空手激闘録 ナイハンチャー烈

自由言論社

文字の大きさ
9 / 10

第八話 なんだよ、それ?!

しおりを挟む

 玄葉台公園にゆくと、そのひとはすでに来ていた。
 紋付羽織袴姿で木立の傍らに佇んでいる。
 沖縄空手無標塾の名誉塾長・喜舎場正蔵きしゃば・しょうぞう師範だ。
 80を超えた老人だが、矍鑠かくしゃくとした佇まいには威厳を感じる。
 豊かな銀髪と顎髭をたくわえた師範はおれに気づくと、

「おそいっ!!」

 と怒鳴った。
 おれはうろたえ、公園の時計台を指さす。
「いや、5分前ですよ」
 時計の時刻は午後3時55分だ。
「わしはすでに15分前にきておる!」
 それはあんたの勝ってだろうが…という言葉を呑み込んで、
「失礼しました」
 頭を下げ、一応わびた。
「用意はできておるな」
 喜舎場師範が鋭い眼光を飛ばす。
「もちろんです。いつでもどうぞ」
 おれは自信をもってこたえる。
 師範は和服の懐から懐紙を取り出すと木の幹に貼り付けた。
 それには墨痕鮮やかな筆使いで

『敵』

 とただ一字したためられてある。
「ナイハンチ初段はじめっ!!」
 師範が号令をくだした。
 その瞬間——
『敵』が動きだした。それは人影となっておれの前後左右を取り囲む。
 まずは敵影を追い払う。
 左下段払いから右鉤突きへとスムーズに決まる。
 次はバランスを崩しやすい左中段受けからの波返しだ。
 軸をぶらすことなく踏み込むことができた。
 影が後退する。
 おれは追った。
 右拳のうえに左縦拳を重ねてからの諸手突き。
 これも決まる。稽古の成果か調子がいい。
 おれは乗ってきた。おれの型動作による一撃をうけて黒い人影がひとり、またひとりと霧散してゆく。
 おれは気合を発した。
「ムヒョー!」
「ムヒョヒョーー!!」
 影が攻撃に転じてきた。
 右上段流し受けから右裏拳で反撃。
 もう一度波返し。
 黒影はひとりになった。
 その最後の影に向かって中段諸手突き。
 影は消えた。ひとり残らず。
「ムヒョー!」
 最後の気合い。
 騎馬立ちから閉足立ちの姿勢にもどって、おれはナイハンチ初段の型を終えた。
 ちらりと喜舎場師範の反応を伺う。
 師範はひとつふたつ間をためると、

「失格! 70点!!」

 と厳しい評価をくだした。合格の最低ラインは80点だ。
「まだ甘い! おまえは『敵』に向き合ってはおらぬ!!」
 喜舎場師範が声を張り上げる。
 その声のおおきさに、何事かと周囲の視線が集まる。
 おれは羞恥に頬を火照らせ師範に訊いた。
「どこがいけなかったのでしょう?」
「いったであろう。おまえはまだ内なる敵に向き合ってはおらぬ。よって初段昇段は見送りとする」
 おれは腰に巻いた帯をみつめた。今年も昇段できなかった。帯はまだ茶色のままだ。
「…わかりました。来年またお願いします」
 一礼した。師範は、
「うむ」
 と、うなずいたまま立ち去ろうとはしない。
 なにか他に要件でもあるのかと思い、お互いみつめあっていると、
「こほん」
 と師範は咳払いして平手を差し出す。
 忘れていた。審査料を渡さねば。
 スポーツバッグから金一封を取り出して師匠に渡す。
「精進せい」
 喜舎場師範はそれだけいうと背を向け歩き去った。

 そのときおれは背中に刺すような視線を感じた。
 振り返るとわっくんがいた。
 すぐに異常に気づいた。
 わっくんの右目は腫れあがり、頬には青あざができている。
 ケンカをしたに違いない。
 空手初心者にありがちな『腕試し』をこの少年はやってしまったのだ。
 少年は目に涙を浮かべ怒鳴った。

「なんだよ、それ!」

 おれはこたえられず黙っていると、
「なんなんだよ、それはッ!!!」
 少年は吠えた。


    次回、最終回につづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...