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教皇と元聖女
閑話 暗躍者たち、ときどき哀れな船頭さん
しおりを挟む屋根の上に漆黒のフード付きローブを纏った人たちが屋根の上に降り立った。10人という少人数部隊だが、全員が怪しげな雰囲気を漂わせている。
だが、屋根の上に目を向ける者はなく、船頭は舟をこぎ、様々なボートが行き交い、歩道の部分を人々がいつも通り過ぎ去っていく。
そんな日常を見おろす彼らだったが、アリシアと教皇が乗ったボートが前の通りを進んでいくのを見て一番背の低い黒ローブが言った。
「やっぱり、情報通りに教皇様はのんきに若い女の子とデートだってさ」
真ん中ぐらいの背丈の黒ローブが言う。
「あのお美しい金髪に青い瞳は間違いなくアリシア様だ。…ショックだな」
「え、どうして?」
「あのアリシア様が老いぼれ好きだったなんて」
「なら、あの方だって喜ぶんじゃない? アリシア様は殺さずにつれて帰れば、あの方、前からアリシア様のことを変な目で見ていたから、歓喜しながら僕らを要職につけてくれるんじゃない?」
一番背の高い黒ローブがたしなめるように言った。
「…いい加減にしろ、お前たち。あくまで我らの仕事は教皇を始末することだ。アリシア様も目撃者となったならば殺すほかはないぞ」
「無理やり口を封じてから連れていけばいいじゃんか」
「それができるなら苦労しない。だが、新聖女は思った以上に役立たずで、まだ魔法さえ習得していないのだとか。星獣の指揮権も実質、アリシア様にあるのと同意だ。星獣を敵に回して勝てるほどの人数ではない」
「真っ先に出てくる一角獣を一人が止めている間に聖女を別の人間で狙えばいいじゃないか」
「…アリシア様を殺すことも、攫うことも今回の任務の対象外だ。教皇が一人になったところで仕事を成し遂げろ。――というご指示だ」
二番目に背の高い黒ローブが言った。
「とりあえず、市井に紛れて様子を見るとしますか」
二番目に背の低い黒ローブが不安そうに言った。
「でも、ボクら意外に別部隊が投入されているって噂もあるし、様子を見た方がいいよ。万が一、教皇派だったら内部崩壊は免れられないし、あの方はきっとボクらを見捨てるよ」
「とにかく、我らは仕事を果たすまでだ。すでに教皇の従者は邪魔をされないために私が睡眠薬を盛ってきた。だから、増援がなければチャンスを待つだけで狩りは終わるだろう」
「増援は今のところなさそうだね」
「そうだな」
黒ローブたちが裏路地に着地してローブを脱ぎ去ると一般市民の服装に身を包んだ人々となり、散り散りに歩き出して日常に紛れていった。
数分後、屋根の上に空間魔法を解いて姿を現したのは黒いフード付きのコートを纏い、白い鳥を肩に乗せた人物、ナハト。
彼は小さく笑い、顔の上半分を隠すその仮面を軽く直し、仮面の奥の瞳を細めた。
「さあて、狩られるネズミはどっちかな?」
☆
船頭は頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
このボートの船頭になって15年以上経つベテラン中のベテランであり、王家からも何度も依頼を受けるほどプロ中のプロとして誇りを持っている船頭でもあった。
そんな彼が今回、依頼を受けたのは教皇のエスコート役。
王家の人間も何度も船で運んでいるだけのことはあり、とても光栄な役をもらえたと喜んだものだった。
が、しかし。教皇と一緒に乗ったのは王家の誰かではなく、前にメイドの試験を受けに来た美女。一瞬、愛人なのかと思ったが、驚くべきことに親子だという。
とはいえ、血が繋がっていないらしく、そういう含みのことを言っていたのだが。
いや、普通に乗せる分ならいい。しかしながら、この親子ののほほんとした感じにげっそりとしていた。
新婚やラブラブカップルに丸一日、付き合わされてウィノンの街中を進ませ続けたことはあったのだが、ハートマークが振りまかれ、その鬱陶しさにげっそりと内心でしながら耐え抜いた経験がある彼からすれば序の口ではあったのだ。
だが、その親子が振りまくぽわぽわとしたお花だけならまだしも、その会話の内容は思わずツッコミを入れたくなるものもあり、プロなのに思わず茶々を入れてしまいそうになる自分に頭を抱えたくなっていた。
「まずは、美術館にお願いしまーす♪」
教皇のお花と共に飛んできた浮かれまくった言葉で吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、船頭はビジネススマイルを浮かべて舟をこぐのだった。
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