9 / 18
私の太陽【3】 ヒースside
しおりを挟む
言いたいことも言い終わったのか、イアン様は足早に部屋を後にしようとする。
私には、聞きたいことが山ほどあった。
どうして私たちを買おうと決断してくれたのか。
どうして私たちに部屋を与えてくれたのか。
どうして騒ぎを起こした私たちを叱ったり殴ったりせず、謝ってくれたのか。
どうして私たちの名前を聞いてくれたのか。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして、そこまで妻に似ているのか。
けれど、呼びとめる暇もなくイアン様は部屋を出て行ってしまった。
**********
「来て早々、災難だったね。」
案内してくれる使用人の方は、アンと名乗った。
「テオ様もね、普段は嫌な方じゃないんだけど・・・お酒が入るとどうもね。」
あの男はイアン様の弟君で、テオ、というらしい。
「その、言ってもいいのかはわかりませんが、あまり似てらっしゃらない、ですよね。」
「そうだねえ。テオ様は領主さまに似てらっしゃって、イアン様は今は亡き奥方様に似ておられるからねえ。」
あ、ここの領主さまも、奥様をなくしているのか。
いや、それよりも。
「イアン様は、領主さまじゃないんですか。」
アンさんは自慢げに笑う。
「優秀な方だからね!そう勘違いする人も多いけど、イアン様は領主じゃなくって領主補佐だね!
そして、このアイゼンシュトンの次期領主と見込まれるお方さね!」
なんでも、アンさんはイアン様が5歳のころ、テオ様が3歳のころから働いている大ベテランらしい。
「昔に比べたら、イアン様はだいぶ感情豊かになられたんだけど、おチビちゃんにはちと怖く感じたかね?」
ロベルトは私にしがみついて、離れようとしない。少し、顔色も悪い。
何がこの子をここまで怯えさせているのか。分からない、理解が出来ない自分が憎たらしい。私と離れている間に、この子の身に一体何が起こったのだろう。
そっと頭を撫でる。そうしても、ロベルトの体の強張りがほぐれることはない。
「イアン様は怯えたからって気分を悪くされる方じゃないからね、ゆっくり慣れていけばいいさね。」
アンさんは優しい目でロベルトを見る。その目は、信じてもいいのだろうか?
今までの場所は他人、それも奴隷に優しい目を向けるどころか、蹴落とし蹴落とされるのが普通だった。如何に自分が損をしないか、如何に自分が得をするか、それがすべてだった。
「アンさんは、奴隷にもお優しいのですね。奴隷だからと蔑んでらっしゃるわけでもないようだし。」
気がつけば、そう漏らしていた。
しまった、と口を塞いでも時はすでに遅く、アンさんの顔はみるみると曇っていく。
「・・・申し訳ありません。新入りの分際で、差しでがましいことを・・・」
「謝んなくていいんだよ!!!」
ぎゅっ!!ときつく抱きしめられる。
「辛かったろうとは思ってたけど!!そんな言葉が出るほどまでとは思ってなかったよ!!!
大丈夫だよ、もう、大丈夫だからね!!!
あんた達を傷つける奴はいないし、あんた達にはイアン様が付いてる!!
もう、理不尽に怯えなくっていいんだよ!あたしだって守ってやるさ!!!
奴隷だからって、可哀想だからって肩入れしないと決めてたけどね、あんた達は別だよ!!アンさんが特別に肩入れしてやるからね、堂々としてなさいな!!俺たちはアンさんのお気に入りだぞって、威張っていいから・・・!!」
快活そうな顔をくしゃくしゃにして、アンさんは泣き出してしまった。
里では、私だけがそんな扱いを受けていた。奴隷になってからは私だけではなくなった。それだけでもマシな環境になったと思っていたのに、あなたは私の境遇に涙を流してくれるのか。
「これだけは言うつもりなかったけどね、あたしのお気に入りには教えてあげる。」
アンさんは真剣な目で、私を見つめる。
きっとたくさんの奴隷と接してきたことだろうに、私に同情するのか。
ただ、他より劣っているから虐げられていたにすぎないのに。
いつの間にか、ロベルトの体の強張りもほぐれている。アンさんの本気の感情が感じられたのだろう、すっかりその視線は信頼のものだ。・・・少し、妬けてしまう。
「ヒースさんあなたね、イアン様のお手付きになんなさい!!」
不意打ちの言葉に思わず噴き出す。
「お、おて、・・・!?はい!?」
「そのまんまの意味よ!イアン様と体の関係持っちゃいなさい!!
イアン様は義理を通す方だからね、一度でも関係を持ってしまえば占めたもの。おちびちゃん共々面倒見てもらえるし、すぐにでも一市民としての身分も取り戻せる。
それにね、あんたを見つめるイアン様の目!イアン様はあんたに確実に気があるはずよ!」
10年以上イアン様を見てきたあたしが言うんだから間違いない!!とアンさんは胸を張る。
脳裏に、イアン様の顔がよぎる。私の太陽によく似た、整った顔。妻よりも少し、無愛想な顔。
彼と、体を重ねる。
買われた主人と体を重ねることなど、なんどもあったことなのに、慰み者になることなど慣れているはずなのに。
どうしようもなく顔が熱くなる。
嫌悪感すら感じていない自分に、ひどく戸惑う。
「ま、無理にとは言わないよ。
時間をかければ、ここでは確実に一市民に戻れる。あたしは裏技を教えたにすぎないからね、やるかどうかはあんた次第さ。」
ロベルトを見れば、嫌悪を浮かべず赤面している私を不思議そうにしながらも、笑っている。
・・・ロベルトも笑っているし、いいか。
アンさんに肩をばしばしと叩かれながら、私たちは、執事長の部屋へと向かった。
その間も、私の脳裏からはアンさんに言われたことが離れなかった。
私には、聞きたいことが山ほどあった。
どうして私たちを買おうと決断してくれたのか。
どうして私たちに部屋を与えてくれたのか。
どうして騒ぎを起こした私たちを叱ったり殴ったりせず、謝ってくれたのか。
どうして私たちの名前を聞いてくれたのか。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして、そこまで妻に似ているのか。
けれど、呼びとめる暇もなくイアン様は部屋を出て行ってしまった。
**********
「来て早々、災難だったね。」
案内してくれる使用人の方は、アンと名乗った。
「テオ様もね、普段は嫌な方じゃないんだけど・・・お酒が入るとどうもね。」
あの男はイアン様の弟君で、テオ、というらしい。
「その、言ってもいいのかはわかりませんが、あまり似てらっしゃらない、ですよね。」
「そうだねえ。テオ様は領主さまに似てらっしゃって、イアン様は今は亡き奥方様に似ておられるからねえ。」
あ、ここの領主さまも、奥様をなくしているのか。
いや、それよりも。
「イアン様は、領主さまじゃないんですか。」
アンさんは自慢げに笑う。
「優秀な方だからね!そう勘違いする人も多いけど、イアン様は領主じゃなくって領主補佐だね!
そして、このアイゼンシュトンの次期領主と見込まれるお方さね!」
なんでも、アンさんはイアン様が5歳のころ、テオ様が3歳のころから働いている大ベテランらしい。
「昔に比べたら、イアン様はだいぶ感情豊かになられたんだけど、おチビちゃんにはちと怖く感じたかね?」
ロベルトは私にしがみついて、離れようとしない。少し、顔色も悪い。
何がこの子をここまで怯えさせているのか。分からない、理解が出来ない自分が憎たらしい。私と離れている間に、この子の身に一体何が起こったのだろう。
そっと頭を撫でる。そうしても、ロベルトの体の強張りがほぐれることはない。
「イアン様は怯えたからって気分を悪くされる方じゃないからね、ゆっくり慣れていけばいいさね。」
アンさんは優しい目でロベルトを見る。その目は、信じてもいいのだろうか?
今までの場所は他人、それも奴隷に優しい目を向けるどころか、蹴落とし蹴落とされるのが普通だった。如何に自分が損をしないか、如何に自分が得をするか、それがすべてだった。
「アンさんは、奴隷にもお優しいのですね。奴隷だからと蔑んでらっしゃるわけでもないようだし。」
気がつけば、そう漏らしていた。
しまった、と口を塞いでも時はすでに遅く、アンさんの顔はみるみると曇っていく。
「・・・申し訳ありません。新入りの分際で、差しでがましいことを・・・」
「謝んなくていいんだよ!!!」
ぎゅっ!!ときつく抱きしめられる。
「辛かったろうとは思ってたけど!!そんな言葉が出るほどまでとは思ってなかったよ!!!
大丈夫だよ、もう、大丈夫だからね!!!
あんた達を傷つける奴はいないし、あんた達にはイアン様が付いてる!!
もう、理不尽に怯えなくっていいんだよ!あたしだって守ってやるさ!!!
奴隷だからって、可哀想だからって肩入れしないと決めてたけどね、あんた達は別だよ!!アンさんが特別に肩入れしてやるからね、堂々としてなさいな!!俺たちはアンさんのお気に入りだぞって、威張っていいから・・・!!」
快活そうな顔をくしゃくしゃにして、アンさんは泣き出してしまった。
里では、私だけがそんな扱いを受けていた。奴隷になってからは私だけではなくなった。それだけでもマシな環境になったと思っていたのに、あなたは私の境遇に涙を流してくれるのか。
「これだけは言うつもりなかったけどね、あたしのお気に入りには教えてあげる。」
アンさんは真剣な目で、私を見つめる。
きっとたくさんの奴隷と接してきたことだろうに、私に同情するのか。
ただ、他より劣っているから虐げられていたにすぎないのに。
いつの間にか、ロベルトの体の強張りもほぐれている。アンさんの本気の感情が感じられたのだろう、すっかりその視線は信頼のものだ。・・・少し、妬けてしまう。
「ヒースさんあなたね、イアン様のお手付きになんなさい!!」
不意打ちの言葉に思わず噴き出す。
「お、おて、・・・!?はい!?」
「そのまんまの意味よ!イアン様と体の関係持っちゃいなさい!!
イアン様は義理を通す方だからね、一度でも関係を持ってしまえば占めたもの。おちびちゃん共々面倒見てもらえるし、すぐにでも一市民としての身分も取り戻せる。
それにね、あんたを見つめるイアン様の目!イアン様はあんたに確実に気があるはずよ!」
10年以上イアン様を見てきたあたしが言うんだから間違いない!!とアンさんは胸を張る。
脳裏に、イアン様の顔がよぎる。私の太陽によく似た、整った顔。妻よりも少し、無愛想な顔。
彼と、体を重ねる。
買われた主人と体を重ねることなど、なんどもあったことなのに、慰み者になることなど慣れているはずなのに。
どうしようもなく顔が熱くなる。
嫌悪感すら感じていない自分に、ひどく戸惑う。
「ま、無理にとは言わないよ。
時間をかければ、ここでは確実に一市民に戻れる。あたしは裏技を教えたにすぎないからね、やるかどうかはあんた次第さ。」
ロベルトを見れば、嫌悪を浮かべず赤面している私を不思議そうにしながらも、笑っている。
・・・ロベルトも笑っているし、いいか。
アンさんに肩をばしばしと叩かれながら、私たちは、執事長の部屋へと向かった。
その間も、私の脳裏からはアンさんに言われたことが離れなかった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?
キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!?
平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。
しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。
「君、私のコレクションにならないかい?」
そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。
勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。
「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。
触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。
裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる