなくなることを願っていた。



 一方——それを見て、騎士団長は。

(やはりだ……勇者様はなにかを隠している!)

 と確信を得た。

「勇者様、いけませんぞ。これは王様からの直々の命令でもあるのです! 引きずってでも、行ってもらいます!」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 止めてくれー!」

 そう叫ぶエリオットの姿はまるで駄々をこねている子どもそのものであった。

「あははははは! 遊びに行くのですわね! わたくしも付いてきますわ!」
「エリオットが行くところは私も行く。例え地獄であっても、付いていこうではないか。ひゃひゃっ」
「エリオット君、どうしちゃったのっ? 私も行くから安心してよ!」

 聖女のマルレーネ、女戦士のサラの挙動もおかしい。
 この中で唯一まともなのは魔法使いのフェリシーだけであった。

(い、一体なにが起こっているのだ……?)

 なにかとんでもないことが起きている。
 騎士団長はそう思い、エリオットをつかむ力を強くした。

「嫌だああああああああ! 僕は行かないんだああああああ! 戦争なんかに行ったら、殺されてしまううううううう!」

 顔をくしゃくしゃにして、泣き叫ぶエリオット。

 魔王を倒したエリオットだ。
 騎士団長が強く引っ張っても、エリオットの力には逆らえないはずだった。
 しかし不思議なことに、それこそ子どもをあやすかのごとく、エリオットを引きずることは簡単であった。

「大丈夫です、勇者様! 勇者様の力さえあれば、戦争は確実に勝利します! 相手は大したことありません!」
「嫌なものは嫌なんだあああああああああ!」
「そんな子どもみたいなこと言わないでください! おい! 誰か! 誰か勇者様をお連れするのを手伝ってくれ!」

 騎士団長が扉の向こうに控えていた部下に向かって、叫んだ。

 このことが、勇者エリオットが地に堕ちることの序章になった。
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