発狂小説 去年ニコタマバードで ４Kマジカルクラスター版

第二篇 魔界山怪の章

第17話 タイプライター

　紫の雨がやむとズビィたちは合唱をやめ、ぞろぞろと引きあげていきました。
　きっと、歌のとおりの遥かな地獄の墓場へと帰るのでしょう。
　わたしは気分が悪くなり、自室へと退散しベッドへ潜り込みます。
　耳の奥にズビィたちの合唱がこびりつき眠れません。
　それでもウトウトと、いつしかまどろみのなかに誘われると——

　カタカタ……。
　カタカタカタ……。
　カタタタタタタ……。

　ふいに別の音が響いてきました。
　幻聴ではありません。
　タイプライターをたたく音のようです。
　わたしはベッドから起き上がりました。
　カーテン越しに陽の光が射しています。
　わたしはいつの間にか眠りに就き、タイプライターの打鍵音で起こされたようです。

　時計の時刻は午前９時。
　こんな時刻からだれがなにを書いているのでしょう？
　わたしは手早く着替えを済ませると、部屋をでて音の聞こえる方向へと廊下を進みました。
　そこは中央棟から西棟へ折れる際の行き止まりの部屋です。パミル語で、
『ミランダ・レーヴァンタイン』
　とドアプレートに記されています。あの黒猫を抱いた、口のきけない淑女です。

　カタカタカタ……。
　カタタタタカタ……。
　カタカタタタ……。
　
　とてもリズミカルな打鍵音です。まるで音楽を奏でているよう。
　わたしがレーヴァンタインさんの部屋の前で聞き耳をたてていると……
「そこでなにをしているのですか？」
　背後から尖った声が響いてきました。


　　　　第18話につづく