王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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新人メイドたちの日々

ep4

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 夜会が始まるギリギリにようやく支度を終えたアリシアが入り口前にたどり着くと、ノリアが目を輝かせた。

 「わあ、アリーってやっぱりスタイルがいいねぇ」

 アリシアが身に着けているのはオフショルダーのワインレッドのカクテルドレス。
 本当はコルセットで腰を留め、スカートをふんわりとさせるドレスをせっかくなので着てみたかったが、スタイリストに渋い顔をされたのだった。
 ちなみに、少し前はスカートをふんわりと膨らませるのが流行っていたらしいのだが、それを着るのはこの時代の流行で結婚式ぐらいになっていたのだそうだ。
 ということで、ふくらみの少ないドレスを用意してもらったのだが、一つは背中が大きく開いたもの。一つは胸元が開いたもの。そしてミニスカートのドレスと、このカクテルドレスの4択だった。
 ただ、カクテルドレスを選んだはいいものの、左側に太腿の半ばほどまでの大きなスリットが入っており、物凄く迷った挙句のカクテルドレスだった。

 「スリットが大きくて恥ずかしいですし、寒いです」

 一応、上着にファー付きのコートを貸してもらっているが、それでも足元がスースーしていた。

 カンナはクスクスと笑った。

 「ふふっ、上の方をもう少し開けたらよかったんじゃない?」

 そういうカンナはベアトップの深緑色のロングドレスを着ている。上着は肩に羽織っている程度だが、そこまで寒くはなさそうな顔をしていた。
 ノリアは瞬く。

 「えー、そんなことをしたらもっと寒いよぉ」

 そう言うノリアは半袖付きのレモンイエローのワンピースタイプのようなドレスを着ていた。スカート丈はミニスカートで、スカート部分はふんわりとフリルで膨らませてある。
 ただ、三人の中でも16歳と最年少であり、一番年相応と言ったドレスだったのだが。

 三人はとりあえずコートを預けると、ちょうどよく温かい会場へと一緒に足を踏み入れた。使用人たちのためのちょっとしたパーティと言うだけのことはあり、中にはドレスアップをしている使用人もいるようだが、それでも騎士は騎士の制服だったし、執事は燕尾服、メイドは普通にメイド服を着たまま参加していた。
 侍女長も普通に仕事着のままだ。

 ちょっと気恥ずかしそうな三人に優しく声をかける。

 「ドレスアップをしているのは非番の人だけだけど、気にせずに楽しみなさい。マリアンヌ様とシリウス様はすでに楽しんでいらっしゃるけど…ね」

 マリアンヌは中央にあるダンスフロアで既に兄シリウスと滑らかにダンスを踊っており、その鮮やかすぎるダンスに大半の使用人が見とれていた。
 シリウスの見事なエスコートもさることながら、マリアンヌの洗練されたステップも、そして美男美女兄妹のふとした瞬間に同時に浮かべる優しい笑顔も、すべてが惹きつけてしまうようだった。

 「ほらね。さあ、行ってきなさいな」

 三人は階段を降りきると、三人の若い騎士がやってきた。

 「アリシア様、私と一曲、いかがですか?」

 「え? あ、えっと…?」

 戸惑ったように視線を揺らすアリシアは助けを求めてカンナを振り返ったが、カンナは彼女に声をかけてきた騎士と共にダンスホールへと向かってしまっていた。
 慌ててノリアを振り返るも、ノリアも同じ。

 取り残されたアリシアはグルグルと半ばパニックに陥っており、頷いて一緒に会場の中央へと進み出たはいいものの、緊張と何気なく向けられた視線を受けてガクガクと足が震えていた。

 「アリシア様?」

 ダンスを踊るために手を取り合い、そして、背中に手を添えられた直後、文字通りに飛び跳ねてバランスを崩し、その騎士が身を乗り出して抱き留めて事なきを得た。
 が、アリシアの方は緊張と羞恥がピークに達しており、抱き起されて何とか組み直す前にその騎士の腕から逃げ出して距離を取り、今にも泣きそうな顔で90度にお辞儀をした。

 「あ、ありがとうございました!」

 そう告げると、脱兎のごとく会場から逃げ出すように飛び出した。



     ☆



 アリシアは落ち着きを取り戻して歩みを止めた時には、いつの間にかどこのホールかわからないが、広い場所に出ていた。
 魔法で汗のケアをし、息を整えながら周囲を見渡して少し慌てる。

 「ここ、どこ?」

 その時、後ろから声を掛けられた。

 「なぜ、あなたがここにいる?」

 振り返ると、騎士の制服に身を包んだ茶髪にヨモギ色の瞳の男が一人。

 「えっと、あなたはこの前の…!」

 アリシアはちょっとした知人に出会ったことでホッと胸を撫で下ろし、再び泣きそうな顔になった。
 すると、彼がちょっと慌てた。

 「ど、どうかしたのか? 誰かになにかされたのか?」

 「いえ、違うんです。その、男の人とダンスを踊ったのが初めてで…怖くなって逃げ出してしまったんです。でも、よく考えたら大変失礼なことをしてしまいましたし、それに、情けない話、ここがどこかわからなくて不安になってしまって…」

 「? たかがダンスだろう? …それに、男と踊ったのは、と言っていたが、ダンスパーティに出たことはないのか?」

 「いえ、その、前は男装の麗人と踊ったのです。司祭様がそう判断してくださって、男装させた女司祭様の一人とご一緒させていただきました。…けど、練習で男の方とペアを組んだことはあっても、本番でそのようなことがなくて、パニックになってしまって…」

 「まあ、無理に踊る必要はないし、気に病むことはない」

 彼はそう言うと、そっと手を差し伸べた。

 「だが、せっかくの夜だ。ああいうガヤガヤした場所は苦手なんだが、ダンスもせずに終えるのは惜しい。だから、一曲だけ付き合ってくれないか? ――もちろん、無理にとは言わない」

 「え?」

 「踊るのは嫌いじゃない。が、向こうに行くと群がられる。それがたまらなく嫌だ。姫の傍にいれば幾分かマシになるが、俺はこういう場所の警備でフラフラしていた方が好きという程度で」

 彼の申し出にアリシアはくすっと笑った。

 「練習では男の人と触れ合っても割と大丈夫なのですけど、大失敗しちゃいましたからね。あまりダンスは上手くないので足を踏んでしまったならごめんなさい」

 「いいのか?」

 「ドレスを着る最後のチャンスかもしれませんから、せっかくですし、誰も見ていないなら練習と同じですし、出来る気がするんです」

 彼の手にそっと手を重ねると、アリシアと彼は組んでワルツのリズムで踊り始めた。
 流れるようなエスコートに身を任せながらアリシアは小さく感嘆の息をのむ。

 「お上手なんですね」

 「これでも貴族出身だからな」

 「お貴族様なのですか?」

 「今は違う。縁を切った。だから、今は単なるギュスターヴだ。貴族の地位と、騎士としての力を見込まれてマリアンヌ様の護衛士に選ばれたが、親族と揉めて縁を切ってもまだ、俺みたいなやつを傍に置いてくれている。だからこそ、マリアンヌ様に俺は忠誠を誓っているし、これからも絶対にお守りすると誓える」

 ギュスターヴはアリシアを見据えた。

 「君は…だが、ここにいていいのか? 君を必要としてくれている場所はあるだろうに」

 アリシアはにっこりと笑った。

 「今はここが私の居場所、ですから」

 ギュスターヴは小さく目を細めたが、何も返さずにしばらく一緒に踊っていた。
 微かに会場から聞こえてくるワルツの曲に合わせ、曲が終わるまで。

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