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柔らかく包む暖かにひんやりとした風が頬を掠める。
身動ぎしながら美夜は目を醒ます。
(私、寝ている?)
起き上がろうとすると自分を抱きとめていた腕が緩まる。
(え?
私、誰かに抱きしめられていた?)
だんだんと自分の状況を知り、青ざめながら美夜は相手の顔を見る。
見た途端、今までに無い衝撃が美夜を襲う。
「な、何故、あ、あんたが私を!」
軽いパニックに陥り、言葉を上手く紡げない。
そんな美夜に柊哉はやっと起きたか……と深い嘆息を洩らす。
「……、偶然、通りがかったら君が前かがみになりながら寝ていたので、受け止めた。
そうしたら君は何を勘違いしたのか、私に抱きついて離そうとはしない。
誰を想ってかは知らないが私にとっては全く持って迷惑な話だ」
淡々と語られる内容に、美夜は真っ赤になって柊哉を見つめていた。
正に穴があったら入りたい、そんな心境に陥りながらも自分を今まで抱きとめていた柊哉に不可解な感情が湧き上がる。
(そのまま放っておいたら良かったのに……。
何、偉そうな事を言うのかしら、この男は。
それにしてもお義父さんと間違って抱きついていたなんて!
どうして?
こんな冷血男とお義父さんと間違えるなんておかしい!
あってはならない事なのに……)
ぶつぶつと言葉を紡ぐ美夜に怪訝な目で柊哉は見つめていた。
「本当に君は慎みって言うモノを持ち合わせていないのか?
誰構わず抱きついて泣いて縋るのか」
最後の言葉に美夜はかっと頬に朱が走る。
どうしてこの男にそこまでの事を言われないといけない?
感傷的になって何が悪い、と出そうになる言葉をぐっと堪える。
この男に何を言っても理解されないだろう。
それにわざわざ自分の気持ちを伝える程、この男に対して何の感情も持ち合わせていない。
いいや、そんな言葉すら出ない。
「倒れそうになった私を助けて頂き、有難うございました。
貴方の貴重な時間と精神的な苦痛を与えてしまって、本当に申し訳ございません」
厭味たっぷりに礼を述べる美夜に柊哉は一瞬、目を見開く。
身体を震えさせながら自分に礼を述べる美夜の姿に、くつくつと笑いだす。
(必死になって謝罪する姿を見るとは。
本当にこの女は予想が付かない。
泣いて喚いて幸福論を語ったたり、あの哀しげに涙を流していたと思ったら、今はなんだ?
心にも無い言葉を顔を真っ赤にさせながら放つとは)
急に笑い出す柊哉に美夜の恥ずかしさが頂点に達する。
「あ、あんたね。
ひ、人がどんな気持ちで謝罪しているか解って笑っているの?
本当にデリカシーの無い!」
必死になりながら自分に悪態をつける美夜に柊哉は益々笑い出す。
「あ、ははは。
全く、どうしてこんなに私を楽しませる?」
表情を和らげながら笑う柊哉に美夜は呆然としか眼差しで見つめる事しか出来ない。
呆気に取られるとは正にこの事ではなかろうか。
二人の間に奇妙な空気が流れる。
あの、最初の時とは印象が違う柊哉の楽しげな笑い声に、美夜は不可思議な感情で柊哉を見つめていた……。
***
「う、ふう…ん」
先程から慧に唇を奪われている瞳は、自分の身に起きている状況に混乱していた。
昨日、初めて知った出会った慧に唇を奪われている。
優しく何度も唇を啄ばまれながら苦しくなって息を吸い込もうと唇を開いた途端、慧の舌が口内に侵入する。
歯列をなぞり口内を我が物の様に蹂躙する。
(な、何、口の中に舌が入って……)
涙が後から後から流れてくる。
どうしてこんな状況に陥っているのか解らない。
助けられて真剣な表情で自分に訴えてくる慧に心を許した所為で、こんな事になるとは瞳にとっては思いもよらない出来事であった。
初めてのキス。
好きな人との心を通わせてしたいと思った。
本当の自分を見てくれるそんな男性と……。
それなのに自分の浅はかな行動が、恋人でも無い、いいや好きと言う感情すらまだ芽生えていない慧とキスをしている。
簡単に慧を信じてしまったから。
父を亡くした寂しさに心の隙間が出来た事でこんな軽はずみな行動をしてしまった。
「や、やだ……」
ぼろぼろと泣きながら抵抗の言葉を紡ぐ瞳の言葉を塞ぐかの様に慧は執拗に瞳の口内を犯す。
最初、抵抗していた瞳も身体に湧き上がる得も知れない感覚に動転し、抵抗を緩めていく。
身体の奥底から感じる感覚。
怖いはずなのに慧のキスで身体の力が抜けていく。
そんな瞳の反応を見計らって慧は唇を離し目じりに唇を落とす。
「泣かないで、瞳……」
艶やかな声で耳元で慧が囁く。
甘く蕩かせるような慧の声。
軽く耳朶を唇に含まれる。
その感触に、瞳は身体がざわつきまた涙を流す。
瞳の初心な反応に慧の欲望が更に強くなっていく。
(止めなければいけないのに、抑える事が出来ない。
怖がって瞳が泣いているのに。
なのに、もう、駄目だ……)
このまま瞳が欲しい……。
「君は知らないと思うけど、僕はずっと瞳を見てきた。
母親の比沙子さんが亡くなった時からずっと。
……。
君が幼少の頃から同性の苛めに遭っていた事も知っている。
その所為で学校では目立たないようにしていた事も。
僕は根回しで学校に牽制をしておいた。
瞳に何か遭ったらどうなるかというのをね。
君が通っている学校に多額に寄付をしていたから学校側も僕に従ったよ。
でも、君が目立たないようにしていた事は賢明だったと今も思う。
瞳の美しさは異性を捕らえて離さない。
僕以外に瞳に触れていい男なんて存在するべきものではないからね」
慧の意外な告白に瞳は目を見開くことしか出来ない。
「……、僕から逃れる事なんてさせないよ。
君は僕が幸せにする女性だから。
瞳、僕は君の婚約者なんだから。
君の母親と僕の父親が結ばれなかった。
だからもし互いの子供が異性同士だったら結婚させようと両家の間で暗黙の了解になっている。
そう僕が仕向けた。
瞳……。
君は僕の妻になるために産まれた。
君は僕のモノなんだ……」
うっとりと囁く慧の言葉に底知れぬ恐怖が駆け巡る。
(だ、誰か助けて!
お父さん……)
「お姉ちゃん、助けて……」
嗚咽を洩らしながら呟く瞳の言葉に慧の目がすっと細まる。
瞳の中に大きく占める美夜の存在を慧は忌まわしく思っていた。
「そんなに義理の姉が大切なの?
瞳を不幸に陥れた元凶だよ、あの女は。
あの女の母親と瞳の父親が再婚しなかったら今の惨めな生活を瞳は送る事も無かった。
父親も早死にする事も無かった。
知ってるだろう?
あの女の母親が殆どの財産を奪った事を。
瞳の大切なピアノまであの女の所為で債権者に奪われてしまった。
そんな女の娘だ。
瞳をこれから食い物にするに決まっている。
どうしてそんな女に心を許す……」
慧の言葉が瞳の胸を大きく抉る。
確かに美夜の母親が元凶かも知れない。
父が早く世を去ることも無かったかも知れない。
だけどこの5年間、美夜の存在がどれだけ瞳の心を救ったか……。
美夜がいたから瞳は頑張ってこれた。
あの学校での辛い日々も美夜が居たから耐える事が出来た。
「お姉ちゃんの事を何も知らないで、悪口を言わないで!」
身体を震わせながら慧に訴える瞳の耳元で慧が優しく囁く。
「では、その大切な義姉に瞳の学校での出来事を逐一話したら、どんな反応が返ってくるかな?」
「…っ」
「君が思い描く義姉なら今までの瞳を知ったら傷つくだろうね。
瞳は優しいからずっと黙っていたんだろう?
苛めに遭っていた事を。
男の欲望の的にされて襲われそうになっていた事も」
「や、やめて!」
「僕が一言話したら、当然自分を責めるだろうね。
本当に瞳が言う様に優しい性格ならば」
「お願いだから、お姉ちゃんには言わないで……」
瞳の必死な説得に慧は心の中で美夜に対しての憎しみを深めていた。
(瞳の心を占めるのは僕だけでいい。
あの女、何時か化けの皮を剥がして瞳から引き離してやる!)
「……、言わないよ。
大切な瞳の義姉だからね。
だから瞳も僕を拒まないで…。
もし拒んだら、僕は瞳の義姉に黙っている自信が無い……」
最後の脅迫とも言える言葉に瞳は表情を無くす。
優しい笑みを浮かべながら慧が瞳の顔に近づいてくる。
唇が触れる。
慧に舌で突付かれ唇を開くように促される。
瞳は今度は拒む事無く唇を薄く開く。
従順な瞳の様に慧は艶やかに微笑みながら、また瞳の唇を深く奪った……。
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