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1章
7間奏-過去
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「ーー違う! 何度言ったら分かるんだ!」
城内の音楽堂では、ローラントの罵声が鳴り響いていた。
「も、申し訳ありません……。」
ローラントの叱責を受け、律動が俯きながら謝罪する。普段大量の汗をかく律動の体も、この時ばかりは冷や汗が数滴流れるに留まった。
「もう一度初めからだ!」
ローラントが鞭を振るうと律動は楽譜を捲り、震える手で鍵盤に手を添える。
(クソッ! 彼のピアノの技量は、私の音楽隊で演奏させるには到底足りない。
だが今から新たなピアニストを探して、音楽祭までに代役が見つかる保障はない。
幸いにも最低限弾けるレベルにはある。何とかこいつを私の音楽隊で使える域まで育て上げなければ……!)
ローラントの顔に焦りが浮かび、振るう鞭に力が入る。
一方律動の脳裏には、この世界に召喚される前の苦い記憶が蘇っていたーー
*****************************************
律動の父は、国内随一のオーケストラに所属するバイオリニストで、母は世界を股にかけて活躍したピアニスト。
律動はそんな二人の一人息子であり、音楽一家のサラブレッドとして、両親の期待を一身に受けながら育った。
二人からはバイオリンとピアノの両方を、物心の付いた時から叩き込まれ、音楽漬けの毎日を過ごていた。だがーー
「律動!これで何度目だ!」
「ごめんなさいお父さん……。」
「また発表会で両親に恥をかかせるつもりですか? 律動。」
「ごめんなさいお母さん……。」
両親の熱心な指導とは裏腹に、幼い律動は中々音楽の才能に恵まれず、毎日両親から叱責を浴びせられた。
そんな律動にとって唯一心が休まる時は、祖父と遊んでいる時だった。
「律動や、お父さんやお母さんはお前に厳しく当たっておるが、それはお前の事を思っての事なんじゃぞ。」
「わかってるよおじいちゃん……。」
(お父さんやお母さんは悪くない。悪いのは上手く出来ない僕なんだ……。)
両親の期待に応えられず、律動は自分を責めるようになっていた。
「まぁお前がそこまで二人の期待を被る必要もないのじゃが……そうじゃ! お前にこれをやろう。」
見かねた祖父が、律動に一つの楽器を差し出す。
「ーーこれは?」
「これは太鼓じゃ。これを叩くと嫌なことを忘れられる。ほれ、この棒で叩いてみよ。」
祖父からスネアドラムとドラムスティックを渡されると、律動は恐る恐る叩いてみる。するとーー
『タァン!』
乾いた音が律動の体に弾けた。初めて聞く爽快な衝撃音に、律動は感動と興奮を覚えた。
「ほう、中々良い叩きっぷりじゃのう。律動には太鼓の才能があるやも知れぬ。」
「ほんと!?」
「ああ。どれ、もっと叩いてみよ。」
「うん!」
初めて才能があると言われ、律動は喜んでスネアドラムを叩いた。
その日以来、律動は両親に隠れて祖父と共にドラムを叩くようになった。
そして律動が中学を迎える直前、最愛の祖父が亡くなったのをきっかけに、律動は生まれて初めて両親に我が儘を言った。
「ーー僕、中学生になったら吹奏楽部に入ってパーカッションをやりたいんだ。」
「なんだと!? そんな事は断じて認めん!」
「貴方は私達の息子として、立派な音楽家になるのです。それを吹奏楽のパーカッションだなんて……。」
「打楽器奏者だって立派な音楽家だ!」
それまで両親に従順だった律動が初めて反抗を見せたことに、両親は衝撃と憤りを覚え、その後も律動の申し出を断固却下し続けた。
しかし、両親に大好きな打楽器を否定された事は、律動にとっては亡き祖父との思い出を踏みにじられるに等しく、律動も一向に引き下がらなかったーー
そして数ヵ月にも及ぶ説得の末、律動は何とか両親の了承を得ることが出来た。
ただし、今まで以上にバイオリンとピアノのレッスンに励むという条件付きで。
「いいか律動。お前が吹奏楽部に入る事は認める。
だが吹奏楽部での活動が、バイオリンやピアノのレッスンに支障をきたしていると判断したときは、すぐに辞めさせる。わかったな?」
「貴方はただでさえ他の子達に遅れを取っているのです。私達の息子であるという自覚を持ち、決して恥をかかせる事のないよう。いいですね?」
「わかってるよ、お父さん、お母さん。」
ーーそんな事は分かってる。産まれてからずっと……。
二人は僕に、自分達にとって相応しい息子像だけを求め続けてきたのだから。
そこに自分の意思はない。
でも、今は本当にやりたいことを見つけた。それはお父さんのバイオリンでもなく、お母さんのピアノでもなく、おじいちゃんの太鼓だった。
それからというもの、律動は吹奏楽部の練習に加え、バイオリンとピアノのレッスンという、ハードな日々を送った。
だがそれも律動にとっては苦痛ではなかった。何故なら今は大好きなドラムが叩けるのだから。
勿論両親の言いつけを守り、今まで以上にバイオリンやピアノの練習にも励んだ事で、それなりの技術は身に付いた。
所詮はそれなりで、両親を満足させる程ではない。だがとりあえずの成長を見せられたことで、部活は辞めさせられずに済んだ。
その一方で吹奏楽部の方はというと、律動は類い稀なる才能を発揮し、1年生からコンクールの出場メンバーに選ばれ、3年生になる頃には部長を任される程になる。
中でも律動が夢中になったのは、ドラムセットだった。
複数の打楽器を叩くことで、大きな存在感を示せる事に魅力を感じた。
律動はお小遣いを貯めてドラムセットを購入し、両親に嘆願して家の練習室に置かせてもらい、来る日も来る日もドラムの練習に明け暮れた。
そして最後の年は全国大会まで進み、律動達は最優秀賞を受賞した。
だがその栄えある功績にも、律動の両親は一切興味を示さず、バイオリンとピアノの指導に鞭を振るうだけだった。
その後律動は、全国の名だたる吹奏楽部の名門高校からスカウトされ、学校の推薦を受けて一番の強豪校に進学した。
高校に入ってからも律動の活躍は留まらず、幼少期とは比べ物にならない程充実した生活を送っていた。そんな矢先ーー
「ーー律動! さっきの演奏は何だ!」
律動はとうとう大きなミスを犯してしまった。しかもピアノの発表会という、両親も見守る大事な場で。
譜面とは全く異なる音を弾いてしまったのだ。
というのも、吹奏楽部のコンクールが近付いており、前日は夜遅くまでドラムの練習を行っていた。
そのせいであまり寝ていなかった律動は、あろうことか演奏が飛んでしまったのだ。
そのようなミスは、流石の律動も今まで殆ど犯したことがなく、発表が終わると両親が鬼の形相で迫ってきた。
「やはりパーカッションなんかやらせるべきじゃなかったわ……! こんな恥をかかされるなんて!」
この両親はいつも自分のメンツしか考えていない。しかも実の息子を使ってまで。
だがこの時の律動は、余りの失態に反抗する気力すらなかった。
(何故こんなミスを犯してしまったんだろう。僕に失敗は許されなかったのに……。)
名門校の吹奏楽部で持て囃される毎日に、どこか慢心していたのか。
律動は自分が犯した過ちに、茫然自失となる。
「明日、学校に退部届けを出してくるんだ! 良いな!」
「家にあるドラムセットも捨てなさい!」
一瞬の気の緩みにより、部活だけでなく大好きなドラムすらも奪われる事となり、律動は絶望の中帰路に就いたーー
家に帰ると、律動はドラムセットの椅子に座り込んだ。
両親には自分で廃棄することを命じられ、これがドラムに触る最後の残された時間だった。
ーーこんな事ならば、昨日はもっと早く寝るべきだった。
ーーもっと発表会に集中すべきだった。
様々な後悔がよぎる中、律動の頭に浮かんだのは亡き祖父の顔だった。
大好きな祖父が居なくなり、今度は自分が唯一才能を発揮できる楽器も目の前から無くなる。
「あぁああっ!!」
そんな受け入れ難い現実に律動は絶叫し、ドラムスティックを振り上げた。
(ーーせめて、最後に一度だけっ!)
怒り、悲しみ、後悔、悲観、様々な感情を最後のひと振りに込めて、律動は腕を振り下ろす。
その刹那、律動の体は光に包まれ、異世界へと導かれたーー
城内の音楽堂では、ローラントの罵声が鳴り響いていた。
「も、申し訳ありません……。」
ローラントの叱責を受け、律動が俯きながら謝罪する。普段大量の汗をかく律動の体も、この時ばかりは冷や汗が数滴流れるに留まった。
「もう一度初めからだ!」
ローラントが鞭を振るうと律動は楽譜を捲り、震える手で鍵盤に手を添える。
(クソッ! 彼のピアノの技量は、私の音楽隊で演奏させるには到底足りない。
だが今から新たなピアニストを探して、音楽祭までに代役が見つかる保障はない。
幸いにも最低限弾けるレベルにはある。何とかこいつを私の音楽隊で使える域まで育て上げなければ……!)
ローラントの顔に焦りが浮かび、振るう鞭に力が入る。
一方律動の脳裏には、この世界に召喚される前の苦い記憶が蘇っていたーー
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律動はそんな二人の一人息子であり、音楽一家のサラブレッドとして、両親の期待を一身に受けながら育った。
二人からはバイオリンとピアノの両方を、物心の付いた時から叩き込まれ、音楽漬けの毎日を過ごていた。だがーー
「律動!これで何度目だ!」
「ごめんなさいお父さん……。」
「また発表会で両親に恥をかかせるつもりですか? 律動。」
「ごめんなさいお母さん……。」
両親の熱心な指導とは裏腹に、幼い律動は中々音楽の才能に恵まれず、毎日両親から叱責を浴びせられた。
そんな律動にとって唯一心が休まる時は、祖父と遊んでいる時だった。
「律動や、お父さんやお母さんはお前に厳しく当たっておるが、それはお前の事を思っての事なんじゃぞ。」
「わかってるよおじいちゃん……。」
(お父さんやお母さんは悪くない。悪いのは上手く出来ない僕なんだ……。)
両親の期待に応えられず、律動は自分を責めるようになっていた。
「まぁお前がそこまで二人の期待を被る必要もないのじゃが……そうじゃ! お前にこれをやろう。」
見かねた祖父が、律動に一つの楽器を差し出す。
「ーーこれは?」
「これは太鼓じゃ。これを叩くと嫌なことを忘れられる。ほれ、この棒で叩いてみよ。」
祖父からスネアドラムとドラムスティックを渡されると、律動は恐る恐る叩いてみる。するとーー
『タァン!』
乾いた音が律動の体に弾けた。初めて聞く爽快な衝撃音に、律動は感動と興奮を覚えた。
「ほう、中々良い叩きっぷりじゃのう。律動には太鼓の才能があるやも知れぬ。」
「ほんと!?」
「ああ。どれ、もっと叩いてみよ。」
「うん!」
初めて才能があると言われ、律動は喜んでスネアドラムを叩いた。
その日以来、律動は両親に隠れて祖父と共にドラムを叩くようになった。
そして律動が中学を迎える直前、最愛の祖父が亡くなったのをきっかけに、律動は生まれて初めて両親に我が儘を言った。
「ーー僕、中学生になったら吹奏楽部に入ってパーカッションをやりたいんだ。」
「なんだと!? そんな事は断じて認めん!」
「貴方は私達の息子として、立派な音楽家になるのです。それを吹奏楽のパーカッションだなんて……。」
「打楽器奏者だって立派な音楽家だ!」
それまで両親に従順だった律動が初めて反抗を見せたことに、両親は衝撃と憤りを覚え、その後も律動の申し出を断固却下し続けた。
しかし、両親に大好きな打楽器を否定された事は、律動にとっては亡き祖父との思い出を踏みにじられるに等しく、律動も一向に引き下がらなかったーー
そして数ヵ月にも及ぶ説得の末、律動は何とか両親の了承を得ることが出来た。
ただし、今まで以上にバイオリンとピアノのレッスンに励むという条件付きで。
「いいか律動。お前が吹奏楽部に入る事は認める。
だが吹奏楽部での活動が、バイオリンやピアノのレッスンに支障をきたしていると判断したときは、すぐに辞めさせる。わかったな?」
「貴方はただでさえ他の子達に遅れを取っているのです。私達の息子であるという自覚を持ち、決して恥をかかせる事のないよう。いいですね?」
「わかってるよ、お父さん、お母さん。」
ーーそんな事は分かってる。産まれてからずっと……。
二人は僕に、自分達にとって相応しい息子像だけを求め続けてきたのだから。
そこに自分の意思はない。
でも、今は本当にやりたいことを見つけた。それはお父さんのバイオリンでもなく、お母さんのピアノでもなく、おじいちゃんの太鼓だった。
それからというもの、律動は吹奏楽部の練習に加え、バイオリンとピアノのレッスンという、ハードな日々を送った。
だがそれも律動にとっては苦痛ではなかった。何故なら今は大好きなドラムが叩けるのだから。
勿論両親の言いつけを守り、今まで以上にバイオリンやピアノの練習にも励んだ事で、それなりの技術は身に付いた。
所詮はそれなりで、両親を満足させる程ではない。だがとりあえずの成長を見せられたことで、部活は辞めさせられずに済んだ。
その一方で吹奏楽部の方はというと、律動は類い稀なる才能を発揮し、1年生からコンクールの出場メンバーに選ばれ、3年生になる頃には部長を任される程になる。
中でも律動が夢中になったのは、ドラムセットだった。
複数の打楽器を叩くことで、大きな存在感を示せる事に魅力を感じた。
律動はお小遣いを貯めてドラムセットを購入し、両親に嘆願して家の練習室に置かせてもらい、来る日も来る日もドラムの練習に明け暮れた。
そして最後の年は全国大会まで進み、律動達は最優秀賞を受賞した。
だがその栄えある功績にも、律動の両親は一切興味を示さず、バイオリンとピアノの指導に鞭を振るうだけだった。
その後律動は、全国の名だたる吹奏楽部の名門高校からスカウトされ、学校の推薦を受けて一番の強豪校に進学した。
高校に入ってからも律動の活躍は留まらず、幼少期とは比べ物にならない程充実した生活を送っていた。そんな矢先ーー
「ーー律動! さっきの演奏は何だ!」
律動はとうとう大きなミスを犯してしまった。しかもピアノの発表会という、両親も見守る大事な場で。
譜面とは全く異なる音を弾いてしまったのだ。
というのも、吹奏楽部のコンクールが近付いており、前日は夜遅くまでドラムの練習を行っていた。
そのせいであまり寝ていなかった律動は、あろうことか演奏が飛んでしまったのだ。
そのようなミスは、流石の律動も今まで殆ど犯したことがなく、発表が終わると両親が鬼の形相で迫ってきた。
「やはりパーカッションなんかやらせるべきじゃなかったわ……! こんな恥をかかされるなんて!」
この両親はいつも自分のメンツしか考えていない。しかも実の息子を使ってまで。
だがこの時の律動は、余りの失態に反抗する気力すらなかった。
(何故こんなミスを犯してしまったんだろう。僕に失敗は許されなかったのに……。)
名門校の吹奏楽部で持て囃される毎日に、どこか慢心していたのか。
律動は自分が犯した過ちに、茫然自失となる。
「明日、学校に退部届けを出してくるんだ! 良いな!」
「家にあるドラムセットも捨てなさい!」
一瞬の気の緩みにより、部活だけでなく大好きなドラムすらも奪われる事となり、律動は絶望の中帰路に就いたーー
家に帰ると、律動はドラムセットの椅子に座り込んだ。
両親には自分で廃棄することを命じられ、これがドラムに触る最後の残された時間だった。
ーーこんな事ならば、昨日はもっと早く寝るべきだった。
ーーもっと発表会に集中すべきだった。
様々な後悔がよぎる中、律動の頭に浮かんだのは亡き祖父の顔だった。
大好きな祖父が居なくなり、今度は自分が唯一才能を発揮できる楽器も目の前から無くなる。
「あぁああっ!!」
そんな受け入れ難い現実に律動は絶叫し、ドラムスティックを振り上げた。
(ーーせめて、最後に一度だけっ!)
怒り、悲しみ、後悔、悲観、様々な感情を最後のひと振りに込めて、律動は腕を振り下ろす。
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