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市長の密約

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「それで結局なんでアタシを狙ったわけ」

 ダンジョンの冷たい床に座らされた市長が視線を逸らす。

「いや、なんのことなのか私にはさっぱり……。あなたに会うのも今日が初めてなのに、命を狙うわけがないでしょう」

 口調こそ丁寧だったが、この期に及んでまだ本当のことを話すつもりはないらしい。

「あんたが光の勇者を狙っていたことは、パンドラから聞いてるのよ」

「後を尾けた男とそんな話をしていたのを聞いたゾ」

「……ちっ。後を尾けられるとか、あいつらどこまで使えないんだ……」

「何か言ったかしら?」

「いいえ! 何も言ってません! はい!」

「コイツやっぱり腕の一本くらい食べタほうがいいんじゃないのカ」

 パンドラが腕の一部をドラゴンの頭に変えて、市長の腕に噛み付いた。
 とたんに顔が青冷める。

「ひいっ、や、やめてくれ……!」

「なら正直に話すのダナ」

「だ、だが……」

「パンドラ、そのまま半分噛みちぎりなさい」

「了解なのダ」

 グググッ、とドラゴンの牙が市長の腕に食い込んでいく。
 丸々と太った腕に血がにじみはじめた。

「わ、わかった! 話す! 話すからもう許してくれ!」

 結局市長も観念した。

「最初からそうやって素直にしてれば苦しまずに死ねるのに」

「………………え、死ぬの前提なのか? 話したら助けてくれるんだろう?」

 怯える市長を無視して、エリーがパンドラをみやる。

「それにしてもアンタ、意外と使えるわね」

「最初からそういってるダロ。オイラはやればできるんだゾ」

 パンドラが誇らしげに胸を張る。
 いつのまにか2人は仲良くなっていたようだった。
 なんか会わせてはいけない2人を会わせてしまった気がするのは気のせいだろうか……。

「アタシの聖剣の予備として使ってあげてもいいわよ」

「お前はすぐ投げるからお断りだナ」

 エリーは剣を投擲武器と勘違いしてるからな。



「光の勇者を抹殺しようとしたのは、私の計画の邪魔になると思ったからだ」

「計画?」

 聞き返すと、市長はわずかにためらったように言葉を切る。
 それから声を潜めて続けた。

「……これはくれぐれも内密な話として聞いてほしい。バラしたことが知られたら私が殺される。この国が聖王国エルドラドに属しているのはお前たちも知ってるだろう」

「そうなの?」

 エリーがきょとんとしていた。

「……まあ、そうなんだよ」

 エリーはそういうのに興味ないからな。
 世界は自分を中心に存在してると思っている。
 光の勇者だった頃は、ある意味そうだったんだが。

「それで、聖王国にあるのがどうした」

「聖王国は、女神様を崇拝する国だ。その聖王国に対し、世界を神の手から人の手に取り戻そうとする国があるのは知っているだろう。それがギルバード帝国だ。……実は、近々帝国が聖王国に対して戦争をしかけることになっている」

「……!!」

 これには、俺だけじゃなくてさすがのエリーも顔をしかめた。

「それ本当なの?」

「信じられないのはわかる。だからこそこんな嘘は言わないだろう。それに、秘密をバラすわけにはいかなかった理由もこれでわかるはずだ」

 確かにこの都市に入ったときからきな臭い空気はあった。
 しかし、どこがいつ戦争をするのか、までの具体的な話については誰も知らなかったはずだ。

 もし市長のいうことが本当なら国家機密だ。
 話せば報復に殺されるのは目に見えている。

「俺の目を見て言ってくれ。今の話は本当なのか?」

「……ああ、本当だ」

 市長は俺の奴隷となっている。
 奴隷は主人に対して嘘をつけない。
 だから市長が言っていることは本当なのだろう。

 思わず俺の口からため息が漏れた。

「戦争か……。穏やかな話じゃないな……。それにしても、どうしてまた急にそんなことになったんだ」

「急でもない。聖王国と帝国は昔から仲は悪かった。昔から争いは絶えなかっただろう。ここ数十年は睨み合いが続いていたが、ついにその均衡が破れる日がきたというだけだ」

「戦争なんて興味ないんだけど、それがどうしてアタシを狙う理由になるの?」

 そんなエリーの態度に、市長もさすがに驚いて目を丸くする。

「光の勇者は女神様から認められた者がなるのだろう? 女神様を信仰する国が滅ぼされようとするんだぞ。助けるのが普通だろう」

「なんで? 確かに女神から力はもらったけど、それをどう使うかはアタシが決めることよ。勇者は女神の奴隷じゃない」

「なっ……」

 市長が絶句した。
 そりゃあ、光の勇者が実はこんな性格だって知ったら、誰だって驚くよな。

 だが、そんなことより気になる点がある。

「今の話だと、まるでエリーが聖王国を助けると困るみたいな言い方だな。この都市は聖王国に属しているじゃなかったのか」

「……そうだ。私は帝国と密約を結んだ。戦争時は向こうにつくことになっている」

「裏切りか」

 蔑むようにシェイドが吐き捨てた。
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