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しおりを挟む中間テストが始まり、どことなくピリピリした校内の雰囲気になる。
とはいえ俺達教師のやることは特段変わらない。
試験監督をしつつ普段から山積みの仕事をこなして、テスト期間が過ぎていく。
生徒にとってはテスト期間が一つの山場だが、教師からするとテストが終わってからのほうが忙しい。
どっさりと集められた答案用紙の採点に、職員室のムードもいつにも増して忙しない。
残業なんて当たり前だが、その日も夜遅くになってようやく採点を終えた。
「――よし」
眼鏡を外して眉間を揉む。
身体はクタクタで目も霞む。
だが不思議とどこか心は高揚していた。
自分が目を掛けて頑張った者の成果が見られるというのは、いつの時代も嬉しいものだ。
「――先生っ、紺野先生!」
昼休み。
扉を破壊する勢いで数学準備室に入り込んできた七海が、資料を探していた俺の元へと詰め寄る。
「おい、お前廊下を走ってきたんじゃないだろうな」
「すんません走りました!それよりこれ見ましたよね。ちゃんと見てくれましたよねっ」
「俺が採点したんだから当たり前だ。それにさっき授業中手渡しただろう」
「だってせんせーテスト返しの時は俺の事スルーじゃないっすかっ」
当たり前だ。
他にも生徒がいる中で七海だけを特別扱いするわけにはいかない。
相変わらず子犬のようにキャンキャン吠えながら懐いてくる奴だが、興奮しながら向けられた答案用紙には100点という俺の文字。
まさか本気で満点を取るとは思わなかった。
「お前元々やれば出来る奴なら、なぜ最初から勉強しない」
「いやー、目標がないとやる気起きないんすよね」
「将来という目標があるだろう」
「まあまあ」
嬉しそうに手渡されて、七海の満点の答案用紙をもう一度見直す。
俺が教えた箇所や、よく見られたケアレスミスもしっかりカバーしている。
ひっかけ問題にもつられていない。
自分が100点を付けたのだから見直すまでもないが、それでも教え子の成績が上がるなんて教師としてこんなに嬉しいことはない。
目の前の瞳は褒めてほしいと言わんばかりにキラキラしていて、クスリと表情が緩む。
決して易しい問題を作ったわけではない。
これは間違いなく努力の結果で、教育者としてここは素直に褒めてやるべきところだろう。
「――よくやったな。七海」
俺よりデカイ図体が煩わしいが、少し背伸びをしてその頭を撫でてやる。
何も勉強について質問してきたのは七海だけではないが、毎日昼休み献上して頑張っていたのを近くで見てきたからだろうか。
しっかりと結果が付いてきたことを心の底から嬉しく思う。
「…へえ、やっぱり先生の気を引くためにはまず勉強なんですね。そんな笑顔見せてくれると思いませんでした」
「俺は頑張った生徒はちゃんと評価をする、ただそれだけだ」
「そっか。俺そんな風に褒められたの初めてかもしれないです」
少し驚く。
そんな筈ないだろう。
特進科ともあれば元々そこまで成績は悪くないだろうし、親だってそれなりの評価をしているはずだ。
「紺野センセー」
どこか悪戯に目の前の瞳が細められ、頭を撫でていた手を取られる。
触れられた手の熱さに少し戸惑うと、取られた手をそのまま七海へと引き寄せられた。
「――え」
手の甲に感じる、柔らかな唇の感触。
何をされたかを理解し、カッと顔が熱くなった。
慌てて手を引くが、伸びてきた手に今度は腰ごと引き寄せられる。
「お、おい。七海…っ」
「先生、約束ですよ。ご褒美ください」
子供だと思っていたのにその力は思いの外強く、見上げた俺の顔に影が掛かる。
「――ちょっ…」
昼休みでまだ生徒がざわつく、賑やかな校舎。
柔らかく唇に当たる感触と、すぐ目の前で伏せられた長いまつ毛が震える。
それは間違えようもなく、自分の教え子で。
サーッと血の気が引いていく音がした。
ここからコイツに、俺の人生が狂わされていくことになる。
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