王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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姫様の専属侍女

ep3

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 アリシアはさっそく、侍女長の指示を受け、侍女長と共にマリアンヌの自室に足を踏み入れた。

 マリアンヌの傍にはアルテシアとネイラ、そして、二人の侍女がいて、そのうちの一人は太っているというには不自然に腹が膨らんでいるようだった。

 「ようこそ、アリシアさん。今回、うちのノーラがおめでたと、結婚の二つでお仕事をやめてしまうから、その引継ぎをしてもらいますわ」

 マリアンヌがそう言うと、不自然に腹が膨らんでいる方の侍女――ノーラが慌てて言った。

 「姫様、私たちで引継ぎを行うので大丈夫ですから!」

 「そう。でも、ノーラは妊婦なのだから、無理してはダメよ」

 「ありがとうございます、マリアンヌ様」

 マリアンヌは侍女長に下がっていいと示し、侍女長が優雅にお辞儀をして去っていった後にアリシアを見据えた。

 「本来は別の人が引き継ぐはずだったのだけど、王宮のメイドたちは貴族出身者も多いでしょう? すると、貴族の義務として政略結婚もある。で、その人がちょうど親の決めた結婚相手と結婚することになってしまって、引き継げなくなってしまったの」

 言葉を切った彼女は少し憂鬱そうな表情でノーラの方を見た。

 「貴族っていうのは厄介なものでね。結婚したらやめてしまうのよ。ごく稀に働いている人もいるけれど、社交界で着飾ったり、お茶会なんて面倒くさいけど重要な情報交換の場も行わなければならないし…女領主ならばまだしも、貴族の妻なんてなってしまったら、私からしたら面倒というほかないですわね」

 ノーラが頬を膨らませて反発した。

 「シーゼ君は貴族ではありますけど、専属には戻れないにせよ、侍女に戻ってもいいって言ってくれていますよ?」

 「そういうのが珍しいのよ。そもそも、シーゼは貴族だけど、護衛騎士の家系だから与えられた名誉号であって、昔っからの貴族とは違うのですわ」

 マリアンヌはひらひらと手を振った後、肩をすくめた。

 「違うことが悪いとは言わないけどね」

 さて、と手を打って立ち上がったマリアンヌがもう一人の侍女の方を振り返った。長い銀髪を後ろで結いあげ、琥珀色の瞳を細めたその侍女はぼんやりと天井を見ていたが、マリアンヌの視線を感じてゆっくりと振り返った。

 「あ、終わりました?」

 「ロシュ、相変わらずね」

 「姫様のためなら仕事はするけど、あたし、人に教えるのと人前に立つのはどうも苦手なの。――って、聖女様じゃないの」

 ロシュと呼ばれたその侍女はアリシアを観察するように見つめた。アリシアは少し戸惑いながらぺこりと頭を下げた。

 「は、はじめまして。アリシア・コーシカと申します。えと、一か月ほど前までは聖女と呼ばれていましたが、今は王宮メイドです」

 「ふーん、生真面目って感じ」

 ノーラが呆れたように言った。

 「ロシュさんほど不真面目な侍女の方が少ないと思いますよ?」

 「ま、確かに。こんな不真面目な先輩より、あんたと組んだ方が面倒ないだろうし」

 ノーラは困ったような顔をした後、アリシアを振り返った。

 「ロシュさんは口こそ悪いですけど、専属に選ばれるだけのことはあって、きちんと仕事はするんですよ? 時々いなくなることもありますけど、すぐに帰ってきますし」

 マリアンヌが何かを言おうと口を開いたが、ロシュは声を立てて笑い、アリシアに近づいてポンポンと彼女の肩を叩いた。

 「ま、あたしの仕事の分はきっちりとやるから、さ。でも、時々は一緒に仕事をしなくても許してよね? 適材適所って奴で」

 ノーラは肩をすくめる。

 「アリシアさん。辛いと思ったらきちんとマリアンヌ様か侍女長に相談してくださいね。ギュスターヴさん並みにフラフラとどこかに消える人ですから」

 「ノーラ、アレと一緒にしないでほしいわぁ。あんな板挟み野郎よりあたしはフリーだし、あたしの命は姫様のために捧げているから――ねぇ?」

 そう言ったロシュはなれなれしくマリアンヌに近づくと肩を抱いた。アルテシアが無言で剣の柄に手を掛けたのでロシュが慌てて離れる。

 「そんなにキレるんじゃないよ、アルテシア」

 「私はお前が嫌いでね。姫にベタベタ触るな」

 ノーラはのんびりとしているが、アリシアはかなりアタフタしながら二人のやり取りを見ていると、マリアンヌがパンパンッと手を打ち鳴らした。

 「はい、そこまで。アリシアさんが驚くでしょ」

 ロシュが不満そうに口を尖らせる。

 「じゃあ、こいつと一緒の場所に置かないでくださいよ」

 「仕方がないでしょ? 初日なのだから、アリシアさんに少しでも緊張しないように男性騎士は傍に置いていないのだから」

 「護衛騎士はいつも外じゃないですか」

 「外で喧嘩されるより、中の方が止めやすい。――っていうだけ。でも、そうね、アルテシア、ネイラ。いつも通りの配置でいいわ。中に呼んでごめんなさいね」

 二人が優雅にお辞儀をして出て行った。ロシュはつんとそっぽを向いており、アルテシアも少しムッとしたままだったが、マリアンヌがため息を漏らすと二人とも無表情になったのだが。

 アリシアを振り返ったロシュが不敵な笑みを浮かべた。

 「そんなに不安そうな顔をしなくたって大丈夫だって、新入りちゃん。あたしとあいつはちょっと馬が合わないけど、一緒に働く仲なんだ。仲良くやろうって」

 「はい、よろしくお願いします」

 緊張しながらぺこりとお辞儀をしたアリシアにロシュは楽しそうな笑みを向けた。

 「あ、しばらくあたしは辞めないから、安心して? 結婚する気もないし、行き遅れの27歳なんで」

 「え! 私と同じくらいの年なんですね! 同じくらいの年の人に初めて会いました!」

 嬉しそうに顔を綻ばせたアリシアに、ロシュはキョトンとした後、声を上げて笑い出した。ポンポンッと軽くアリシアの背を叩いて口元をにやけさせる。

 「驚くところ、そこ?」

 「はい、もちろんです。私の同期の子は16歳と18歳なんですよ? 私だけ25歳ですし…しかも、年下なのに二人の方が恋愛の経験も私より多いんです。私、恋したことすらなくて…」

 「恋の一つや二つは誰だって…いや、でも、聖女だったなら…そっか。『神のみを愛せよ』ってやつだったっけ」

 「はい。だから、私もきっと結婚できないと思うので、同じ専属侍女として長い付き合いになるとは思いますけど、よろしくお願いします!」

 ロシュがちょっと吹いた。

 「…悪くはないけど、ちょっとズレているね」

 「?」

 「いや、悪くないよ。よろしく、アリシア」

 「はい、ロシュさん」


 そんな二人の様子を見守りながらマリアンヌがホッと胸を撫で下ろした。

 「大丈夫そうでよかった」

 ノーラが振り返って微笑んだ。

 「相性なら心配ないですよ。ロシュさんも見た目は近寄りがたいですけど、明るくて素敵な人ですし、話してみたら楽しい人ですし」

 「…そ、そう、…ね」

 マリアンヌは教えるのが苦手だと言いながらも、割とノリノリで専属侍女のことについて説明を始めたロシュを見ながら、瞼を伏せた。


 「長続きすればいいのだけど」


 そう呟いて。

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