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教皇と元聖女
ep5
しおりを挟む翌朝、アリシアは聖堂でお祈りをしていると、隣に教皇がやってきて、同じように片膝をついてお祈りを始めた。
それを見て驚いた顔をしていると、教皇が振り返ってウィンクした。
「おはよう、アリシア」
「お父さん!?」
驚き半分喜び半分の言葉に教皇は嬉しそうな顔をしながら言った。
「王宮に泊めてもらったからね。おかげで旅先の身がきしむようなベッドでもなければ、ペラペラの毛布でもない素晴らしい快眠を提供してもらったよ」
「…それって、一般車両では…?」
「実はそうなんだ。お忍びだったし、各報道機関には口止めをお願いしてあるから、ここに来るまでの間は一般車両を使っていたんだけどね? なぜか王家には知られていたみたいだね」
「だって、御遣い様はシリウス王子ですし…」
「ん? シリウス王子殿下?」
「シリウス王子は青の聖龍の転生者、ですよ。マリアンヌ様がおっしゃっていましたし、間違いないかと思いますけど」
そんな言葉に、額に手をやった教皇は小さく苦笑をした。
「なるほど。だから、『我らが国にて待っている』か」
「?」
不思議そうな顔をしたアリシアに、教皇は首を横に振って声を弾ませた。
「まあ、まずはお祈りをしてしまおう」
「はい」
二人は息を合わせたように同じタイミングでお祈りに戻り、聖像を前にして祈りを捧げた。
よいしょと声を上げて席に座った教皇の前で、道具を取ってきた彼女が聖像の掃除を始めた。そして、像を磨きながら教皇を振り返った。
「そういえば、お父さん。明日は私、非番なんですけれど…」
「もちろん知っているよ! 伝令龍から聞いたからね! 親子デートだなんて楽しみだなぁって思っていたんだけど、一日一緒に遊び歩けるんだよね?」
「はい、もちろんです! いっぱい話したいことがあるんです。その、お父さんとあんまり忙しくて話す時間もありませんでしたし、親不孝でごめんなさい」
アリシアの申し訳なさそうな顔を見ながら、教皇はクスクスと笑った。
「いいんだよ、アリシア。お前は十分に聖女として働いたじゃないか。十分に他人に尽くして、十分に教会へ貢献してくれた私の自慢の娘だからね」
教皇は手を止めて泣きそうな顔をした彼女に近づくと、頭を撫でてやった。
アリシアはすると、子供みたいな顔でにっこりと笑い、目尻に浮かんだ涙を親指で拭って慌てて掃除へと戻っていく。
「手伝うよ、アリシア」
教皇が上衣と呼ばれるきらびやかな飾りのついたローブを脱ぐと、シンプルな修道服姿になった。そして、気合十分に袖を捲り、力こぶを作って見せる。
「ありがとうございます、お父さん。じゃあ、お願いしちゃいます」
アリシアが照れ臭そうにそう言うと、教皇はノリノリだった。
「なんだか、修道士時代を思い出すよ」
そう言いながらさっそく窓の掃除を始めたのだが、その手つきは手慣れており、埃一つ残さぬほど美しく窓を磨き上げていく。
その様はまさに、職人の域――。
「私がやるより綺麗です…。コツでもあるんですか?」
アリシアが箒を手にしながら教皇の元にやってきて不思議そうにそう尋ねると、教皇はにこにこしながら言った。
「熟練の技って奴さ。昔はね、修道士として過ごしていた修行の時代もあるわけなんだけどさ。ヤンチャだった時期もあったんだよね。でね、窓を割ったらその片づけをさせられて、普段は届かない高いところの掃除までさせられたんだよ」
「お父さんが!?」
「驚きすぎだよ、アリシア。私だっていたずら小僧だった時代くらいあるさ。でも、それを繰り返しているうちに窓を綺麗にすると熱心な信者に褒められるということに味をしめたんだ」
もう、話している間に五枚ほど窓を綺麗にした教皇は手を止めると振り返って微笑んだ。
「そしてね、いかに早く、いかに美しく磨き上げれば効率的に窓を掃除して、そして褒められるのかということに気が付いたのさ」
教皇は次の窓掃除に取り掛かった。
「私もアリシアと同じで親の顔も覚えていない子供だったから、褒めてもらうなんて機会はそこまで多くなかったんだ。でも、掃除をすれば、そして、目に見えるくらい綺麗にすれば褒めてもらえる。それに気が付いて、自然と悪戯はやめたけどね」
アリシアも掃除に戻りながら教皇を見やった。
「お父さんにもそんな過去があったんですね」
「そうなんだよ。でもね、熱心にやりすぎていつの間にか上級司祭まで上り詰めて、恋をしたいお年頃になったときには恋ができない身分になってしまったんだ」
教皇は片面の窓掃除を終了し、にっこりと笑った。
「自分の子供はいないけれど、アリシアは間違いなく私の子供だからね」
言葉を切った教皇は嬉しそうに言い放つ。
「だから、明日の親子デートはお父さんも気合を入れて待っているから、明日も教会で会おうねー!!」
ハイテンションにそう言った教皇にアリシアはクスクスと笑いながら大きく頷いた。
「はい、明日は私もおしゃれをしてきますね」
教皇が小指を立てた手を差し出した。
「約束」
「約束です♪」
アリシアも小指を立てた手を差し出し、しっかりと親子は小指を絡めて指切りをして約束を結んだあと、顔を見合わせて微笑みあった。
『教皇様ぁ、どこですかぁー!』
ノエルの叫び声が外から聞こえ、教皇は慌てて上衣を纏って身なりを整え、外に向かって歩き出した。
「それじゃあ、また明日」
「はい!」
教皇が慌てて出て行った背中を見送ったアリシアは再び掃除へと戻ったのだが、その日は一日中、ご機嫌だった。
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