王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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教皇と元聖女

ep4

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 アリシアが廊下を掃除していると、声を掛けられた。


 「お久しぶりです、アリシア様」


 振り返ると、茶髪に青い瞳をした少年がやってきたところだった。
 その少年は教会のお抱えの騎士である教会騎士団の正装に身を包んでおり、そして、教皇専属従者の証であるバッジを襟につけていた。

 「ノエル君! お久しぶりですね」

 アリシアがにっこりと笑うと、ノエルは照れ笑いを浮かべて嬉しそうに声を弾ませた。

 「覚えていてくださったんですね! 嬉しいです」

 「ノエル君はしばらく見ないうちに背が伸びましたね。あまり高くないとはいえ、ヒールを履いているのに背丈でぬかされてしまいましたよ」

 アリシアが微笑むと、ノエルは鼻の下をこすった。

 「伸び盛り、ですから。ところで、アリシア様。そのお姿と言うことは…王宮でメイドを?」

 ノエルの問いかけに彼女は大きく頷いた。

 「はい。まだ、一か月も経っていないのですけれど、でも、だいぶ任されるお仕事の幅も増えてきて、とても楽しいですよ。仲のいい人もできましたし、王宮に親切にしてくださる方もたくさんいて、とても幸せです」

 満面の笑みを浮かべるアリシアにノエルは微かに頬を朱に染めながら気恥ずかしそうに視線をそらした。その直後、黒い笑みを浮かべたノリアが音もなくノエルの後ろに立った。


 「ノ~エ~ル~?」


 ギチギチとぎこちなく後ろを振り返ったノエルがビクッと肩を震わせて顔を引きつらせる。

 「の、ノリア?」

 「『僕は神の道に進むから、工場では働かないからな!』とか言って家出したあんたが、こんなところで何をしているのかな~?」

 「ノリアさん、これには深い、深~いワケがありましてですねぇ」

 慌てふためくノエルにノリアが目を尖らせると怒鳴った。


 「この、親不孝息子の分際でアリーに色目を使っているんじゃないわよ!!」


 ノエルが泣きそうな顔をして「そんな~」と言いながらノリアに縋りつくと、ノリアは嫌そうな顔でノエルを引きはがしていた。

 「親不孝じゃないし。きちんと仕送りをしているじゃないか」

 「そういう問題じゃありません! 弟のシエルが頑張っているのに、兄であるあんたがサボっていいとでも思っているのかって聞いているの!」

 「ノリアだってお姉ちゃんじゃないか。っていうか、ノリアの方が3時間、僕より生まれるのが早かったんだから、一番上のノリアがどうにかするべきじゃないか!」

 「お父さんに断固反対されたから、こうしてメイドになったのよ!」


 きょうだい喧嘩をしている二人を見ながら、アリシアは小首を傾げた。

 「あの、お二人は…きょうだい、なのですか?」

 ノリアが頷いた。

 「そう、双子なの。でも、似ていないでしょ? 私がお姉ちゃんで、ノエルが弟。3時間も生まれるのに差があったんだから、すぐに姉と弟なんて順番はわかったってことなの」

 「ノエル君、お姉ちゃんがいたなんて知りませんでしたよ」

 ノエルは苦笑した。

 「その、親と喧嘩をして出てきた身分でしたし、アリシア様とこうして家族のことについて話す日が来るなんて思ってもみなかったので」

 「気を遣わせてしまってごめんなさい」

 「い、いえ、気にしないでください!」

 ノリアがジト目でノエルを見据えた。

 「…あんた、アリーと知り合いだったの?」

 「当たり前だよ。アリシア様と教皇様は親子みたいなものだし、実際、教皇様はアリシア様を我が子のように可愛がっていたから、付き人になってから、僕も知り合う機会はたくさんあったわけだし」

 頬を膨らませたノエルに、ノリアがむぅっと睨み返す。
 そんな二人を見ながら、アリシアはクスクスと笑った。

 「ふふっ、仲がいいんですね」

 二人が拗ねたように振り返った。


 「「どこが!?」」


 見事にハモっていた。
 それがアリシアの笑いのツボに入ってしまい、しばらくアリシアは声を上げて笑っており、きょうだいは顔を見合わせたが、やがて、プフッと吹いた。
 そして、一緒に声を上げて笑っていた。


 しばらくして、3人の笑いが収まってきた頃、アリシアは目尻の涙を拭って尋ねた。

 「そういえば、ノエル君は教皇様の傍にいなくて大丈夫なのですか?」

 「王家の円卓の騎士団が守ってくれているから大丈夫です。僕は邪魔になるから王宮内を散策していなさいって教皇様に命じられまして」

 「そうですか」

 アリシアの声が教皇様という単語を聞いて弾んだのを受け、ノエルは微笑む。

 「教皇様のこと、お慕いしているんですね」

 「私のお父さん、みたいな方ですから。本当のお父さんではありませんけれど、とても大切な方です」

 ふにゃりと笑うアリシアにノエルが視線を泳がせる。そんな弟を肘でつついたノリアがにっこりと笑った。

 「アリー、先に仕事へ戻っていてくれる?」

 「え? ノリア?」

 「私は弟によーく、よおぉく、言い聞かせなくちゃいけない言伝があるから。――ね?」

 ノエルは非常に嫌そうな顔をしたが、ノリアがアリシアの視界に入らない位置でギュムッと足の甲を踏みつけた。
 彼はノリアを睨みつけるが、彼女は振り返ることなくアリシアに笑顔を向けたままだった。

 「ノリア、僕はまだアリシア様とお話を…」

 「アリーはお仕事なの」

 ノエルはこめかみをヒクつかせると、ノリアは足を下ろし、真正面から睨みあう。
 しかし、アリシアに見えない位置から素早く弟の鳩尾へと拳を叩き込んだノリアの攻撃で泡を吹きながらノエルがノックダウンしたのである。

 が、アリシアから見ると、ノリアと睨みあった瞬間に気絶したように見えるわけで、オロオロしてしまっていた。

 「あの、大丈夫なんです、彼?」

 「親族以外の女の子に近づくと気絶する症、なの、この子」

 「いや、聞いたことがないですよ、そんな症状。それに、前はそんなことなんてなかったですし」

 「薬が切れちゃって。ちょっと救護室に連れて行ってくるから、アリーは悪いんだけど、掃除の続きをお願いできる?」

 「え、はい…」

 アリシアは戸惑いながら頷き、ズルズルとノエルの襟首をつかんで引きずるように去っていくノリアを見送った。


 「親族以外の女の子に近づくと気絶するなんて…そんな病気があったんですねぇ…。そのお薬まであるなんて、有名な病気なんでしょうか?」


 アリシアは完全に信じてしまっていた。

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