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しおりを挟む一番背の高いキャプテンと思われる生徒がジャンプをし、試合が始まる。
相手も一筋縄ではいかないといった風貌で、最初のボールは惜しくも奪い取られてしまう。
キュッキュッというバッシュの音が館内に響き、応援の声はあるがどことなく緊張感が漂っている。
バスケに関しては本当に最低限くらいの知識しかない。
それでも見入ってしまうのは、やはり七海がいるからか。
先にボールを手にした相手の選手がこちらの選手と対峙するが、お互いに牽制しあった後に抜かれてしまう。
ガンッと音がしてバスケットボードへ当たったボールがリングを周り、ゴールへと吸い込まれてしまった。
だが先取点を許してしまった、と気落ちする暇もなく、あっという間にこちらのボールから始まり試合が再び動く。
俺から見ると七海は長身だと思ったが、バスケの選手を見ると皆大きい。
この中では平均といったところか、そう思っていたところにキャプテンと思われる生徒から七海へのパスが通った。
「…えっ」
――速い。
ボールを手にしたと思ったら、もうそこにはいなかった。
光のような速さでコートを駆け抜けると、瞬く間に敵陣へ切り込む。
圧倒的な速さに相手も油断していたようで、ハッと振り向いた時には軽やかなフォームでボールが相手のバスケットゴールへ吸い込まれていった。
一瞬の静寂の中、ドカッと歓声が沸きあがる。
女子達の悲鳴にも似た黄色い声。
何だ今のは。
今のが七海なのか。
呆気にとられている間に再び相手にボールが渡り、だがこちらもカウンターを警戒してすぐに守りに入る。
対峙した七海が相手の選手の前にでるが、数度のフェイントのあと逆をついて突破されてしまう。
抜かれた、と手すりを掴んで目を見張ったが、すれ違う瞬間に伸びた手が鮮やかに相手のボールを奪い取った。
再び七海の手にボールが渡り、吸い付くようなドリブルでターンを返し相手の選手を一人抜く。
まるでボールが生きていて七海に服従しているかのようだ。
器用なボール捌きでゴール前へと来たが、シュート体制に入った瞬間、相手方の高身長の選手が飛びついてくる。
これはどう見ても止められる、と思ったが、視線を前に向けたままボールが横へと投げられる。
予め合図していたのか、狙っていたようにパスを受け取った味方選手が代わりにゴールを決めた。
再びワッと盛り上がる場内。
気付けば身を乗り出すように手摺を掴んでいて、ギュッと手に力が入る。
さすがに相手チームも七海を警戒したのか、今度は二人にマークされゴールに近づけなくなる。
これはもうどうすることも出来ないと思えば、一瞬の隙をついて軽やかに後ろに七海が飛んだ。
そのまま放たれたボールが、高い軌道の放物線を描く。
場内があっ、と息を飲んで見守る静寂の中、パサリとそれは寸分たがわず小さなバスケットゴールへ吸い込まれていった。
呆然としながら、息を呑んで試合を見つめてしまう。
アイツはあんなにすごい奴だったのか。
七海の表情はいつもの無邪気な笑顔とは違い、真剣そのものだった。
だが時折その表情がどこか不敵に笑い、それはまるで相手選手を挑発しているようにも見える。
ウォームアップで観客の笑いを取っていた姿とはまるで別人だ。
相手も決して弱いチームではなく、点を取り返され、また点を取り返してと試合は接戦になっていく。
こちらも目が離せず、一点一点を夢中になって追いかける。
持ち前のスピードで相手を撹乱させ、縦横無尽にコートを駆け抜ける七海は正直に格好良かった。
本当に格好良くて、それは見ているのが苦しくなるほどに。
「……っ」
思わず息を漏らすと、顔を伏せる。
顔が熱い。
もうずっとバクバクと鳴っている心臓の音。
アイツの姿を見るだけで堪らなく気持ちが浮き上がり、夢を見ているように頭がぼーっとする。
こんな状態の自分など誰にも見せられるはずがなかった。
こうなるのが分かっているからこそ、誰にも見つからないように足を運んだ。
この感情が何を意味するのかなんて、考えなくたってもう強制的に頭に浮かんでくる。
パサッと軽い音が響き、七海のシュートがまた決まったことを知る。
大歓声の中心にいるその姿が酷く眩しく見えた。
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