王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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教皇と元聖女

ep6

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 教皇はハイテンションにアリシアを振り返った。


 「アリシア、まずはボートで遊覧しようじゃないか!」


 親子デート当日、アリシアは一張羅であるドレススーツに身を包んでいたのだが、教皇も似たようなもので、高級そうな黒いタキシードに白い絹のハンカチ。そしてスカーフも高級そうな逸品を身につけていた。
 ただ、そのスカーフは前にアリシアが公務でお土産に買ってきたものであり、その土地ではそこまで高級品ではなかったのだが、北の大陸ではまだ出回っていない代物だった。

 「お父さん、そういえば、私がお土産に買ってきたスカーフを付けてくれているんですね」

 嬉しそうにアリシアが声を弾ませると、教皇は鼻の下をこすった。

 「いやぁ、この格好じゃないと中々身につけられないのだけれどね? でも、普段は部屋に飾っているんだよ?」

 「うふふ、嬉しいです」

 「この絹は本当に手触りがいいね」

 「はい。なにしろ、天龍シルクを使ったものらしいですから」


 天龍、と呼ばれる龍からとれる天龍シルクは最高級繊維であった。
 そもそも、龍はたいてい、頑丈な鱗や体表に覆われている種が多いのだが、天龍は獣のような毛で体表を覆っている龍種であった。
 鱗であれば生え変わるようなことはさほどない。が、天龍の毛は犬や猫のように抜けてしまう。それが絹のようになめらかな手触りであり、糸に紡いで織ったものが天龍シルクと呼ばれていた。
 とはいえ、天龍は希少種であり、南の大陸にある龍の聖地である『龍の里』以外では滅多にみられないものではあったのだが。


 「私も復活したところだし、今度はアリシアにお土産を買って送るからね。何がいい?」

 「気を遣わなくてもいいですよ、お父さん。でも、…可愛い髪飾りとか、おしゃれなブレスレットとか、あまり高くなくていいんです。ただ、気持ちがこもっているだけで十分に嬉しいんですから」

 にっこりと笑ったアリシアに教皇は感激したような表情を向けていたが、船着き場についたので足を止めた。

 「予約しているローガン・フォンテーヌだ」

 船頭が優雅にお辞儀をした。

 「お手をどうぞ」

 その手を借りてボートに乗った教皇が船頭の真似をしてアリシアに手を差し出す。

 「ほら、アリシアも!」

 「お父さん、船頭さんの邪魔をしちゃだめですよ」

 「いいから」

 促されてアリシアがその手に手を乗せ、エスコートをしてもらって船に乗った。

 「船頭さん、困っていらっしゃいますよ?」

 「可愛い我が子を狙うオオカミどもをお父さん、許しませーん!」

 「オオカミさん? 何のことです?」

 不思議そうに小首を傾げるアリシアに教皇はムスッと頬を膨らませていた。

 「え、ええと、それでは出発します」

 船頭が戸惑っていたが、船を進め始めたので教皇はアリシアを振り返って顔を綻ばせた。かなり楽しそうな顔をしている彼女の横顔に声をかける。

 「元気そうでよかったよ」

 アリシアが振り返ってニッコリと笑った。

 「はい、元気でしたよ。聖女ではなくなっても、ご飯を食べるところと、そして、お仕事と眠る場所がありましたから」

 「急にやめたって聞いて吃驚したんだ。それに、ショックだった。――でも、全然一緒にいてあげられなかったし、最近は急に忙しくなっちゃって、会えないことでストレスを溜めさせていたんだろうかって、不安になった」

 声のトーンを落とした教皇の悲しそうな顔を見ながらアリシアはクスッと笑った。

 「お父さんが忙しくて会ってくれないからって、星獣から認められた聖女だったというのに、ストレスで逃げ出すわけがないじゃないですか」

 教皇はフフッと力なく笑った。

 「そう、だよね。アリシアは立派に聖女として務めてくれていたもんね」

 「聖女のお仕事は確かに多忙で、教会にとって何か余計なことを言っていないかって不安だったこともたくさんありましたよ。でも、信者さんたちと触れ合って、彼らの笑顔を見るだけで頑張ろうって気持ちになったんです」

 アリシアは少し切ない笑みを浮かべた。

 「確かに時々は辛い時もありましたよ。でも、聖女だからって自分を律することで頑張って来られたんです。結局、教会が本当に欲しかったのは顔役という人柱でしかなかったようですけどね」

 「教会は方向転換をしなければいけないんだ。アリシアが堪えてきたものがすべて無駄になってしまうなんて私には許せないからね。――でも」

 アリシアが不思議そうに小首を傾げると、教皇はアリシアの頭を撫でて満面の笑みを浮かべた。

 「今日は色々と教会のことを忘れて楽しもう。せっかくのお休みなんだから!」

 彼女は教皇の言葉に目を輝かせたとき、教皇が鞄から数冊のノートを取り出した。

 「お父さん、今日のためにデートプランを3450通り考えてきたんだよ! でね、ボートで遊覧は250通りもパターンを考えてきちゃったんだ!」

 「そんなにですか!?」

 「アリシアと色々と出かけたいんだよね。まずはこのまま美術館に行って、そのあとに本屋に立ち寄って、次はアクセサリーショップでお買い物でしょ?」

 はしゃいでいる教皇を見ながら、アリシアはにっこりと笑った。

 「どこに行ってもお父さんとなら楽しいですよ」

 のほほんとしているアリシアに、教皇は感激したように目を潤ませてノートを天へと掲げた。

 「なら、今回はパターン1523番のデートプランにする! まずは美術館で芸術鑑賞から!」

 「船頭さんは…」

 「貸し切りだから大丈夫! というわけで、美術館へお願いしまーす♪」

 楽しそうな教皇の姿に、アリシアは呆れ半分の笑みを浮かべた。



     ☆



 「しまった、思ったより寝過ごしてしまったな…。護衛として教皇様を追わねば…」

 ノエルが11時を示した時計を見ながら苦い顔をしていた。水差しからコップに水を注ぎ、それを口にしたノエルはピリッとしたものを感じて一口飲んだそれをテーブルに置き、口元を拭った。
 その直後、視界がぐらりと歪み、その場に倒れこんだ。

 「くそっ、睡眠薬……か……」

 そう呟くように言葉を吐き出すと、彼はその場で寝息を立て始めた。



 それを窓辺で見守っていた白い鳥が羽ばたいて飛び去って行き、やがて、屋根の上にいる黒いフードの男の手へと降り立った。


 「首尾は上々。っていうか、よかったの? 教皇様の護衛なんでしょ?」


 「仕方がないだろう。そういう仕事なんだからな」

 男がそうぼやくと、白い鳥は呆れ顔をした。

 「ナハト。仕事仕事って言っていると、仕事中毒のシリウスみたいになっちゃうよ」

 「それだけは勘弁だ」

 ナハトと呼ばれたその男はフードを目深にかぶって口元をゆがめた。

 「あのガキはちょっと仕事の邪魔だから眠っていてもらうだけだ」

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