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3話
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また、運命の時計が回り出す。
ゆっくりとゆっくりと私の運命を弄ぶかの如く緩やかに……。
*
イグニスと対峙しながら私は考える。
9歳の私はイグニスとどう向き合えばいいのだろう?
イグニスとの婚約は抗う事なくなすがままに受け入れるべきか。
思い浮かべる言葉に苦い感情が押し寄せてくる。
愛される事など決して無かった男にこれから先もずっと関わって生きなければならないのか……。
イグニスの運命は変わる事なく進んでいる。
母親であるルシアが王妃の配下の襲撃に遭い命を落とし、残された幼いイグニスは孤独な人生を歩んでいた。
母を喪った幼いイグニスに誰も手を差し伸べる事も無く、イグニスはルシアと住んでいた離宮にて一人、寂しく過ごしていた。
ルシアの親族は王妃を恐れイグニスに関わる事を拒んでいる。
父である国王は王妃の策略に気付きながらも王妃を糾弾することも無く静観している。
王妃の実家である公爵家の重圧が国王に大きく伸し掛かる。
この国の筆頭公爵家であり王妃の母親は隣国の王女であるが故に国王は王妃に対して強く出る事が出来ない。
侍女であったルシアが国王の子を懐妊したと知った時の王妃の形相。
国王を射抜く冷ややかな視線。
大国である王女を娶りながら、格下の女に現を抜かす国王に王妃の矜持が許さない。
飼い犬に手を噛まれるとはこの事かしら、と顔を青ざめ身体を震えさせるルシアに王妃が冷ややかに告げる。
「お赦し下さい、王妃様」と何度も頭を床に擦り付け平伏するルシアにマルキアはうっそりと微笑みながら言う。
今すぐ、お腹の子を処分しなさい、と。
この国の王子は私が産んだフェリクスとマリウスだけ。
お前が産む子はこの世に存在してはならない、と。
だが、ルシアは最後までマルキアの言葉を受け入れる事はしなかった。
国王によって臨月迄、離宮に厳重に守られたルシアはイグニスを出産した。
*
もし、イグニスがこの世に産まれなかったら、私は逆行する運命の輪に捕まる事は無かった。
浮かんだ言葉に苦笑する。
(流石にそこ迄の逆行は無理だろう。
イグニスよりも後に産まれる私がイグニスの存在を消し去る行為など不可能だから……)
それよりも生産的な考えを持たないと、と思いつつイグニスを見詰める。
相変わらず、感情の無い瞳。
復讐心に燃える感情を一切見せない程、イグニスの心に隙が無い。
多分、これも全て計算だろう。
今、私が己の復讐の道具に相応しいか、どうかを見極めている。
(復讐など破滅へ導くだけで何も生み出さない事をイグニスは知らない。
ううん、知ろうともいない。
だって私はイグニスの心の琴線に触れる存在では無いから、イグニスの考えを正す事なんて……)
最初、その事に気付いた私はイグニスの気持ちを変えようと躍起になったが、イグニスの復讐心を鎮める事は出来なかった。
私ではイグニスの心を癒す事なんて、出来ない。
イグニスは、私に、心惹かれる事すら無かったから。
愛しても無い女の言葉に従うとは、到底、思えなかった。
分かっていた筈。
イグニスが愛するのは無邪気で明るく天真爛漫な少女である事を。
最初から感情の無い目で私を見ていたイグニス。
最愛の母親であるルシアを失って、イグニスは無気力を装い己を守っていた。
愛を知ろうともしない男。
愛される事を知らない女。
決して交わる事なんて出来ない存在。
だったらイグニスに愛を教える存在を与えればいいだけ。
そう、ただそれだけ。
なのにこの心に宿る感情は何だろう?
心に突き刺さる小さな棘がジクジクと痛み出し広がっていくのは。
ポロリ、と無意識に涙を流していた。
何かを忘れている。
私は大切な何かを忘れている。
急に涙を流す私を不思議に思いイグニスが近付いてくる。
目の前にイグニスがいる。
「イグニス様……」
自然と名を呼ぶ私にイグニスがそっと私の涙を指先で拭う。
え……、と呆けた表情で私がイグニスを見詰めるとイグニスの瞳がゆらりと揺れる。
今までイグニスから触れられる事なんて無かった。
人を気遣い思い遣る、そんな感情を一切示さないイグニスが初めて私に触れて……。
戸惑う私にイグニスがぽそりと呟く。
お前の涙は、もう、見たくない。
耳を疑う言葉。
一度も発しなかった言葉で……。
「アリシア」と私の名を呼ぶ。
そして私にこう告げる。
お前は俺の婚約者だと。
生涯、お前だけが俺の妻だと。
イグニスはそう、私に告げたのであった。
ゆっくりとゆっくりと私の運命を弄ぶかの如く緩やかに……。
*
イグニスと対峙しながら私は考える。
9歳の私はイグニスとどう向き合えばいいのだろう?
イグニスとの婚約は抗う事なくなすがままに受け入れるべきか。
思い浮かべる言葉に苦い感情が押し寄せてくる。
愛される事など決して無かった男にこれから先もずっと関わって生きなければならないのか……。
イグニスの運命は変わる事なく進んでいる。
母親であるルシアが王妃の配下の襲撃に遭い命を落とし、残された幼いイグニスは孤独な人生を歩んでいた。
母を喪った幼いイグニスに誰も手を差し伸べる事も無く、イグニスはルシアと住んでいた離宮にて一人、寂しく過ごしていた。
ルシアの親族は王妃を恐れイグニスに関わる事を拒んでいる。
父である国王は王妃の策略に気付きながらも王妃を糾弾することも無く静観している。
王妃の実家である公爵家の重圧が国王に大きく伸し掛かる。
この国の筆頭公爵家であり王妃の母親は隣国の王女であるが故に国王は王妃に対して強く出る事が出来ない。
侍女であったルシアが国王の子を懐妊したと知った時の王妃の形相。
国王を射抜く冷ややかな視線。
大国である王女を娶りながら、格下の女に現を抜かす国王に王妃の矜持が許さない。
飼い犬に手を噛まれるとはこの事かしら、と顔を青ざめ身体を震えさせるルシアに王妃が冷ややかに告げる。
「お赦し下さい、王妃様」と何度も頭を床に擦り付け平伏するルシアにマルキアはうっそりと微笑みながら言う。
今すぐ、お腹の子を処分しなさい、と。
この国の王子は私が産んだフェリクスとマリウスだけ。
お前が産む子はこの世に存在してはならない、と。
だが、ルシアは最後までマルキアの言葉を受け入れる事はしなかった。
国王によって臨月迄、離宮に厳重に守られたルシアはイグニスを出産した。
*
もし、イグニスがこの世に産まれなかったら、私は逆行する運命の輪に捕まる事は無かった。
浮かんだ言葉に苦笑する。
(流石にそこ迄の逆行は無理だろう。
イグニスよりも後に産まれる私がイグニスの存在を消し去る行為など不可能だから……)
それよりも生産的な考えを持たないと、と思いつつイグニスを見詰める。
相変わらず、感情の無い瞳。
復讐心に燃える感情を一切見せない程、イグニスの心に隙が無い。
多分、これも全て計算だろう。
今、私が己の復讐の道具に相応しいか、どうかを見極めている。
(復讐など破滅へ導くだけで何も生み出さない事をイグニスは知らない。
ううん、知ろうともいない。
だって私はイグニスの心の琴線に触れる存在では無いから、イグニスの考えを正す事なんて……)
最初、その事に気付いた私はイグニスの気持ちを変えようと躍起になったが、イグニスの復讐心を鎮める事は出来なかった。
私ではイグニスの心を癒す事なんて、出来ない。
イグニスは、私に、心惹かれる事すら無かったから。
愛しても無い女の言葉に従うとは、到底、思えなかった。
分かっていた筈。
イグニスが愛するのは無邪気で明るく天真爛漫な少女である事を。
最初から感情の無い目で私を見ていたイグニス。
最愛の母親であるルシアを失って、イグニスは無気力を装い己を守っていた。
愛を知ろうともしない男。
愛される事を知らない女。
決して交わる事なんて出来ない存在。
だったらイグニスに愛を教える存在を与えればいいだけ。
そう、ただそれだけ。
なのにこの心に宿る感情は何だろう?
心に突き刺さる小さな棘がジクジクと痛み出し広がっていくのは。
ポロリ、と無意識に涙を流していた。
何かを忘れている。
私は大切な何かを忘れている。
急に涙を流す私を不思議に思いイグニスが近付いてくる。
目の前にイグニスがいる。
「イグニス様……」
自然と名を呼ぶ私にイグニスがそっと私の涙を指先で拭う。
え……、と呆けた表情で私がイグニスを見詰めるとイグニスの瞳がゆらりと揺れる。
今までイグニスから触れられる事なんて無かった。
人を気遣い思い遣る、そんな感情を一切示さないイグニスが初めて私に触れて……。
戸惑う私にイグニスがぽそりと呟く。
お前の涙は、もう、見たくない。
耳を疑う言葉。
一度も発しなかった言葉で……。
「アリシア」と私の名を呼ぶ。
そして私にこう告げる。
お前は俺の婚約者だと。
生涯、お前だけが俺の妻だと。
イグニスはそう、私に告げたのであった。
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