決戦の朝。

自由言論社

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第6奮

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 お……。

 波がきた。
 第4波だ。
 実社会を経験することなく作家として成功をおさめたものたちに対するネタミソネミを募らせていたら、それは突然やったきた。


 ようし、今度こそ、今度こそ逃してなるものか!
 波を引き寄せ、とっとと脱糞して遊びにゆくのだ。
 …と決意も新たに下っ腹に力をこめようとした、そのとき——


 しくしく……。
 しくしく……。

 ひとの泣く声が聞こえてきた。
 もちろん幽霊ではない。
 おれの住む安アパートは壁がうすいから隣人の声が聞こえてしまうのだ。

 隣人が泣いている。
 部屋の構造上(多分背中合わせになっている)、隣人もトイレにいて、そこで泣いているのだ。


 う……わあああああ!!

 ついに声をあげて号泣に至った。
 おれは驚いて便意の波をひっこめてしまった。

 なにがあったのだろう。
 隣人とは通路であいさつする程度の付き合いだが、最初ちょっと驚いたことがある。

 漏れてくる声の調子から40台半ばぐらいの女性を想像していたのだが、実際に通路で鉢合わせたとき、その容貌が思いのほか老けていて70は過ぎているかと思われた。
 つまりは独居老人(女)なのだ。

 おれも50半ばを過ぎている。
 独居老人予備軍だ。
 隣人にどんな事情があるかはわからぬがおれの場合、明らかに人生負け組に位置する。

 おのれの才を省みず作家なんぞを目指したばっかりに人生を棒に振った愚か者だ。その辺の事情は”なろう”の半自伝小説『未亡人のSUKEBE汁 もう誰でもいい』に詳述したので繰り返さない。

 人生の選択ミスが原因だが、不運も重なっている。
 それには、おれの親父がからんでいる。



   第7奮につづく

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