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ダンジョンマスターの正体

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 合成獣? キメラってことか?
 どういう意味かはわからなかったが、ダンジョンマスターが強敵であることは間違いない。

 聖剣はモンスターに対して絶大な効果を持つが、それは他の種族に対しては無力という意味じゃない。
 他の種族に対してだってちゃんと効果はある。
 むしろ普通の武器以上に強力だ。

 なのにほぼ無傷で済むとか、素手で破壊するとか、尋常じゃない。
 エリーの聖剣が効かないとなると、俺が戦うしかないだろう。

 しかし……。

「くっ……」

 気圧されて思わず後ずさってしまう。
 ダンジョンマスターを目の前にして、改めてその強大さを実感する。
 立っているだけなのに、そのプレッシャーで倒れそうだった。

 魔王の推定レベルはおよそ1000。
 多少強化された程度の俺たちでは、まともに戦っても勝ち目はないだろう。
 できることなら戦いは避けたかった。

 とはいえ、今から後ろを向いてダッシュしたところで、逃げられるような相手じゃない。

「お前はどうしてそんなに人間を狙うんだ?」

 とりあえず話しかけてみる。
 ダンジョンマスターはいきなり襲いかかってくるようなこともなく、淡々と答えを返してきた。

「人間どもがこの地にやってきただけのこと。元は我らの土地。侵入者を排除しているに過ぎない」

「それはまあ、そうかもしれないな……」

 もともとこの辺りはモンスターが強力なため、人間の住める土地ではないと言われていた。
 しかしエリーが現れたことによりパワーバランスが変わった。
 強力な魔物を狩り尽くすことにより周辺は比較的安全になり、多くのモンスターもダンジョンの奥に潜むようになったんだ。

 モンスター同士が争っているところはほとんど確認されていない。
 縄張り争いとか、捕食のための戦闘はあっても、パワーバランスが変わるような大規模な戦いは見たことがなかった。
 人間たちが来る前は、モンスターたちにとっては楽園と言えたのかもしれないな。

「………………あれ、これって悪いのエリーじゃないか?」

「はああ!? なにモンスターどもの味方なんかしてるのよこのクソ……そのようなことはありませんわご主人様」

 暴言の途中でエリーの言葉が丁寧なものに変わる。
 奴隷が主人に暴言を吐くなんて許されないからな。
 奴隷契約の力のおかげで強制的に変えられたんだろう。

「モンスターは人を襲う害獣。相入れることは決してない。駆逐するしかありませんわ」

 口調が変わっても言うことに変わりはなかった。
 それについてはダンジョンマスターも同じ意見のようだった。

「その通りだ。この世界で唯一、人間だけが欲望のために他の命を殺す。私が生み出されたのも、他の人間どもを殺すための最強生物を生み出したいと考えたからだ。そうして私を利用して多くの人間を殺し、用が済むと、今度は自分たちが殺されるのではと危惧して私を殺そうとした」

「………………」

「そんな人間どもに価値などない。奴らを滅ぼした後、様々な土地を渡り歩き、ようやくこの地にたどり着いた。人間が住まない、世界で最も平和な土地だ。相互不可侵の約定を結んだ人間はもういないが……これ以上荒らされるわけにはいかない」

「……あんたの境遇には同情するよ」

 俺の言葉ではそんなことしか言えなかった。
 多くの人間が利己的で強欲的だ。人間こそがこの世界で最も偉い生き物であり、この世界の全ての物は人間が勝手に利用していいと思っている。
 人間の俺ですらそのことを良いとは思えない。
 モンスター側から見たらなおさらだろう。

 ダンジョンマスターは冷静なまま答える。

「人間に理解される必要はない」

「そうだろうな。だが、こんなことをいうのもなんだが、人間にだって少しはまともな奴もいるんだ」

 一応そういってみる。
 ダンジョンマスターの答えは意外なものだった。

「知っている。だが、そういう人間は少数だ。大体数はろくでもない。そこの光の勇者のようにな」

 うーん、エリーのことを言われると否定できない。
 だけど少数とはいえ、良い人間もいると思っていたとは驚きだ。
 人間は皆滅ぼすべきとか考えていそうだったのに。

「エリーがこの地を離れるから、あの街ももう存続できなくなる。しばらくすればこの地から人間はいなくなるだろう」

「その動きは察知している。すでに人間の拠点への攻撃も指示を終えた。遠からず駆逐できるだろう」

 手が早いな。
 エリーが勇者の資格を失ったことも知っていたし、きっとあの街を監視していたんだろう。

 どうやらあの街がモンスターに狙われているという話は、本当だったみたいだな。
 早めに街を出てよかった。今も残っていたら大変な目にあっていただろう。
 残ってる冒険者たちが心配だが……。
 ここに来れる冒険者はみな歴戦の猛者ばかりだ。そうそうやられることもないだろう。

「しばらくすれば人間はいなくなる。これ以上あえて攻撃する必要はないんじゃないのか」

「貴様は見逃してやってもいい。だがエリー=クローゼナイツはダメだ」

「同意見ですわ」

 エリーが丁寧モードのままにっこりと笑う。

「諸悪の根元を見逃そうだなんてご主人様の寛容な御心には感服致しますが、いささか寛容が過ぎるのではないでしょうか。立ち塞がる敵はすべて排除する。ご主人様に仇なすものは皆殺しにする。それが奴隷の務めかと存じます」

 微笑みながら手に聖剣を生み出す。
 笑顔のままやる気満々だ。

 どうやら戦いは避けられないらしい。

「貴様一人なら見逃してやってもいいが」

「悪いが、お前がモンスターたちを守っているように、俺はエリーを守ると決めているんだ。エリーを置いて逃げるという選択肢はない」

「まあ、ご主人様。奴隷であるわたくし如きをそこまで思ってくださっているなんて。感激でございます」

 エリーが顔を赤らめて恥じらうようにつぶやく。

 いつもこれくらい可愛ければいいのにな。
 というか丁寧モードはいつまで続くんだろうか。
 戦闘が始まるまでかなあ。ありえそうだ……。

 魔王相手に手加減はできない。
 俺は手に魔剣を生み出した。

 常に冷静だったダンジョンマスターの表情がわずかに動く。

「魔剣グラム……? 既に存在しない武器のはず……。パンドラ、お前か」

 名指しで呼ばれて、手にした魔剣がかすかに震えた。

「そ、そうデス……」

「裏切ったのか」

「裏切ったというカ、ヨクわからないスキルのせいでご主人に従わざるを得なくなったというカ……」

「ふむ……?」

 少し悩むようなそぶりを見せたが、すぐに元の怜悧な表情に変わった。

「いいだろう。そちらが古代兵装を用意するのなら、こちらは太古の神造兵器で対抗しよう」

 そういうと、目の前の空間が歪み始めた。
 歪みは徐々に形を変え、空間に扉が現れる。
 そこから一振りの赤い剣を取り出した。

 赤く燃え盛る剣が輝きを帯びる。

 その瞬間、全身に汗が吹き出した。
 熱による汗ではない。全身が恐怖に震え、冷や汗が吹き出していた。

「ご主人、ヤバい、あれはヤバい……!」

 パンドラが警告を発しているが、その必要もなく俺も理解していた。
 あのエリーでさえもが顔を青くして震えている。

「神剣レーヴァテイン。神が造りし古代兵装だ。冥土の土産に覚えておくといい」

 剣を取り出しただけなのに全身の震えが止まらない。
 あんなものと戦って無事で済むはずがないだろう。
 出し惜しみをする余裕はなさそうだった。

「こちらも奥の手を使うしかなさそうだな」
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