ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

文字の大きさ
上 下
18 / 132

16

しおりを挟む

 球技大会は、バスケ、バレー、ソフトボール、テニスと項目があったが、運動音痴な俺は特段どれを担当しているわけではない。
 とはいえ一応ジャージを上に羽織り、風紀を乱している者がいないか鋭い視線を向ける。
 イベント事があるとかならず羽目を外す奴が現れるから、こういう時こそ目を光らせねば。

 真っ青に晴れ渡る絶好の球技大会日和を迎えた中、校舎内でサボっている生徒がいないか見て回る。
 案の定人気のない実習棟でたむろしていた数人の生徒を厳しく指導した後、次は教室棟を見回りに行くべく渡り廊下を歩く。

「センセー!紺野先生っ」

 ギクリ、とした。
 顔を振り向かせるとブンブンと手を振りながら七海が俺のところへ走り寄ってくる。

「おい、廊下を走――」
「すんません走りました!先生の顔見たら嬉しくなっちゃって」

 コイツ謝れば良いとか思い始めてるな。
 怒ってやろうと思ったが、一気に詰め寄られると両手をぎゅっと握られる。
 ニッコリと笑顔を作られて、どこかその勢いに気圧される。

「先生、俺これからバスケの試合なんです。先生のために頑張りますから見に来て下さい」

 笑窪を浮かべた愛嬌たっぷりの笑顔でそう言われたが、いや騙されてはいけない。
 コイツは涼しい顔で俺を犯した犯罪者だ。
 慌てて両手を引き抜いてクイと眼鏡を押し上げる。

「俺のためではなくクラスのために頑張れ。またご褒美だ何だと言われてもかなわん」
「あれ、もしかして期待してます?大丈夫ですよ。俺ちゃんと期待には応えますから」
「期待などするかっ。試合があるならバカなこと言ってないでさっさと体育館へ行け」
「えー、先生に見てほしくて探してたのに」

 不満げに声を上げられたが、コイツに付き合っていたら何をされるか分からない。
 それにあまり期待をさせるような行動は取りたくはない。
 
「俺には別の仕事がある。お前に付き合っている時間はないし、それに試合なら神谷がちゃんと見ていてくれるだろう」
「俺はカミヤンじゃなくてみーちゃんに見てほしいんですよっ」
「――いい加減にしろ。お前のフザけた態度にこれ以上付き合う気はない」

 強い口調でピシャリと言い放つ。
 人気のない廊下に俺の声が反響する。

 七海とは色々あったが、さすがにこれ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。
 今まで対面したことの無いタイプにかなり戸惑ってしまったが、それでもコイツはまだ高校生で、子供だ。
 間違った考えを持っているなら、ちゃんと叱ってやらねばならない。

「俺は教師であってお前の友人ではない。口の聞き方には気をつけろ」
「でも俺は――」
「口答えをするな。先日のことも本来なら退学にされてもおかしくないことをしているんだ。自分の行動を見つめ直してみろ」

 数多の生徒を叱ってきたのと同じように、七海にも説教をする。
 先日のことで威厳落ちしているのは分かっているが、それでも言わなければならない。
 このままズルズルとコイツのペースに流されてしまったら、また同じようなことが起きてしまうかもしれない。

「お前は学生であり受験生という大事な時期なんだ。今フザけた事をして人生を台無しにするな」

 そう告げると、七海はムッとしたように俺を見返す。

「俺はフザけた事なんて一つもしてないです」
「…なに?」
「全部本気なんです。本気じゃなきゃセックスなんてしません」
「セッ――」

 ドカッと顔が熱くなる。
 公共の場でそんな直接的な単語を出すな。

 強制的にあの時のことを思い出して居たたまれない気持ちになる。
 七海からはいつもの飄々とした笑顔は消えていて、代わりに真剣な眼差しが落ちてくる。
 
「俺は先生が好きなんです。好きだから必死なんです。ただ好きになってもらいたいだけなんです」
「――ちょっ…」

 詰め寄られて、身体を後ろの壁に押し付けられる。
 クイと顎をすくい取られて、上向かされた。

 周りに人気はなかったが、球技大会で賑わう生徒の歓声が窓の外から聞こえる。
 こんな誰が来るかも分からない場所で、何かされるわけにはいかない。

「…おい、離せっ」
「何もしませんよ。ただ話を聞いてもらいたかっただけです。…先生は自分の話は聞けと言うくせに、俺の話は聞いてくれないんですね」

 そう言われて、ハッと目を見開く。
 どこか淋しげな視線が落ちてきて、何か俺が悪いことをしてしまったような気持ちになる。

 が、ちょっと待て。
 話を聞けと言っているのに俺を襲ったのはコイツの方だろう。
 勢いで誤魔化されるところだった。

 それでも叱られた子犬のような目で見つめられれば、妙に居心地が悪くなる。
 いつも元気で笑顔な奴の落ち込んでいる表情というのは、非常に後味が悪い。

「…時間なんで試合に行きます」

 七海はそう言って俺の唇に軽く押し付けるだけのキスをして、背を向ける。

 何もしないんじゃなかったのか。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ぼくが言いたいこと

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

羽化の引鉄

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

マルチな才能を発揮していますが、顔出しはNGで!

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

なぜか水に好かれてしまいました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:94

僕と君を絆ぐもの

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

1000の地球産アイテムで異世界無双 ~それ、使いかた違うからっ!!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:172

凶夢

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...