王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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星獣と元聖女

ep2

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 「星獣が…」

 俯いてギュッと手を握り合わせたアリシアは騎士を見上げた。

 「すぐに連れて行ってください! 引継ぎをしなかった私の責でもあります!」

 騎士が大きく頷いた時、マリアンヌの凛とした声が響き渡った。


 「お待ちなさいな」


 振り返ると、マリアンヌが動きやすい軍服のパンツスタイルで颯爽と現れた。
 「クラウト。あなた、私よりも元聖女様に縋るなんていい根性をしているじゃないの?」

 「姫…」

 「聖女が代替わりした程度で本来なら星獣が暴れるわけないでしょ。昔からよくあることなのだから。――よほど、アリシア様が好きなのか、若しくは現状が不服なのか。それとも、暴れる理由があるのか」

 「む、昔から?」

 「古文書にもよく出てくる聖女伝説ではあるけれど、星獣が聖女の代替わりで暴れたなんて記述は一切ないわよ。試練に失敗した聖女を食い殺した――なんて記述はあるけど。…兄さまにはお伝えしたの?」

 「いえ、早朝から出かけていると」

 「そう、まあ、ひょっこり帰ってくるでしょう。昨晩から帰っていないなら婚約者のところにいるとしか思えないのだけど、朝帰りするような人ではないわね。…けど、…そうなの」

 マリアンヌは悩むような表情をしたが、大袈裟にため息を漏らし、アリシアを振り返った。

 「アリシア様、申し訳ないのだけど、お力添え願えるかしら? メイドだし別のお仕事があるのはわかっているのだけど、私の考えが正しければあなたの力が必要みたい」

 「えっと、私の、ですか?」

 「私が力づくでどうにかしてもいいのだけど、それでは解決しないから」

 「わかりました」

 ノリアの介抱をしているカンナの方を振り返ってマリアンヌは小さく微笑んだ。

 「少しだけ彼女を借りるわ。でも、私たちが命に代えても守るから、安心してお仕事に戻ってね。――あ、もちろんその子を医務室に送ってからでいいわ」

 騎士は遠慮がちにマリアンヌに尋ねた。

 「あの、マリアンヌ様。さすがに私の相棒では二人か三人が限界なのですが…」

 「転移魔法で送るわ。その代わり、後で魔力回復薬をちょっとずつ分けてもらうわよ」

 マリアンヌが指を打ち鳴らすと次の瞬間、景色が変わった。
 潮の香りが濃くなり、焼け焦げたような臭いと、痛みに呻く負傷者の声、そして、血の匂いが漂うそこは前線から離れた後衛の、即席の負傷者収容所のようだった。
 医療班が駆けまわり、負傷者の応急処置をしている様子を見ながらマリアンヌが自分の騎士に声をかける。

 「グレイズとハインツだけ一緒に来て。あとはこの負傷者たちをお願い。地の匂いで魔物が集まりやすくなっているから気を付けてね」

 7人の騎士のうち、待機を命じられた5名がざっと素早く跪き、右手の握り拳を胸の前に当てる騎士の礼を取った。

 「はっ、仰せのままに」

 「龍騎士とその龍よ。あなたたちにはアリシア様の護衛を命じます」

 アリシアはぺこりとお辞儀をしたが、マリアンヌにポンッと肩に手を置かれてビクッと震えた。

 「大丈夫よ。知り合いであるギュスターヴが近くにいなくて申し訳ないのだけど、彼の装備では星獣に効果的なダメージを与えられないわ。もし、本当に暴走しているなら本気でかからないとまずいから」

 「適材適所、ですか?」

 「うん、そう。私の騎士はみんな優秀だけど、ここは街の外。街の外には魔物がいるから、魔物から負傷者を守らないといけないし、前衛にはまだ星獣と渡り合えている龍騎士の精鋭たちがいるから、そこまで戦力を最前線に出す必要がない。ただ、私もここで死ぬわけにはいかないから、護衛にグレイズ、そして、もし大怪我をした時の保険に離脱用として足の速いハインツを連れてきた。…ということ」

 ハインツがいつの間にかテントに入っていたのか、そこから出てきてのんきにボトルを振った。

 「姫さん、魔力回復薬をもらってきましたよっと」

 「ありがとう。転移魔法を大人数でやると疲れちゃうわね。兄さまはそれを簡単にやりのけてしまうから、そう考えるとちょっと羨ましいって思っちゃう」

 魔力回復薬を一気飲みし、息を吐き出したマリアンヌはアリシアを促し、戦線へと向かって歩き出した。



     ☆



 「よかったのですか、シリウス様?」

 護衛騎士がそう尋ねながらチェスを一手打つと、シリウスはクスッと笑って自分の白のクイーンの駒で黒のキングをコツンと打った。
 黒のキングがコロコロと転がる。

 「私はただ、彼女の意思が知りたいだけだ。傀儡のまま生きるのか、それとも、自分の意思で進むのか」

 騎士は拗ねたように口を尖らせる。

 「でも、わざわざ星獣を唆さなくとも…」

 「でも、騎士たちの傷は浅いはずだよ。本番さながらの訓練だと思えばいい。無茶をしたバカと、サボってきた阿呆が怪我をしただけの話だし」

 そう言うと、シリウスは上着を羽織って立ち上がった。

 「教会のお馬鹿どもは新聖女に不満がある奴もいるそうだ。で、元聖女を連れ戻したくて城の周りをうろうろしているらしい。そういう馬鹿が寄り付かないようにする、虫よけの効果もあるさ」

 「また、クレーターを作ったことで陛下に怒られても知りませんからね?」

 「母上に怒られたところでどうということはないが、これで始祖龍が降臨したらたまったもんじゃないな」

 笑い飛ばしたシリウスは歩き出し、護衛騎士は慌てて後を追いかけた。

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