王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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新人メイドたちの日々

閑話 夜会の会場では今

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 「あれ? アリー、戻ってきていないのにお相手だけ戻ってきたよ?」

 ノリアがそう言ってからモシャモシャと口いっぱいにサラダを頬張り、頬袋いっぱいにして幸せそうに顔を綻ばせると、カンナは隣でオレンジジュースを一口飲み、不思議そうに小首を傾げた。

 「でも、その割には落ち着いているみたいだし、誰か一緒なのかな?」

 「えっ!?」

 裏返った声でそう言ったノリアがむせかえり、慌てて口の前に手を当ててサラダが飛び出さないように気を付けながらゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
 そして、声を抑えながら尋ねる。

 「羨まし~! けど、アリーの場合…そこまで肉欲旺盛には見えなかったし、たぶん、狩られていることもわかっていないかも…?」

 「だろうね。というか、狩られたわけじゃないと思うよ?」

 「そっかぁ。でも、恋に発展したなら、全力で応援してあげたいなぁ」

 カンナはグラスを一度テーブルに置くと、右手に握り拳を作り、ぴしゃりと左掌へと打ち付けた。

 「アリーに無理強いする男ならこう、だけどね?」

 「うひゃあ、痛そー。あと、アリーを泣かせた男はグーパンでしょ?」

 「ううん、目潰し。喉を潰すでもいいけど。――もちろん、アリーだけじゃなくてノリアを泣かせても同じことだよ。無事だといいけど、帰ってきたら報告を聞かないとね」

 「そうだね♪」

 ノリアは楽しそうにそういって一口にカットされたステーキを一皿手に取り、それを食べて顔を綻ばせた。

 「んふ~、美味ひぃ」

 「あ。それ、あたしも食べたい」

 ノリアがカンナに一皿手渡した。
 「はい、どーぞ!」
 「ありがと」
 カンナもステーキを食べて目を輝かせる。

 「美味しい。これ、結構、いい肉を使っているね。あたしの家のステーキと同じ食感だもん」

 「さすがは王家だねぇ」

 「そうだね」

 二人がそんな会話をしながら他の騎士たちに誘われて再びダンスの輪に戻った頃、セルヴォはマリアンヌに状況を耳打ちしていた。

 「――…というわけでして」

 「連れ戻すのは失敗したと。…まあ、ギュスターヴが健全で安心したけど、柔らかいって何よ、柔らかいって。変態じゃない? そうなると、兄さまにお願いして性格矯正トレーニングをしてもらわないと」

 「えっと、そのシリウス様なのですが…いつの間に姿が見当たらないのですが…」

 「は? …兄さままで!? ああ、もう…。でも、まあ、兄さまはいいわよ」

 「え?」

 「だって、兄さまはまだ二十歳前だけど十分にわきまえているし、どうせ、今夜だってある程度したらいなくなるはずだったのでしょうし。――デートのお約束、していたのでしょうし?」

 マリアンヌはのんびりとリンゴジュースを飲み、セルヴォの声でむせかえった。

 「え、誰とです?」

 「ケホッケホッ、誰とも約束していないのにデートだっていうほど、兄さまは暇じゃないわよ。そこまで寂しい男じゃないし。それに、兄さまの想いを寄せている方はあなたのよく知っている方よ?」

 「私の?」

 「そう。あなたの妹のマチルダさん。兄さまと歳も近いし、問題ないですし」

 「いや、しかし…この前に婚約破棄をされたばかりですよ? 妹も落ち込んでいたのですが、最近上機嫌なのはまさか…」

 マリアンヌはジュースを再び一口飲んで一息つくと、肩をすくめた。

 「そういえば、この間、人さし指に兄さまからもらった指輪を嵌めていたわね」

 とどめの一言にセルヴォが真っ白になったところでマリアンヌは近くにやってきた己の騎士たちを振り返った。

 「アルテシア、グレイズ。城下に向かうから一緒にお願いね。シーゼとネイラはセルヴォのこと、お願い」

 青髪に金の目をした騎士、ハインツがマリアンヌに声をかける。

 「あの、俺は?」

 「あ、ごめん。ハインツは会場のことをお願いね。ギュスターヴの件でちょっと、成敗しないと気が済まないからとっちめてくるわ」

 マリアンヌは完全に笑っていない目をしており、ハインツはその威圧感に後ずさりつつ何度も頷いた。彼女は威圧感のある笑みを浮かべて踵を返す。

 「…元だろうと聖女様にスケベ心を抱くなんて、なんて罰当たりな。もう、今日という今日は絶対に許さないわ、ギュスターヴ」

 グレイズが遠慮がちに尋ねた。

 「いや、情状酌量の余地があるのでは? ギュスターヴは目の前で双子の妹君を殺された件でああいう性格になってしまったわけですし、いつも護衛なのにフラフラしているように見えるのは――」

 言葉を遮ったマリアンヌはぴしゃりと返した。

 「お黙りなさい。いつも仕事をしているのはわかっているわよ。命令違反を平気でするような男だけどね? そうではなく、女子の敵ということで怒っていること、わかるかしら?」

 アルテシアが何度も頷いた。

 「ええ、わかります、マリアンヌ様。一緒にダンスを組んだ際にいい匂いがして、しかも肌が柔らかいなんて、どこのスケベ親父ですか、というハナシですからね」

 「…アルテシア、そうね。問いたださなければ!」

 二人とも楽しそうだったが、それを半ば遠巻きに見ていた中年の巨漢騎士であるグレイズは居心地が悪そうだった。
 だが、たぶん誤解だと弁明すれば女子二人からどんな集中砲火を受けるかわからなかったのでだんまりを決め込んでいたのだった。

 (許せ、ギュスターヴ。儂では彼女たちは止められない。というか、止める勇気がない。――せめて安らかに逝ってくれ)

 そんなことを内心で考えながら、内心で十字を切ったのだった。



 「クシュン!」

 くしゃみをしたギュスターヴにアリシアは不思議そうな顔を向けた。

 「大丈夫ですか、ギュスターヴ様?」

 「え、いえ、寒いわけではないのですが、一瞬だけ寒気が…」

 城下町を二人は並んで歩きながらその料理屋にたどり着くと暖簾をくぐった。

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