王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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プロローグ 〈繋ぎ〉の聖女の転職

ep2

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 ギルドを訪れたアリシアは受付嬢ににこりと笑いかけられた。

 「お久しぶりです、聖女様」

 ハイテンションにそう言った受付嬢はヒクヒクと犬耳を動かし、嬉しそうにブンブンと尻尾を振る。そんな受付嬢はこの地域で珍しい獣人の若い娘だった。
 彼女とは前にも一度仕事をしたことがあり、その際にその受付嬢はアリシアにとても懐いていた。
 そんな娘に彼女は声をかける。

 「ニケちゃん、こんにちは。――…えっと、まだ聞いていないです?」

 「はふ? なにをですかぁ? あ、エセ聖女を連れてきて云々ってヤツですか?」
 そう言ったニケは頬を膨らませて猛抗議するように地団太を踏んだ。

 「教会はわからず屋さんですよ! アリシア様以上に聖女たりうる聖女なんているわけないじゃないですか。っていうか、田舎者の小娘を異世界からかっぱらってきて、この世界のことも知らないのに教会政治のためだけに仕立て上げるなんておバカにもほどがあるというものです!! アリシア様みたいにありがたーい『治癒の手』を持っているのですか? 精霊とお言葉を交わせるのですか? 始祖龍様の神託をお聞きになったのですか?! 民衆の気持ちに寄り添うことができるんですか?! ってか、アリシア様並みにボランティア活動とか、聖女としてのお勤めとか、年中欠かさずミサとか、そんなことできるんですか!?」

 早口でまくし立てるように大声でそう言ったニケの言葉に、耳を抑えながら少し身を引いていたアリシアは緩々と首を横に振った。
 「ニケちゃん、買いかぶりすぎですよ。でも、お役御免になってしまいました」

 チロリと舌をのぞかせてニコッと笑ったアリシアに、ニケはガシッとアリシアの手を握った。そして、大げさにだばーっと涙が滝のごとく流れ出し、何度も頷く。

 「あたしに任せてください! 絶対にアリシア様の終の棲家を――」

 「…終の棲家って、私はとりあえず次のお仕事を探したいだけなのですけど…」

 アリシアが戸惑いながらそう言うと、ニケは涙を拭って鼻を啜った。
 「ほえ? お仕事、ですか? ぐすっ、そんな酷いことをしたんですから、教会はかなりの額をアリシア様に支払ったはずですよね…? ってか、払っていなかったら乗り込んでボコボコにします」

 「貰ったには貰いましたよ。けど、働いていないと落ち着かない気がします。…難しいことは重々承知していますが…何かいいお仕事はないかと思いまして」
 アリシアはそう言うと、ニケはうーんと考え込んだ後、様々な資料をひっくり返してはぺらぺらとめくって難しそうな顔をした。
 そして、真面目な顔で告げる。

 「アリシア様は25歳。十分に働ける年齢ではありますけれど…ギルドに人員募集が来るのは本当に大御所か、中堅の比較的大きなところばかりで、小さい個人経営のお店なんかはこちらに来ないのです。でも、そういう大御所や中堅で採用するのはアリシア様以上に若い子とか、店によってはツテで、とか、後は店長さんのご厚意で…とか。条件が厳しいことは間違いありません。大きなお店ほど採用人数も多いですが、アリシア様をこき使いたいような罰当たりがいるのかどうか…」

 「覚悟は、しています。…罰当たりっていうのはどういう意味なのかわかりませんけれど」

 ニケはぷうっと頬を膨らませた。

 「罰当たりは罰当たりです! あんなにみんなのために頑張ってくれたアリシア様を下働きとしてこき使うなんて恐れ多い!」

 そう言った後、声のトーンをワントーン落とした。
 「ですが、まあ、元聖職者であっても入社試験を受かったら平気で見習いとしてこき使う、そんな会社も知っていると言えば知っていますけれどね」
 苦い顔をしているニケにアリシアは身を乗り出す。

 「本当ですか!?」

 「…アリシア様。その会社は確かにアリシア様に見合う部署もありますでしょう。けれど、本年度の通常枠採用はすでに終了しています。ツテ入社もありますけれど、…ギルドには滅多に足を運ばないので」

 「…そう、ですか」
 落ち込んだ顔をしたアリシアにニケは慌てて言った。

 「こ、こうなったら、私の占いでアリシア様にぴったりの会社を探しちゃいますね!」

 「ありがとうございます、ニケちゃん」
 ふにゃりと笑った彼女の顔を見ながらニケは紙束に意識を集中させ、魔法を展開した。ふわりと青白い光が指先に灯り、その光が紙束へと滴り落ちた。
 やがてその光が数枚の紙を青白く光らせ、その光る紙をニケが慎重に取り出すと光は消えた。
 「出ました」

 その中身は――

 運送会社(物搬業務)

 土木会社(土木作業員)

 動物園(飼育員)

 運送業者(運転手)

 その四つだった。
 茫然とその結果を見ていたニケはブンブンと頭を振った。

 「いやいや、おかしいです。そもそも、アリシア様に運転なんてできるわけないですし、上の二つは華奢なレディであるアリシア様にとてもではありませんけど長続きするようなお仕事じゃないですし、動物園に関しては…動物と戯れるアリシア様を見てみたいですが、昨日で締め切りじゃないですか…」

 ガクッと大失敗の占いの結果に落ち込んでいるニケに、アリシアは申し訳なさそうな顔をしていると、不意に占いで選び出した募集要項の裏から一枚の紙がひらりと落ちた。

 「ほえ…?」

 それは、メイドの募集要項だった。

 「えーと? 若手募集のため25歳までの転職をお考えの方大歓迎? 試験合格後、即採用も可能。寮完備、三食保証付き。…王宮メイドの募集要項ですよ、アリシア様! 試験は明日のようですし、これなんてどうでしょうか!?」

 ニケが目を輝かせてそう言ったので、アリシアは若干、勢いに押されて引きながらも募集要項を受け取った。

 「王宮のメイドだと何が違うんでしょうかね?」

 すると、ニケはにっこりと笑った。

 「通常、メイドを雇い入れるのは貴族か豪商ですが、やはり財政状況や相性によって報酬や扱いはピンキリです。お貴族様であればやはり上位貴族になればなるほど待遇はあがります。けれど、王宮メイドは別格です。そして、王家の誰かの専属侍女までのし上がった暁には最上級の名誉と、待遇が保証されているとも言われています。――アリシア様をこき使うなんて恐れ多いですけれど、王家で採用されたなら十分な待遇になるでしょう。それに、あちらでは聖女のことは教会が推していた程度の存在としか考えていないようですし、『海の神である青の聖龍様こそ至高の存在』という信仰心のようですから、アリシア様だからと言って遠慮されるなんてこともないかと思います」

 そして、ちょっと寂しそうに笑った。

 「あたしはアリシア様に会えないの、ちょっぴり寂しいですけれど、時々、手紙を書いてくださいますか?」

 「もちろんです。というか、まだ試験も受けていないんですから、受かるとも限りませんよ? でも、そちらで採用が決まったら絶対に」

 ニケは満面の笑みを浮かべたので、アリシアも微笑みを浮かべると、ニケは大きく頷いた。

 「でも、アリシア様なら絶対に受かりますよ。そうに決まっています。っていうか、絶対合格します。あたしの勘がそう告げているので間違いありません!」

 「ありがとうございます、ニケちゃん」

 彼女はニケの言葉に勇気をもらい、明日の採用試験を受けるために首都であるウィノンへと汽車で向かった。
 彼女のいた副都心シレナから汽車で海峡大橋を渡り、小島に作られた城塞都市ウィノンへと向かう一本道。そのチケットをギルド経由でニケが手配してくれたため、すんなりと向かうことができた。
 ニケに汽車での移動中に感謝の手紙を書きしたため、ウィノンに到着した後で手紙を送り、城下町の南端にある小さな民宿で一晩を過ごすことにした。

 「明日は頑張らなくちゃ…」

 決意を新たに、その晩、すぐにベッドに横になると鞄を抱えて寝息を立て始めた。

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