ベッド上のロマンチカ

青井洛

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真夜中の誤解

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 私の身体を浮遊感が包んで、視界がぐるりと回った。

 さっきまでマクシミリアン様の官能的な表情にドキドキしながら波打つシーツを見ていたはずなのに。
 今はどうしてか、マクシミリアン様の怒りとも焦りともつかぬ表情越しにベッドの天蓋が私の視界に写っている。

 なら、魔法がかかっていて動けないはずなのに。なにが起きたのかが飲み込めない。

 魔法は、確かにかかったはず。弾かれた防がれた感覚も無かった。
 それなのにどうして、魔法が効いてないのか。マクシミリアン様のモノが抜けたあとに拘束を解くつもりだったけど、まだこちら側から魔力は遮断してなかった。
 なんでそんな表情をしているのか。
 「煽った」とはどういう意味なのか。
 とか、いろんな疑問が浮かんできたけれど、未だに私のナカで存在感を強く主張する快楽に思考を邪魔されて結局音になったのは少しだけだった。

「ど、して?」

 思わず震えた声で問えば、マクシミリアン様はその形の良い口唇を弓なりにして微笑んだ。

「どうして?って、それは俺のセリフじゃないか、シエル?」

 笑っているはずなのにどこか冷ややかさを残した瞳に言葉が詰まる。
 問われているのだから返事をしなきゃと思っているのに、喉につっかえた感情はなかなか言葉にならない。

 思い通りにならない自分の身体を持て余していると、自然とマクシミリアン様の次の言葉を待つような姿勢になる。

 困惑する私の視線に何を思ったのか、マクシミリアン様は「一度状況を整理しようか。」と言って私のからその怒張を抜いた。
 マクシミリアン様の腕で、快楽の余波に攫われたままの私の身体は、特に抵抗もなく起き上がらされた。
 まるで飴細工に触れるかのような手つきと怒張の抜けていく淡い快感に、ふるりと身体が震えるのがわかる。

 マクシミリアン様は手早くナイトウェアを直し身支度を整え、未だに呆然としている私にふわりとベッドサイドに掛けてあった自分のガウンを羽織らせてくれた。
 私がこの部屋に来るときに着ていたシャツガウンは、私の太腿の下で破瓜の血や何やらで濡れているのが見えた。

 マクシミリアン様の上着はかなりダボッとしていた。
 まだ出会ったばかりの頃ーー私が純粋にマクシミリアン様を好きでいられた10歳位の頃ーーは背丈もあまり変わらなかった筈なのに、今はもうかなりの体格差があるのだと実感させられる。

 身じろぎをするとマクシミリアン様の香りが鼻先に薫る。
 ポーションの効果がまだ切れていないのかその香りに酔いそうになる。

「あ、あの、ありがとうございます……。」

 今更になって気恥ずかしくなって目線をそらして言葉をこぼす。
 少し前傾姿勢になったせいか肩にかけられていたガウンがずり落ちた。

 それを認めたマクシミリアン様がもう一度私の肩にガウンを掛け直すと、私の手を導くようにしてガウンの前を閉じさせる。

「入学以来今まで一度も自分に興味を示さなかった婚約者様が、突然にーーそれも卒業前夜の真夜中に訪問してきたことだけでも驚きなのに、拘束魔法を展開した上で処女を貰ってくれだなんて……、びっくりしたよ。」

 そこで一旦言葉を切ると、マクシミリアン様はゆるりと微笑んだ。思わず私は浅く息を吸っていた。
 そして一拍置いたのちにマクシミリアン様は詰めた息を吐くように口を開いた。

「まぁ、その反応を見る限り俺や王家に悪意とか敵意があって夜這いしたとは思えないけど、一体何があったんだ?」

「えぇっと……あの、それは、先ほども申し上げたように処女をもらっていただこうと……。」

 "もらっていただく"というよりは"押し付けた"のほうが正しいかもしれませんが、と消え入りそうな声で付け足す。

「違う、そういう意味じゃなくてな?」

 私の微かな声に、優しく被せるようなテノールが諭すように響く。
 マクシミリアン様の声と時計の秒針の音だけが深夜の寝室に存在していた。

「なんていうかな、夜這いした理由だとか目的が聞きたいんだ。」

 形の良い口唇からは再び同じような質問が繰り出された。
 私の頭上にはクエスチョンマークがグルグルしている。

「えっ?ですから処女を……、」

 まるで堂々巡りのような状況だ。
 でも理由だとか目的だとか言われても私はそう答えるしかない。

 そんな様子にお互い困りあぐねて、独り言を言うようにマクシミリアン様がつぶやき始める。

「……この時期になぜ処女を俺に捧げる必要が?遅かれ早かれそういう結果にはなるはずだろう…?
 ……他の貴族にけしかけられて汚名でも着せようと?“社交界の花に暴行した”とでもいって王家支持率を下げるつもりだだったのか。いや、バートリー家にそんな不穏な影はないはずだし、俺たちが婚約者同士なことをふまえると効果はあまり望めないしな……。」

 マクシミリアン様が紡ぐ言葉にズキリ、と何かが痛んだ気がした。

 そんな風に捉えられても仕方ない態度をとってきたということは、頭では理解しているつもりだった。けど、なぜか、分かってるはずなのに……。いつのまにか、私の頬には温い液体が滑っていた。

「シエルっ!?」

「ぁ…、すみません、なぜか……、泣くつもり、なかったのに。」

 今まで極力接触しないように交流を絶ってきたのは私で、愛している素振りも隠してきたのも私。
 そのはずなのに、いざそう言った言葉を投げかけられると何故かひどく心苦しくなった。

 マクシミリアン様のスラリとした指が私の顎を軽く持ち上げ、頬を伝う涙を掬う。
 優しすぎるくらいの力加減にどうしようもなく愛おしさを感じてしまう。
 それでもこれ以上涙を零さないように整えてから、なるべくどもらないように言葉を紡ぐ。

「何でもないんです、本当に。……ただ言葉の通り、受け取ってください。そうしてくだされば心残りは、もう、ありませんから。」

「心残り?」

 私の言葉に反応したマクシミリアン様が真っ直ぐな視線を向ける。疑念の篭ったその視線にたじろぎそうになるけど、ここで引くなんてもう出来ない。
 何か言いたそうなマクシミリアン様を制して矢継ぎ早に用意していた言葉をかける。

「あぁ、子供でしたら心配しないでください。私の身体にはーー正確には子宮部には、身体魔法の術式を少し改変して活動停止の効果をもたらすものを付加していますので……、」

 そこで一旦言葉を切って少し浅い深呼吸をする。
 そしてなるべくふんわりと微笑んで告げる。

「ですから、子供を孕んだ責任を取れ、なんて言いません。これから先で起こるかもしれない後継者争いを錯乱させるつもりもございませんわ。」


 そこまで言ったところで心なしか身軽になったような感覚を覚えた。
 マクシミリアン様の迷惑になるつもりはなくて、責任を取れと脅すつもりない。これは愛のための行為じゃなくて、無理矢理やらせた慈善行為。

 ……だから後腐れなくマクシミリアン様は私という檻から解放されて、正規のヒロインであるルチアと結ばれることが出来る。

「……どうか、どうかルチア様と幸せになってくださっ!?」

 ぶわりと、冷たい空気が肺の中に入ってきた。危うく小さな悲鳴が漏れそうになって言葉を止めた。

 身体に重りをつけられているかのような圧力を感じる。いや、これは気のせいではなくておそらく強い魔力によるプレッシャー効果かもしれない。

「なぜそこでルチアの名前が出てくるんだ?」

 問いかける言葉のはずなのに、有無を言わせない冷たさを持った声。声だけで圧倒させることができるとは、マクシミリアン様は既に王としての気質を開かせているんだと感じさせられる。
 なんだか視線を合わせづらくて俯きがちにそんなことを考えていたら、筋が通ってすらりと伸びたマクシミリアン様の指が私の頬を押さえ顎を持ち上げた。

「シエル?何があったか言ってくれないと分からないよ?」

 眼を逸らせない、とばかりに固定され、光線のような視線で私を捉えている。
 言葉の端から受け取れる彼の怒りの発露に、身体の小さな震えを止められない。もしかして、私がルチアに言及するのがそんなに嫌だったのだろうか。それとも、気付かれたことが不快だったのか。
 けれど、この部屋に入る前には既に腹をくくっていたからか、私はその圧力のなかでスルリと言葉を発せられた。

「ルチア様の方が国母となるのに相応しいこと……マクシミリアン様の隣に立つに相応しいことは承知しております。」

 それにルチア様を恨んだりなんてしませんわ、と言葉を続けた。……つもりだった。

 私の言葉は上手く音になる前に、サイドテーブルのブックライトが割れる甲高い音でかき消された。

「ひゃっ!?」

 予期していなかったその音に体を強張らせると、マクシミリアン様が背中をさすってくれた。眼を白黒させる私と裏腹に平然としていた。

「すまない、つい、魔力が漏れた。」

「えっ、魔力漏れ……ですか?」

 魔力の制御を失って起こるとされている魔力漏れは、十代にもなれば自分で制御できるようになって激しい怒りや動揺でもしなければ早々ならない、と学園に入学して学んだ。ごく稀に高すぎる魔力を持つ者や後天的な理由(ポーションや魔導具が良い例だ)によって魔力量が増えた者も陥りやすいとは聞いたことがある。
 確かにマクシミリアン様は王族だし高い魔力を有しているだろうけど、冷静沈着だと謳われるマクシミリアン様が魔力漏れを起こすのは少し不思議な気がする。

「あぁ、普段なら魔力漏れなんてあり得ないくらいは自制できているつもりだったんだがな。……どうやら危険視していた奴の名前が、可愛い婚約者様の口から思わぬところで出てきたうえに、あらぬ誤解をされていると分かって動揺してしまったらしいな。」

 王位第一継承者だということを考えれば、鋼のような精神で自制出来るという文言に何ら違和感はなかった。
 けれど、その後に続いた言葉を上手く飲み込むことができない。いや、理解可能な難しくない言葉のはずなのに脳のキャパシティを超えてしまっていた。

 ブックライトが割れた時のような魔力の流れは既にマクシミリアン様からは見受けられなくなっていた。けれども未だに空気はヒンヤリとしていて肺の奥の方がゾワゾワしている。

「かなり危険視していた奴の名……?かっ、可愛い婚約者…?あらぬ誤解……?」

 呆然として鸚鵡おうむ返しに呟く私に、謎が解けたような憑き物が取れたような晴れ晴れとした表情でマクシミリアン様が微笑んだ。

「あぁ、どうやら俺の可愛い婚約者様は大きな勘違いをしているらしい。
 お陰でたった今、何故これまで婚約者様が必要最低限の接触しかして来ないで、その上“身を引きたい”だなんてことを言ったのか分かったんだ。」

 婚約者様と言いながら慈しむように私の肌を撫でるマクシミリアン様の瞳から目を離せられない。

 見つめられている恥辱か、先ほどの寒さか、それともそれ以外の何かのせいか、背筋に走る震えが続いている。

「えっと、それは、つまり……マクシミリアン様はルチア様と恋仲ではないということですか?」

 震える声でそう尋ねる。
 もはや恥ずかしいなんて感情はどこかへ行ってしまっていた。その代わりに、ただ呆然とどこか落ち着いてきた気さえする。

 震えたその問いかけに、マクシミリアン様はまるで苦虫でも噛み潰したかのような表情になる。

「まさか!俺が?アイツと?あり得ない、絶対あり得ない!……考えただけでも寒気がするな。」

 マクシミリアン様のことを疑っているわけではないけれど、マクシミリアン様の言葉をうまく咀嚼することができない。
 けど弁明でも言い訳でもなく、あるがままの事実として「あり得ない」と語るマクシミリアン様の声音は嘘偽りのない響きがたしかにあった。まるでルチアのことを憎い敵とでも思っているかのような声音。

 さっきまで感じていた隔たりとはまた違った種類の壁をマクシミリアン様との間に感じる。

「あの、えっと、……すみません、マクシミリアン様のことを疑うわけではないのですが、それは本当ですか……?」

 言葉を選ぶようにして話し続ける。

「ルチア様は……ルチアはとても優しい人なんです。取れなかった単位の授業をわざわざマンツーマンで教えてくれたり、たまに休日が合うと一緒に市井へ買い物に行こうと誘ってくれたり、……きっと何か勘違いをなされているのではありませんか?」

 もしルチアの行動や性格がマクシミリアン様とそりが合わなかったとしても、ルチアのことを否定するような言動はして欲しくなかった。

 つらつらとそんなことを考えながら話していると、思わず目頭が熱くなってきたのを感じた。

「もし、……もしマクシミリアン様がただ悪意を持ってルチアのことを、私の大事な人のことを悪く言うのなら、私はマクシミリアン様のことを好きでいられなっ……!!?」

 熱くなってきた目元からぽろりとその雫が落ちかけた時、☆先ほどとは比べ物にならないくらいの魔力の放出を感じた。

 何も壊れなしてないし、風が舞い上がったわけでもない、目に見える形では何も起きていないのに、
 それなのに魔力の発信源である目の前にいるマクシミリアン様は、抜け落ちてしまったかのように全く表情が見えない。

「シエル、今何か言ったか?すまない、上手く聞き取れなかった。」

 静かで落ち着くテノールのはずなのに、鼓動が早くなっていく。
 こんなマクシミリアン様、知らない。知らない人が目の前にいるみたいだ。

 黙り込んだ私を見て、マクシミリアン様がゆっくりと口を開く。

「騙されているのはシエルたちだ。」

 なだめるように、たしなめるように、そっとテノールが響いた。

「騙されている……?」

 繰り返す私に、冷たい空気を散らさせながら話し始めた。

は何も知らない教師や生徒には天真爛漫で努力家の優等生に見えるように振舞っているが、事情を知っている一部生徒ーー特に婚約者のいる俺たちみたいな貴族の子弟には本性を現してる。」

 ルチアの本性。そんなこと、考えもしなかった。
 大好きで大事な友人だと思っていたのは、わたしだけなの?

 冷たくてゾッとするような何かが、イヤな予感を伴って私を包み込む。

「それは、一体どんな?ルチアは何かいけないことでもしてたのですか……?」

 震えないように声を抑えながら静かな声で尋ねた。


 
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