ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 繋いだ手は、花火の間中ずっと離して貰えなかった。
 
「今すぐ抱きしめてキスしたいです。それ以上もしたいです」
「だ、ダメだ。手を繋ぐだけで我慢しろ」
「はーい。…ふ、でもすげー嬉しいです」

 断っているのに、七海は嬉しそうに表情を綻ばせる。
 寂しそうに見えた視線はもうどこにもなく、はしゃいだような笑顔を向けられながら強く手を握り返される。

 ほんの少し自分の気持ちを伝えただけで、こんな風に喜んでもらえるなんて思わなかった。
 それと同時に、自分から行動することがこんなにも勇気がいることだったなんて知らなかった。
 七海はこんな事をずっと続けてきたのか。


 祭りが終わり、結局ある程度人が捌けるまで七海と巡回をした。
 もちろん条例の23時を過ぎたりなんてしない。
 アイツは顔が広く途中途中で友人に声を掛けられていたが、皆揃って何悪いことしたんだ?と勘違いをしていた。

「みーちゃん、帰ったらすぐ犯しますね。俺嬉しすぎて我慢できないですっ」

 帰り際、ニコニコと屈託のない笑顔で七海に言われた。
 コイツはそんな純粋な笑顔で一体何を言っている。

「お…お前は俺の言ったことちゃんと聞いていたのか」
「もちろんですよ。手を繋ぐところから始めましょうって話ですよね」
「その通りだ。お前は学生なんだから清く正しい交際をしろ」

 言ってから、俺と交際すること自体が全く清くも正しくもないなと気付く。

「あんな風に言われて我慢しろとかみーちゃん実はドSですか?お預けは苦しいです」

 待てが出来ない駄犬はそう言って唇を尖らせる。
 俺と七海は手を繋ぐどころか初っ端から最後まで済ませているような関係だが、俺の気持ちがそこを当たり前に許せるほどまだついていかない。
 ただ隣りにいるだけで緊張するほど心音が上がって、本気で手を繋ぐだけで精一杯だ。
 
「ん…?待て。それよりお前当たり前のようになぜ俺の家に来ようとしているんだ」
「まあまあ。細かいことは気にしちゃダメっすよ」

 不服そうにしていたくせに、あっという間にいっぱいの笑顔で誤魔化そうとしている。
 本当に調子のいい奴だ。
 祭り終わりでいつも以上に静かに感じる道を歩きながら、一つ息を吐き出す。

 こうなってしまっては何を言っても家には来るのだろうし、帰ったらゆっくりはさせてもらえなそうだ。
 七海の話を聞くなら今しかないだろう。
 
「…ならお前のことを教えてくれないか」
「え?」
「家に誰もいないのであれば、俺も帰れとは言わない」
「家に誰もいないです」

 即答だ。
 随分早かったな。

「あっ、なんですかその目は。嘘ついてませんよ」
「別に疑ってはいない。…その、最近お前の様子が少しおかしかったのは、家のことが関係していたのか」
「え、俺おかしかったですか?」
「よ、用事があると帰った日から何かおかしな感じがあって――」

 どう伝えればいいかと思い悩んでしまうが、どの道俺に遠回しな言い方など出来ない。
 必死に言葉を選んでいたが、不意に伸びてきた手が耳をくすぐる。
 触れられた場所から痺れるような甘さが身体に駆け抜けて、ビクリと背筋が伸びた。

「な、何をするんだっ」
「え?可愛いなーって思ってつい」
「ま、真面目に話を聞けっ」
「こんな時まで家庭調査なんて、ホントみーちゃんはどこまでいっても真面目センセーですね」

 ふふ、と笑顔を作って七海は甘やかすように俺の頬を撫でる。
 頭がくらくらとしてしまうが、ギュッと目を瞑る。
 いけない。コイツはまたはぐらかそうとしている。

「ち、違う」
「んー?何がですか」
「も、もう巡回は終わったんだ。今俺は勤務外で…その、教師としてじゃなくお前の話を聞きたいんだ」

 そう言ったら、ピタリと俺の頬を撫でていた手が止まる。
 七海は俺から視線を逸らして、どこか弱ったように首を擦った。

「…そんな言い方はずるいっすよ。そう言われても何もないんだけどなー」 

 空を見上げながら言った言葉が、夜の闇に吸い込まれていく。

 やはり七海は俺にも弱みをみせてはくれないか。
 悩んだり困ったり苦しんでいる事があるのなら言ってほしい。
 一人で抱え込まないで欲しい。

 押し黙ってしまった俺に気付いたのか、クスリと息を漏らす声が落ちてきた。

「…あの日は親父に会いに行っただけです。大学受験のことを話に行ったんです」

 どこかゆっくりと語られる言葉。

 父親に会いに行くとはどういうことだろう。
 わざわざ会いに行かなければならないところにいるのだろうか。
 家に誰もいないとは父親の仕事の都合で時間が合わないなどではなく、そもそもが一緒に暮らしているわけじゃないのか。

「でも会えなかった。まあ最後に会ったのもいつか分からないし、いつもそうなんです。でも金は出してくれるらしいんでいいんですけど」

 どういうことだ。
 会っていないのならその話はどこから聞いたんだ。
 唖然として目の前の顔を見上げると、七海はニッと俺に笑顔を作った。

「だから本当に何もないんです。…つーか」

 きっと今七海にとって面白い話なんて、一つもしていない。
 なのにどうしてそんな笑い方が出来るんだろう。

「最初から何もないんです。俺には。義務的に面倒見てくれる人がいるだけで、家族は一人もいません。それだけです」
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