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しおりを挟む「な、なんなんすかぁ。別に生徒と教師の卑猥な関係とか俺見てないっすからっ。あの七海先輩とオニ眼鏡センセーがそういう関係だったとか全然知らないですからっ」
分かってはいたがこれは完全に目撃されている。
というか教師を堂々とオニ眼鏡呼ばわりするな。
「つーか麻男じゃん」
「なんだ七海。知り合いか」
「うちのバスケ部の一年っす。結城麻男(ゆうきあさお)。お兄さんが去年いましたけど、みーちゃん知らないっすか?」
「結城…?」
そう言われて半泣きで吠えている目の前の少年をまじまじと見つめる。
明るい髪に意志の強そうな大きい瞳は、大凡日本人とは思えない澄んだ青色だ。
限りなく日本人寄りではあるが、ハッキリとした顔立ちも含めて混血であると予想出来る。
「…そういえば去年お前と同じ目の色を持つ奴が特進科にいたな」
「頭がいい兄貴と違って俺は普通科ですけどねっ」
どこか不貞腐れたように目の前の生徒は唇を尖らせる。
確か結城は優秀な生徒で、海外の大学へ留学したのだったか。
思い返すと記憶に残る姿はあるが、それよりも俺は今別の事が気になってならない。
「とりあえずその髪につけたチャラチャラしたヘア止めはなんだ。お前男だろう。それからピアスも外せ。制服はきっちりと着ろ」
「えーっ、ちょっと待ってくださいよっ。俺なんのことで怒られてるんすかぁ」
先程の出来事を置き去りにしてつい本業の方を優先して説教を始めると、七海にくいっと腕を引かれた。
「あー、ちょっとみーちゃん。話がややこしくなるんで黙ってて下さい」
「なんだとっ」
抗議しようとした俺を他所に、七海はサッと前に出ると結城と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「悪いんだけどあーちゃんさ、さっき見たことは黙っててくんね?俺はいいけどセンセーはバレるとマズいみたいだからさ」
珍しく真剣な眼差しで結城に告げる七海に少し驚く。
所構わず自分勝手に触ってくる奴だと思っていたが、ちゃんと俺の立場も気にしてくれていたのか。
ならここは一先ず七海に任せるかと大人しく口を閉じる。
「…別に人に言おうなんて気持ちはないですよ。ただちょっと驚きすぎて逃げちゃいましたけど」
「そっか、なら良かった。ありがとな」
そう言って七海は子供をあやすように結城の髪を撫でる。
覚えのあるその仕草に眉を潜めると、結城と視線があった。
日本ではなかなか見ることのない青い瞳は、とても鮮やかでともすれば吸い込まれてしまいそうだ。
「…それにしても眼鏡センセーと七海先輩が付き合ってたなんて驚きでした」
「そうそう。だからほら、バレたら学校でイチャイチャできなくなっちゃうし、色々困ることが――」
「ちょっと待て」
黙っていようと思ったが、やはりコイツには任せておけん。
ガシッとその頭を掴んでこれ以上余計な言葉を言わないように制する。
「俺と七海は別に付き合っているわけではない。勝手にコイツが俺に言い寄ってきているだけだ」
「あーっ、みーちゃん酷いっすよ。もーこの際付き合ってるでいーじゃないっすか」
「誤解の上塗りをするな。結城、俺と七海はそういう間柄ではない」
これ以上余計な罪を増やしてどうする。
きっぱりと否定して再び結城を見下ろすと、さっきまで潤んでいたはずの瞳はどこへやら、じーっと訝しげな視線を向けられた。
「えー?俺別に二人が両思いでも誰にも言いませんけど」
「断じて違う。下手な誤解をして余計なことを周りに言いふらしたらどうなるか分かっているな」
「ちょ、七海先輩っ。俺脅迫されてるんですけどっ、眼鏡センセー超怖いんですけどっ」
「え、怖い?めちゃくちゃ可愛いけど」
「絶対目おかしいっすよっ」
堂々と失礼な奴だな。
だが俺を可愛いとか抜かす七海の目がおかしいのは、確かに間違ってはいない。
七海のように下手にでるのは苦手だし、いつも通り仁王立ちで見下ろしながら眼鏡をクイと引き上げると、結城はビクリと肩を竦ませた。
「わ、分かりましたよ。つまり七海先輩の片思いなんですね?確かにさっき見た感じだと先輩が迫ってるようにしか見えなかったですけど」
「そういうことだ」
分かってくれたならそれでいい。
そしてこのことは永遠に黙っていてくれれば何も問題はない。
威圧的な俺の態度に「先輩助けてくださいー」と七海の腰に縋り付く結城に目が滑るが、一先ず肩の力を抜く。
不幸中の幸いというわけではないがどうやら結城は七海に懐いている後輩らしいし、七海が困るようなことはしないだろう。
というかいつまでコイツは七海に引っ付いているんだ。
妙に目に付く光景にイラッと眉を潜めると、結城と視線がかち合う。
不意にその唇が、不敵に弧を描く。
さっきまで半泣きで気弱な姿を見せていたはずだが、それを欠片も感じさせぬ挑発的な表情だった。
だがそれはほんの一瞬で、唖然とする俺を気に留める様子もなく視線を逸らされる。
「なーるほど。予想外だったけどこれはこれで使えるかな」
「…は?」
ボソッと呟いた言葉の意味が分からず目を細めると、ニコッと年相応のあどけない微笑みが返ってくる。
「別になんでもないでーすっ。あ、誰にも言いませんから安心してください。だいじょーぶですっ、俺七海先輩の味方ですからぁ」
上目遣いにそう言うと結城は七海の腕にピタリと一度体を寄せてから、数学準備室から出ていった。
妙に馴れ馴れしい奴だなという印象を受けたが、とりあえず目撃されたのが神谷でなくてまだ良かったと思う。
結城が去り再び七海と二人きりになった数学準備室で、お互いにホッと顔を見合わせる。
先に口を開いたのは七海だった。
「そーいや麻男はここに何しにきたんすかね?」
確かに。
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