決戦の朝。

自由言論社

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第7奮

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 おれの親父は1億の借金をつくり、それを全部、実家におっかぶせて故郷を売った男だった。

 ある日突然、東京で作家修行をしているおれの安アパートに転がり込んできた。
 ちなみに母は他界している。その辺の事情は割愛したい。

 親父はおれのアパートに転がり込んできても働こうとしなかった。
 テレビをみてゴロゴロする毎日だ。
 故郷にいたときもそうだった。
 胡散臭げなひとたちが持ってくる怪しげな儲け話にうまうまと乗っかり、後日思いっきりほぞをかむということを繰り返していた。

 何度働いてくれと懇願したかわからない。
 おれのアルバイト代だけでは親父の分まで賄えない。
 だが、親父は一向に働こうとしなかった。
 そんな毎日を送るうち……


 親父はボケた。

 無理もない。働きもせず毎日家でテレビばかり見ていたのだからボケるのも当然だ。
 その日からおれの介護地獄がはじまった。
 カネがないので施設に入れるわけにもいかない。
 おれが世話するしかない。
 食事からシモの世話までこなした。


 それから三年後……
 親父は死んだ。
 呑気極まる死に顔だった。

 形ばかりの簡素な葬儀をしたが、親父の親族は誰一人こなかった。

 子供のころ、おれは親父のきょうだいの家によく連れていかれた。
 困ったことがあったらなんでも相談してね……と、おじさん、おばさんたちはそのときいったが、そんなの口だけだと思い知った。

 親父のシデカシによって遺産の分け前を削られたものたちは香典すらよこさなかった。
 おれはそこでひとの本性を知った。

 すべてはカネだ。
 カネがすべてだ。

 いま、このサイトでは「ほっこり、じんわり大賞」とかをやってるらしいが、そんなものを書けるのは、ひとの底を覗いたことのないものだろう。



 ドッシャーー!
 水を流す音が背中の壁から聞こえてきた。
 隣のおばあさんは糞尿を涙とともに流したのだろうか?


 チクショウ……。
 嫌なことを思い出してしまった。
 節約のためワット数を極限にまで絞った薄暗い便所でおれはうなだれた。
 ウミガメとは違う涙がおれの両の目からこぼれていた。



   第8奮につづく


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