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レオン・マクシミリアンの回想
しおりを挟む自分のベッドの上で眠るシエルを見て、思わず頬が緩むのを感じる。その安らかな表情に燃え上がる気持ちを抑え、代わりに手の甲にフェザーキスを捧げた。
これ以上シエルと一緒の部屋に居たらせっかく効かせた自制心が無駄になってしまうと思い、寝室を出てメインルームへ移動する。
火照った脳と身体を冷ますために静かに窓を開けば、燦々と星が輝いていた。夜空に散りばめられた星が、銀の光を放つ。その色彩に暗い寝室で眠るシエルの銀髪の輝きを見出してしまって、自分の脳の短絡さに思わず驚きと自嘲の混ざった笑みが浮かぶ。
自覚はしていたが、俺はシエルのことが好きすぎるようだ。
一際輝きの強い星を眺めながら、心の中で思う。
こんなふうになるとはな。
思いもよらなかった、あの時も、今夜も。
初めてシエルに逢ったときの印象は、実をいうとあまり覚えていない。
5歳から色んな家庭の令息や令嬢に引き合わされ続け、王太子としての交友の輪を広め続けていた。
シエルと出逢ったのは9歳頃で、引き合わされるにはかなり遅い方だった。そのうえ病弱ということもあってあまり会話を交わさなかったので、必然と印象は薄かった。
そのうち、公爵家の令嬢という身分の高さ、同年齢、品行方正で賢い、といった理由から婚約者候補に選ばれた。そのときはまだ、そうか、と思っただけで深くは考えていなかった。
実際に交流を始めたあたりから、印象は変わり始めた。
候補といっても、実質的にはそれ以外の令嬢を選ぶことは出来ない。婚約者を身分や種族に問わず好きになった女性から選ぶ、といった選択権はほとんどないに等しかった。
だからといって俺は不満を抱くことはなかった。将来的に王妃としての采配がしっかりしていれば、誰でも一緒だと思っていたからだ。
だから13歳になるまでに婚約者を決めろ、と言われてもただ面倒だとしか思えなかった。いっそ、決めてくれた方が楽だと思っていた。
しぶしぶ婚約者候補を招いて会話を交わしてみたところで、候補者達の中から特筆して思いに残る者もいなかった。おそらく家で教育されたのだろう、当たり障りのない返事を、全員が判を押したように繰り返すだけ。
つまらない、いつの間にか幼い俺はそう思い始めていた。
そんな中で俺の意識を変えたのがシエルだった。
他の婚約者候補の令嬢とは王宮に招いて茶会や演奏会に招待して交流できたものの、シエルはその体調から欠席することが多かった。運良く体調が優れて出席できたとしても、あまり長時間は居られずに退席することも少なくなかった。
そんなシエルとの関係が変わり始めたのは、手紙がきっかけだった。婚約者候補全員と同程度に交流することを求めた王宮の判断で、出席できなかった日は手紙を書くようになったのだ。
手紙の中で、シエルは色んな一面を見せてくれた。普段からベッドの上で寝込んでいることが多かったシエルは本が好きだったらしく、同世代よりも飛び抜けて知識が広かった。そのせいか手紙には好奇心旺盛で明るい性格をしたシエルが見えた。
特に生き物が好きだったらしく、様々な図鑑を読んでは面白かったこと興味深いことを逐一教えてくれた。それが高じて遂には家に学者を招いて授業を受けたのだと聞いたときは思わず笑ってしまった。
そんなこんなで他の候補者たちよりもシエルを気にいるようになった俺をみて、周りも自然とシエルを推すようになっていった。
そうして10歳の誕生日を迎えた頃、シエルは正式に婚約者になった。もちろん婚約、というだけであって成長してから心変わりしても破棄することは可能だった。が、俺は既にシエルが相手ならば心変わりすることはないだろうと確信していた。その頃にはもうシエルに恋していたのだと思う。
やがて成長していくうちにシエルも少しずつ体が丈夫になり始め、たまに舞台や遠出も出来るようになっていった。行く先々で楽しそうに笑う彼女を見てこの笑顔を守りたいと強く思うようになった。
この頃から学習することに精を出し始めた。家庭教師達が今まで以上に頑張る俺を見て微笑ましそうにしていたっけ。
しかし婚約者として友好な関係を続けられたのは学園に入るまでだった。
入学前ほど頻繁に会うことが出来なくなったのだ。
学園に入ってからしばらくしてシエルは病気がちになった。幼い頃の病がぶり返すこともあり、発熱も頻繁に起こしていたシエルを無理に誘うことは憚れられた。また、病でない時も会えないことがあった。学園は研究機関としての一面も担っていて専門性が高かったので、お互いの訓練や研究にかかりっきりになる期間もあったからだ。
会う頻度は減ってしまったものの俺たちの仲が変化するようなことはないと思っていた。婚約破棄だなんてことは起きるはずはないし、大丈夫だろう、と。
しかし、状況は変わった。
俺がシエルに会えないその間にルチアが俺に宣戦布告してきたり、目の前でシエルと仲良くしたり、と気は抜けなかった。
ルチアは女好きだということは男子生徒の間では周知の事実だったが、シエルを見る目は一際変わっていて本気だということが見て取れた。
そんな中で風の噂でシエルが婚約破棄の手順を進めている可能性がある、と聞いた時魔力暴走を起こしかけた。
あくまで可能性であり、もし破棄されるにしても卒業後だろうと目星をつけた俺は、学園を卒業したらすぐに婚姻の手続きを済ませられるように秘密裡に話を進めていった。バートリー家の両親や兄君を説得するのには少々骨が折れたが、将来の明るい未来のためには安い苦労だった。
もちろん、シエルが婚約破棄をしたい理由を考えなかったわけではない。他に好いた相手が出来たとか、重荷に感じたからとか、色々思い当たったものの、シエルを悩ませるものは全て解決する自信があった。
他の奴を好きになったなら、俺を惚れさせてみせる。(但しシエルの周りには極力男を排除していたのでルチア以外には恋愛面で心配していなかった。)政務が嫌ならば就かなくてもいいように制度を変えるつもりでもあった。
多少無理矢理な形で婚姻関係を結ぶことになる分、全力でシエルに尽くして後悔はさせないと誓った。
そうして水面下で準備を進め、やっと俺の計画が日の目をみることになる卒業式の前夜にこの一連の出来事が起こったのだ。
最初は何が起きているのが本気で分からなかった。
シエルは少し思いつめたような表情でいるし、そもそも来客の前にエドワーズが断りを入れないなんてあり得なかった。
その後の出来事は、天国というべきか地獄だというべきか。シチュエーションは夢のような状況なのに、なぜか拘束魔法を展開され身動きは取れない生殺し状態。
気が動転しているようで拘束魔法は解除できそうだったものの、シエルの口から語られたのは不穏な言葉。シエルがそう望むのならば拘束魔法をあえて解除することもないか、と考えていたが、シエルの言葉を聞いてつい抑えが利かなくなったのは仕方のないことだろう。
どうやら話を聞いていけば大きな勘違いをしていたらしいシエルは、その勘違いがとけると嬉しそうにしていた。
誤飲してしまったポーションのせいで今夜の事を起こしてしまったらしいが、俺からしたら感謝したいぐらいだ。もしシエルが何も言わず俺から離れていくようなことがあったら、自分のことながら何をしでかすか分からない。
処女を既に散らしながらも、それどころか一層初々しさを増したシエルは眼福だった。
与えられる快楽を慣れない様子で享受し、自分の腕の中で可愛らしく乱れる。そんな愛しい人の姿にグッとこないヤツなんていないだろう。
シエルと思いを遂げることが出来、その上(無自覚だとしても)煽られて自制心が利かなくなりそうだったが、シエルのことを思うと自分の愛の分だけ可愛がっていたら無理をさせるのは躊躇われた。
それに、ルチアについても一応は安心できたし、婚姻もこのままいけば順当に結ばれる。そうなれば思い悩んでいたこともなくなり、今までの何倍もこれからの日々が何倍も輝いて思える。
シエルにはまだこの愛の数%しか伝えていない。未だ自身に恥じらいを覚える様子の愛しい人に、どうやってこの愛を示していこうか。
冷たい夜風にあたり、レオンは幸せそうに口許を緩めた。
眠れる獅子を覚ましたせいで身をもってその愛を知らされるということを、獅子のベッドの上で眠る少女はまだ知らない。
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