ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 はっきりとした俺の言葉が室内に響く。
 
 七海は少し驚いたようだったが、握りしめた手に視線を落とした。
 ちゃんと聞いてほしいと思って握った手を、しっかりと握り返される。

 伏せた視線がほんの一瞬だけ見た事もないような淋しげな表情に揺れたが、すぐに顔を上げて俺を見つめた。

「…でも俺はみーちゃんが好きです。簡単には諦められません」
「俺がお前に気を持たせるような態度を取っていたなら、ちゃんと謝罪する。すまなかった。…だからこれ以上、生徒の枠を越えて俺と関わるのはやめてくれ」

 言いながらジクジクと心が痛むのを感じた。
 こんなに人を突っぱねて断ったことなど、いまだかつてあっただろうか。
 思いのほか人を拒絶する行為というのは心身に負担が掛かるらしい。
 
 それに俺は七海が嫌いなわけじゃない。
 人の顔を見たら嬉しそうに走り寄ってくる生徒はコイツしかいないし、なんだかんだ裏表のない性格には好感が持てる。
 誰からも愛されるような奴だし、やる気にさえなれば頭もいい。
 俺のことを犯すところだけは頂けないが、それでもただ好き勝手に無理矢理するだけではなくなんだかんだ俺を気遣ってくれている。

 コイツのいい所はあげればたくさんあって、だからこそ道を踏み外してほしくなかった。 

 不意に予鈴が鳴る。
 もうすぐ授業が始まる。

「ほら、教室に戻れ。授業に遅れる」

 七海は何も言わなかった。
 こんなに大人しいコイツを見るのは間違いなく始めてだ。

 ただ繋いだ手はぎゅっと握りしめられたままで、離したくないというコイツの気持ちが伝わってくる。
 もう一言くらいなにか突き放すようなことを言えばいいのかもしれないが、これ以上そんな言葉を言いたくはなかった。
 授業も始まるし、そのうち席を立ち上がるだろうと思い七海の行動を待つ。

「…分かりました。戻ります」

 少しの沈黙の後、七海が立ち上がる。
 触れていた手が、名残惜しげに離されていく。

 きっともう俺を見つけても、嬉しそうな顔を見せてくれることはないのだろう。
 突き放したのに少しの寂しさを感じてしまったが、どこか肩の力が抜けたような気持ちもある。
 あまりに初めてのことの連続でかなり戸惑ってしまったが、これできっと七海との関係も終わりだろう。




「紺野先生、修学旅行ですが何か必要なものありますか?はぁ…同室とか楽しみで仕方ありません。俺三学年の担任は初めてなので、修学旅行に参加したことないんです」

 コイツ、完全に浮かれている。
 
 若干キャラが変わっているんじゃないかと思えるレベルで神谷は鼻歌混じりに楽しそうだ。
 修学旅行は教師のためではなく生徒のためのはずだが、コイツは完全にイチ生徒気分だ。
 というか楽しみだと思っている箇所が相部屋だと言っているところが怖い。

 修学旅行についての会議を放課後に行っていたが、その後俺と神谷は二人で話し合いをしていた。
 俺の席で神谷が隣に立ち、クラスに関して必要なことを決めていく。

「ハッキリ言っておくが教師にとっての修学旅行はそう良いものではないぞ。生徒は完全に浮足立っているからまとめるのに苦労はするわ、夜なんぞ抜け出す生徒がいるから交代で一晩中見張りだ」
「紺野先生はもう何度も参加されているんでしたっけ」
「ああ、俺は三年を受け持つ事が多いからな。去年は京都に行った」

 俺の言葉に神谷がへえ、と相槌を打つ。
 たまに危険な発言をすることはあるが、やはり神谷は仕事が出来る。
 あっという間にまとまって、俺達は一息ついた。

「それではこれから部活の方に顔を出してきますね。試合も近いので今遅くまでやっているんです」
「そうか。大変だな」
「いえ、紺野先生は気をつけて帰ってくださいね。最近不審者も多いですから。お疲れ様でした」

 ニッコリと微笑みながらストーカーに帰り道の心配された。
 どこか複雑な気分だが、お疲れと返す。

 残りの仕事を片付けて廊下を歩いていると、体育館が目に入った。
 外はもう真っ暗だが、体育館から漏れ出る明かりで煌々としている。

 何気なく窓へ寄ってそこから体育館を見下ろす。
 体育館入り口は開いていて、女生徒がまだ何人も残って練習を見ているようだった。

 恐らく好きな男子目当てで終わるのを待っているのだろうが、さすがにこんな時間まで女生徒が残るのは帰りが心配だ。
 それに神谷がバスケ部は今遅くまでやっていると言っていた。
 ウザ眼鏡と言われるだろうが、さすがにこれは帰るように注意するかと息を吐き出す。
 
 ――と、七海が出てきた。

 仲睦まじげに女生徒達と話をしてから、何か差し入れを受け取っている。
 思わず眉を潜めたが、すぐに固まっていた女生徒達は引き返していった。
 どうやら帰るように促したらしい。

 恐らく俺と同じことにアイツも気付いたのだろう。
 慣れているのかもしれないが、それでもあいつの優しさを見た気がして自然と表情が緩む。
 ああいう気遣いが出来る奴だからこそ憎めないんだなと、俺はその場で立ち尽くしたまま七海を見つめていた。
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