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しおりを挟む周りは煩かったがなんとか七海と示し合わせて、分かりやすく神社で落ち合う約束をした。
電話はずっと繋がったままで、どちらから切るとも言わなかった。
『みーちゃん、着きましたよ。どこにいます?』
「えっ、もう着いたのか?俺はまだ――」
必死に返事をしながら息を切らす。
もうちょっと昔は軽く動けた気がするが、日頃の運動不足がたたっているのか中々進まない。
『ぷ、みーちゃんもしかして走ってます?転びそうだし危ないんで走らないで下さい』
「ろ、老人扱いするなっ」
とはいえこの歳で走ろうなんて思うことはなかなかない。
学校内で走るのは禁止だし、体育の教師でもなければ身体は訛っていく一方だ。
おまけに俺は昔から運動に関してはからっきしダメだ。
それでも早く会いたかった。
早くしないと花火が終わってしまう。
七海と一緒に花火を見たい。
アイツの顔が見たい。
俺のいた場所から神社はそこそこに距離があって、焦る気持ちばかりが先導してしまう。
人にぶつかり謝って、走り出したらまたぶつかって謝って、行燈が照らす一本道をそれでも真っ直ぐに走り続ける。
花火は次々に上がって、夜空一面を彩っていく。
会いたい。
早くアイツの顔が見たい。
走っているからなのか、アイツの事を考えているからなのか、もうずっと心音は昂ぶったままだった。
「――っと、すまない」
また人にぶつかった。
慌てて避けようとするが、目の前の身体は避けてくれない。
焦る気持ちのままなんとか横をすり抜けようとしたが、突然肩を掴まれた。
「みーちゃん、危ないですよ。ちゃんと前を向いて下さい」
電話口から聞こえるはずの声が、随分近くで聞こえた気がした。
ハッとして顔を上向かせる。
健康的に焼けた肌と、印象的な目元の泣き黒子。
俺より頭一つ分大きな身長、人目を引く愛嬌のある笑顔。
ちょうど上がった花火がその背後で大きく花開く。
言葉を忘れて見つめてしまう。
俺と同じように目の前の身体も肩を揺らしていて、全力で走ってきたんだろう。
その額から一筋の汗が流れ落ちる。
「…はー、やっと見つけました」
「な、なんで…」
神社はまだ先だ。
待ち合わせ場所まではまだ距離があるのに、どうしてここにいる。
「だってみーちゃんが来るの待ってたら、花火終わるどころか夜が明けちゃいますよ」
それは俺の足が遅いと言いたいのか。
面食らった俺に、七海は至極嬉しそうに目を細めた。
「会えて良かった。ずっと探してたんです。ずっとみーちゃんのこと考えてたんですよ」
――ああ、やばい。
そんな風にいっぱいの笑顔を向けられたら、心臓が潰れそうになる。
頭の芯が熱を持ったように麻痺していく。
俺だってずっと七海のことを考えていた。
「ね、行きましょう。いいところ見つけたんです」
そう言って七海は俺の前に手を差し出す。
強引に掴むでもなく、ただ俺の行動を待つ手のひらを見つめてしまう。
自分よりも、きっと高い温度の手のひら。
頭が回らずぽーっとその手を見つめていたら、七海はふと気付いたように手を引っ込めた。
「あー…っと、すいません。そっか、人前か。こっちです」
別に俺は今否定も何もしてなかったが、七海はそう言って神社の方へと足を向ける。
神谷の言葉を気にしているのだろうか。
いつもだったら問答無用で引っ張られていた気がするが、我慢したのか触れてこなかった。
長い石段を上り、人がほとんどいなくなった神社の境内。
本殿の脇道から裏手側へと七海は進んでいく。
非行少年でもたむろしていそうな場所に、思わず目を細める。
「そんな顔しなくてもみーちゃんの仕事増やしませんよ。さっきみーちゃん探しながら一度来たんで」
「…し、仕事は神谷が帰った時点で破綻している。二人一組で巡回しないといけなかったんだ」
「あ、そーなんすか?じゃあ俺と一緒にいれば仕事サボってることになりませんね」
七海は名案、とばかりに俺に笑いかけるが完全にそれは間違っている。
コイツは観察対象であって俺と同じ立場にはなれない。
だが今はそんな正論を返す心の余裕がない。
顔が熱くてたまらない。
なんだか顔が上げられなかった。
七海相手にどうやら俺は緊張しているらしい。
「あーちゃんから聞きました。カミヤンを誘って欲しいってあーちゃんに言われたんですね。勘違いしちゃってすいませんでした」
「…いや、俺の方こそ言葉が足りなかった」
どうやら結城がフォローしてくれていたらしい。
一先ず誤解が解けていることにホッとする。
「…でも悔しいけどカミヤンの言葉は間違ってないって思っちゃったんですよね。俺にはみーちゃんと一緒にいるために足りないことが、まだまだいっぱいあります」
前を歩く七海をそっと見上げる。
背を向けているため表情は見えない。
俺より身長も体付きも大きいのに、これで一回りも年下なんてなんだか不思議だ。
木々に囲まれた脇道を抜けると、七海は足を止めた。
少し開けたその場所には古びたベンチと手摺があるだけで、他に人の姿は見えない。
だがそこからは花火がよく見えた。
おまけに神社が高台にあるため、眼下に広がる街並みに小さな夜景が広がっている。
「どーっすか?ここなら周り気にしないでのんびり花火見れますよね」
七海なりに俺の立場を気にしてくれたらしい。
手すりまで近付くと、心地良い夜風が頬を撫でていく。
「…よくこんな場所見つけたな」
「だってみーちゃん生徒となんか歩けない、ってキリッて言うじゃないですか。だから人がいないところないかなーって探してたんです」
「神谷に言われた言葉をまだ気にしているのか」
「してますよ。しまくりっす。カミヤンに負けたくないんで」
俺の立場を気にしてわざわざ人気のない場所を探してくれたらしい。
俺としては自分への覚悟なら出来ているから別にいいが、それでも七海が疑われるのは困るから有り難いところだ。
そっと隣を見上げる。
七海も隣で花火を見上げていたが、どこかむすっとした表情をしていた。
まるで負けず嫌いの子供だ。
クスリと笑ってしまう。
「…馬鹿だな。お前はこれからたくさん世間を知って成長していくんだ。神谷と今の自分を比べる必要なんてない」
そう、これからたくさん知っていく。
新しいものをたくさん取り入れて、知らなかったことを覚えていく。
社会に出て知ることは本当に多く、高校生の今ではどう頑張ってもその差を埋めることはできない。
きっとこれからたくさん色んな事を知って、その上で今の俺達の関係が間違っていることにも気付くだろう。
そうなった時、七海は俺に対してどう思うのだろう。
苦い経験をしたなと、若かりし頃の過ちだったなと、そんな風に思われてしまうんだろうか。
「違いますよ。俺はただ、みーちゃんを不安にさせたくないだけです。胸を張って隣に並び立てるような大人になりたい」
驚くほど真っ直ぐにそう言った七海の言葉が、一際大きい花火の音に吸い込まれていった。
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