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第五話 ウソの臭い
しおりを挟む「悪い。ちょっとトイレ」
そういうと師匠は稽古を中断して腹を押さえ、慌てて公衆トイレに駆け込んでいった。
おそらく昨日、呑みすぎたか食べ過ぎたかしたのかもしれない。
ぼくと初めてあったとき、師匠は「一か月後に敵と闘う」とかなんとかいってたが、それから半月が過ぎ、「決戦」まであと二週間弱と迫ってきている。こんな調子で「敵」と闘って勝てるのか心配になってくる。
そもそも「敵」とはなんだろう。それとなく訊いてみたけど、師匠ははぐらかすばかりで教えてくれない。
ぼくはベンチに腰かけ、師匠がトイレから出てくるのをじっと待った。待つしかない。
けっこう時間がかかっている。手持ちぶさたのぼくは師匠の古いスポーツバッグの口から覗くノートに目をとめた。
師匠が休憩の最中に熱心にメモっていたノートだ。覗き込もうとしたら、やや厳しい口調で「みるな!」といわれたことがいまも脳裏に焼きついている。
みるなといわれたら余計みたくなる。
このままベンチで師匠の排便終わりを待つのがなんだかシャクに思えてきた。
ぼくは公衆トイレの出口をうかがいながらノートをおそるおそる取り出してみた。
もしかしたら「敵」に対する具体的な記述があるかもしれない。
…で、ノートを開いた。
ん?
一番先に目に飛び込んできたのは、
「ナイハンチャー烈」
というタイトルだ。
ナイハンチャー烈?
そのタイトルの下にこまごまとした設定が連ねてある。
主人公・ナイハンチャー烈は沖縄空手の奥義を極めた拳士だ。
年齢設定は44歳。師匠と同じ齢だ。これはもしかして自伝か?
烈は悪の空手組織『極門悪心会』に独り立ち向かう。
決戦の前日、烈は自分の所属する道場の跡取り娘から、
「いかないで烈さん!」
と引き止められ、烈は、
「離してくれお嬢さん。悪心会を倒さねば、空手はただの暴力の道具となってしまう」
といって娘を突き飛ばし決戦の地へ赴く。
そんなストーリーラインが箇条書きに記されている。
いやもう、さんざんこすられまくったストーリーだ。
これは完全な創作で自伝なんかではない。
ぼくは興味を失ってノートをそっとスポーツバッグにもどしたところ、ちょうど師匠が公衆トイレから出てきた。
師匠は相変わらず腹を押さえて、
「今日はこの辺で終わりにしよう」
「調子が悪いんだったら、大事をとって明日も…」
「そうだな。明日一日休ませてくれ。昨日、ちょっと調子に乗って吞み過ぎた」
「あのう…仕事とかは大丈夫ですか?」
ぼくは師匠がどんな職業を営んでいるのか知らない。考えてみれば知らないことだらけだ。
「ああ、それは大丈夫。なんとかなる」
「師匠はなんのお仕事をしてるんですか?」
そもそも毎日夕方に公園でナイハンチを稽古しているわけだから、平日出社の普通のサラリーマンではないはずだ。
「え? そ…それはだな」
なぜかうろたえていいよどむ。
「ウ…WEBライターだよ。企業の案件とかいろいろ。アフィリエイトとかで食ってる。だから比較的、時間は自由にできるわけだ」
だったら紙のノートじゃなくてノートパソコンをバッグのなかに忍ばせているはずだ。
「これでも売れっ子でね。食うには困らないよ」
擦り切れたジャージの上下で濡れた手を拭きながら、ぎこちない笑みを浮かべている。
「………………」
ぼくはその言葉にウソの臭いを嗅ぎつけてしまった。
第六話につづく
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