ベッド上のロマンチカ

青井洛

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真夜中の衝撃

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 静かな動作で深呼吸をした後、マクシミリアン様が口を開いた。

「シエルが心配しているような大逆罪や重犯罪を犯したわけじゃない。犯罪には触れていないし、悪い素行があるというわけでもない。
 ……特に口止めされているわけでもないし、シエルにも知っていて欲しいから伝えておく。」

 マクシミリアン様はそこで一旦言葉を切ると、すぅっと息を吸ってわたしの目を見て言った。

「アイツは、ーールチア・レオパルディは、並ぶものがいないくらいのなんだよ。」

「……へっ!?女好き、ですか?」

 思わず鸚鵡おうむ返しに尋ねた。

「あぁ、そんで俺たちみたいな婚約者持ちの男どもをライバル視してんだよ。
 実力は特待生になるだけあって折紙付、そのうえ『やっぱり甲斐性はあった方が口説きやすい』だのなんだの言って努力も惜しまない、そんな訳でアイツは底抜けに優秀でな。油断出来ない奴なんだよ、俺たちからしたら。」

 そこで一呼吸置いてから、マクシミリアン様は一旦遠くを見るような目をした。

「……えっと、」

 内容をうまく飲み込みきれず、言いたいことを言葉にすることができない。

 確かにルチアは優秀で、私だって何度も彼女が表彰台に立っているのは見たことある。努力している姿も、多分学園で私が一番近くで観てきたんじゃないかとも思う。
 でも、彼女のことを否定するわけじゃないけど、そこまでマクシミリアン様が心配するようなことなんだろうか?

 うまくそれを言えずに疑問を浮かべたままの表情で見つめれば、分かってるとでも言わんばかりに頷いてマクシミリアン様は話を続けた。

「最初は俺たちだって『いくら有能でも俺たちが心配するようなことは起きないだろう』って思ってタカをくくっていいたんだが……。
 まぁ……イロイロあって、な。アイツは気が抜けないヤツっていう認識が俺たちの間で常識になったんだよ。」

 訥々とつとつと語るマクシミリアン様は、「」と言い掛かったあたりでその蒼い目の中の深い緑の虹彩をうっすらと細めた。あえて言葉を濁されたのを感じたけど、突っ込んで欲しいことではないのだと察して口をつぐむ。
 そこはかとなく疲労感の滲んだその色に、嘘は見えない。

 それが余計私を困惑させる。

「……なんだか、何と形容したら良いのか分からなくて……。」

 ルチアが女性好きだった……。まさかそんな。

 身分というのは一応は存在するけれど、多少の壁はあっても結婚や就職に制限を与えるものではないから、ルチアの身分差については深く考えていなかった。

 けれど、ルチアの恋愛対象については寝耳に水だった。別にこの国では宗教においても国法においても、同性愛は禁止されていない。多数派、とはいかないまでも特別に珍しいことではないから、大事な親友が同性愛者だということに対して特に感情を抱きはしない。
 抱きはしないが、はこの世界のという前提意識のせいで考えもしていなかった。

 何より、私とルチアは親友だと自負していたから、ルチアのことはなんでも知っていると思っていた。卒業間近になって新しく知るとは思っていなかった。


「ルチアは、そんな一面も持っていたのですね……。私にはそんな素振り一度も見せてくれなかった。」

 それは、驚きというよりもどこか裏切られたというような感覚に近かった。
 なんとなく、男子生徒よりも女子生徒に対する対応の方が丁寧だなぁ、とか、困っているときすかさず助けにきてくれるなぁ、とか感じてはいた。でもそれってそんな理由があるものだとは思っていなかった。

 もちろん自分の性癖や感情を隠したり言ったりする自由は誰にでもあるとは思う、けれど シエルわたしとルチアの仲はそれまでだったのかと思ってしまう。悩み事や色恋のアレコレを話すには私では力不足だったのかと勘繰ってしまう。
 一部の令嬢には秘密にしていた、と言ったけど、私はルチアにとって他の令嬢を同じ程度だったのだろうか。私はルチアのことを唯一無二だと思っていたのに。ただの片思いだったの?

 もはや今日何度目かも分からない涙の欠片がチラリと溢れた。

「ルチアは……、私が友人では満たされなかったのでしょうか?
 私はルチアであれば何でも話せるほどには気を許していたのに、私ではルチアの心の声を聞くのに足りなかったの……?」

 思いがけず情けなくなって俯きかけると、マクシミリアン様がそっと私の目元を拭いながら目を合わせてきた。

「そうだな、アイツはじゃ、満足していなかったかもな。アイツ、シエルの事を本気で狙ってるから。だから俺とルチアは恋敵なんだよ。」

 金色の睫毛に縁取られた青緑が揶揄するように細められる。
 呆気にとられた私に関せず、マクシミリアン様はつらつらと言葉をテノールで紡いでいく。

「魔法学や座学じゃあ俺の方が少しは優ってるけど、実践試合となるとアイツの方が勝率は高い。目が合ったら丁寧語で揚げ足取りと皮肉のオンパレード、一見して和やかに会話しているようにしか見えねぇように話しやがるから余計タチが悪い。
 その上アイツは、俺よりも自分の方がシエルを幸せに出来る、とかぬかしやがって……。」

 初めて聞く荒い言葉遣いと悪態に、述べられた言葉への驚き、今夜知った事実の衝撃。短時間では処理しきれなかった情報のせいで私の思考は半ばストップしていた。
 呆けた瞳をマクシミリアン様に向けると、言葉を止めて私の瞳を慈しむように見つめてくれた。ゆっくりと急かさずに私の言葉を待ってくれるその姿にとくりと胸が跳ねる。

「ルチアと私がマクシミリアン様をめぐる恋敵だというならまだしも、 マクシミリアン様とルチアが恋敵だったなんて……。」

「そういうこと。我が愛しの婚約者様の誤解は解けたか?」

 くすりと微笑みかけながら私の頭を優しく撫でるマクシミリアン様。

「それでは、私はまだマクシミリアン様のことお側でお慕いしてても良いのですね?」

 思いがけないような気持ちで結論を出す。
 なんていう幸せだろう。諦めなければいけないと思っていたのに、私と彼の婚約は所謂契約にすぎないと期待を抱いてはいけないと思っていたのに、……それが両思いだったなんて。

 感極まる、とはきっとこんな気持ちなんだろう。言葉が溢れ出てきそうで、幸せが詰まって音にならないような気持ち。

「ああ、俺からすればずっとそうだったんだがな。」

 嬉しくて込み上げてきた熱い涙を見られたくなくて、マクシミリアン様の胸板に頬を押し付けた。今更になって涙目の表情を見られるのが恥ずかしくなっていた。
 急に抱きしめられたマクシミリアン様が頭の上で狼狽えているのを感じたけれど、勢いに任せて言葉
を紡ぐ。

「嬉しいです……。不束者ですがよろしくお願いします。」

 真心を込めるように声を出す。するとマクシミリアン様が何かを呟いたのが耳に届いた。

「……?何か、おっしゃいましたか?」

 上手く聞き取れなくて、顔をあげて首をかしげる。窺うようにして顔を覗き込めば、マクシミリアン様が「天然でやってるのか?」と少し困ったような表情で前髪にくしゃりと触れる。
 その意図がはっきりと読めなくてただ困惑してしまう。
 
「すみません、少し意味が分かりかねます……。えっと、何か不都合があったら言ってくださいね?
 ……私、もっとマクシミリアン様の好みに近付けるよう頑張りますから。」

 先程言われた「愛しい婚約者様」という言葉が反響し、マクシミリアン様のことだから嘘ではないだろうと思うと気恥ずかしくなる。
 けれど、より相応しい素敵な女性になれたらと考えたのは本心なので、ハニカミながらも言えた。

 するとマクシミリアン様は呆れたような視線を私に投げかけた。

「優しくしたいのに、そんな風に言われたら手酷くしたくなるだろ……。」

 頬をほんのりと赤らめさせて話す。その姿に母性がくすぐられてしまって、つい手を伸ばして頬を撫でる。自然と微笑んでしまうのを感じながら率直な気持ちを述べる。

「手酷く、ですか?ふふっ、でも私、マクシミリアン様にされることなら何だって受け入れたいです。」
 
 さらりと指先を滑るその金髪の感覚に気持ちが温かくなりながら、気持ちを話せば幸せな気持ちがじんわりと広がった。

 今まで叶うはずのない想いを一人燻らせていたことを考えれば、両思いだと言うことが判明した今、恐いという感情は彼方へ消え去ってしまった。
 15歳のときから離れたといえど、マクシミリアン様の側で彼の人となりを見てきた私からすれば、マクシミリアン様が暴力を無慈悲振るう人ではないことぐらい分かる。そう考えると、一層マクシミリアンの言う「手酷く」という行為を恐れる必要はないように思える。

 不思議な酩酊状態になった気分で楽しくなってマクシミリアン様を見上げれば、視線が交差した。

「……シエルは、もっと分かったほうがいい。」

 なぜか少し思いつめたような表情で私に諭すマクシミリアン様。「何をでしょうか?」と問おうとする前にマクシミリアン様が口角を上げて微笑んだ。

「その言い方とか表情や仕草が、俺を滅茶苦茶煽るってこと。」

 言い終えるのが早いか分からないほどに間を空けず、私の身体はマクシミリアン様にそっとベッドへ押し倒された。次の瞬間には目の前にあったマクシミリアン様の口唇が私の耳元で動いた。

「嫌だと言っても止められる保証はないぞ?」

 甘さを含んだテノールに、収まったはずの柔らかな快感がじわりと広がった。耳元に血が集まって赤くなっていくのが見なくても分かる。

「ま、マクシミリ……んっ。」

 気恥ずかしさに彼の名前を呼ぼうとした時、骨ばった長い指が私の唇を抑えた。ふにゃりと形を変えた口唇は必然的に動きを止められる。

「マクシミリアンじゃなくて、レオン。そう呼ばないと今からは応えない。」

 口角を上げてそう告げられた。
 三年前に呼び方を変えてから接触も控えるようになって、今ではファーストネームで呼ぶことなど無かった。そのせいか今になってファーストネームで呼ぶのがひどく気恥ずかしい。
 いや、まあ、夜這いした後で何言ってんだ今更って感じなんだけれどね……?恥ずかしいものは恥ずかしい。

 困惑した表情を向けても、ニヒルな感じに上げられた口角は変わらなかった。これは覚悟を決めるしかないと浅く息を吸って、目を少し逸らして口を開く。


「レ、レオン様……?」

 うわ、なんだろうこれ、想像通りにすごく恥ずかしい。
 耐えきれなくなって両手で顔を覆おうとした、がそれは叶わなかった。いつのまにか私の手は頭の上で一つにまとめられて押さえられていたのだ。

「ダメだ、ちゃんと顔を見て言ってくれ。」

 手首が押さえられているせいで、隠したくても隠せられない。痛くはないけれど力強くて全く動く気配が無い。

 優しい王子様のような表情から、からかってくるような意地悪な表情に変わり、鼓動が早まるのを感じた。

 なんて心臓に悪い人なんだろう。さっきまで頬を染めて可愛らしい感じだったのに。この豹変具合は反則だ!
 そう思えば思うほど、思い切り主導権を握られているこの状況になんだか悔しくなって、ふと悪巧みが浮かんだ。

 私が大人しいだけの令嬢だとは思わせてはあげませんから、と少し心の中でほくそ笑む。

「あの、手が痛いです……。先に外してもらってもいいですか?」

 上目遣いでそう訴えると直ぐに外してくれた。

「すまん、痛みは残ってないか?」

 意地悪そうな雰囲気はなくなって心配そうにこちらを伺うマクシミリアン様の様子を見て、心でガッツポーズをした。

 自由になった両手でマクシミリアン様の頬を抱き寄せる。想像していなかった行動のせいか、反発はなかった。

「ふふっ嘘です、レオン様。……隙あり、ですよ。」

 ニヤッと笑ってそのかんばせにキスをする。ピタリ、と固まるマクシミリアン様、もといレオン様。
 予想以上にうまくいった作戦に嬉しくなって、固まったレオン様を見上げる。

「私だって、か弱いだけの女の子じゃないんですからね?レオン様にちょっと位意地悪されても、こんな風に……っんん!」

 仕返しだって出来るんですよ?と続けようとした言葉はうまく音になりきらなかった。
 物理的に、レオン様に口を塞がれたのだ、レオン様の口で。

 戸惑って声を上げようとしたとき、薄く開いた口から舌が入ってきた。侵入してきた舌は歯列をなぞり、口蓋を擦り鮮烈な快感を与える。初めての快感をやり過ごせなくて逃げようとしても、両頬を押さえたレオン様の手から逃れられなくなっていた。
 愛を確認するための誓いのキスとは違って、まるで捕食するようなまれるキスだった。

 与えられる圧倒的な快感に暫くされるがままだったけれど、息継ぎが出来なくて呼吸が苦しくなる。
 一度レオン様の胸板を押し返そうとしたものの、薄くない筋肉を纏っていてなかなか動じない。代わりに少し強く叩いたところでやっと、唇から離れた。互いの間に引いた銀糸に気恥ずかしくなる。

「っぷは、……はぁ、はぁ、」

 浅い呼吸を整えながらレオン様を伺えば、私の眼は深い緑の光彩にとらわれる。嗜虐的な色を滲ませたその表情はかつて見たこと無い色で、早まる鼓動を抑えられない。

「忠告はしたんだ、もう俺は我慢しないからな。」

 蠱惑的な笑みに思わず小さく悲鳴が上がりかけたが、再び声は音になる前に食べられて消えた。
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