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翼の標
ep4
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アリシアはゆっくりと目を覚ますと、目の前でチョコチョコと白い鳥が枯草を焚火の中にくべているのが見えた。
「…ん、…」
寝ぼけ眼のまま目をこすってうーんと伸びをした時、アリシアに凭れるようにして眠っていた人物がゆっくりと傾いてきてアリシアの膝の上に頭を乗せる形で横たわった。
少し寒そうな長袖のワイシャツにグレーのジャケット、そしてスーツのズボンに編み上げの長靴を履いており、ジャケットの襟元には金バッジが付けられている。
そして、滑らかな短めの亜麻色の髪の毛のその人物は仮面を身につけていた。
アリシアはふと、自分にフード付きのコートが掛けられていることに気が付いてそれを慌てて彼にかけてやったのだが、彼は寒かったのかクシュンとくしゃみをした。
それでも彼はスヤスヤと穏やかに寝息を立てていた。
白い鳥――飛燕が振り返った。
「あ、おはよう。って、ナハトってばずーっと見張りで起きていたから、少しだけでいいから休ませてあげて。膝枕が嫌だったら退けちゃっていいから」
「えっと、はい…」
飛燕は大きく欠伸をした。
「さて、僕はちょっと狩りに行って朝食にできそうなものを採ってくるから、アリシアさんにナハトの面倒と見張りをお願いしてもいい?」
「はい」
こくんと頷いたアリシアに飛燕が嬉しそうな顔をした。
「ナハトも君が一緒にいてくれたらすごく安心すると思うんだ」
「そう、でしょうか…?」
「うん。だから、お願いしまーす」
飛燕の姿がブワッと一瞬で花びらに替わって散り、それが今度は収束して立派なオオカミの姿になった。
そして、素早く駆け出してあっという間に見えなくなっていった。
アリシアが困った顔でナハトを見おろした時、彼が寝返りを打ち、アリシアの腹の方に顔を向けた。
彼女はビクッと震えて慌てて彼の体の向きを何とか変えさせると、手がぶつかってしまったのだろう。仮面が外れて床に落ちた。
「あっ…」
カチャン、と小さな音が洞窟に響く。
そして、初めて見る彼の素顔を見た瞬間、アリシアは息をのんだ。
綺麗に整っているが、顔の左側、仮面に隠れていた部分に、鼻筋へと向かって焼け爛れた醜い傷があった。だが、すぐに治療しなかったのか、完全に痕になってしまっている。
アリシアが思わず左手を伸ばした時、その手がナハトの手に掴まれて動きを止めさせられた。
「あんたでも治せないよ」
視線を下ろすと、ナハトが目を開けてこちらを見ていた。その青い瞳に浮かぶのは深い憂い。
「何度も試したんだ。色々な治療法を、な」
体をゆっくりと起こして仮面を拾い上げ、それを身に着けた彼はコートを羽織いなおして目深にフードを被った。
「だが、ほとんど効果がなかった。が、唯一といえるほど効果が見込めたのはラクラの樹液だけだったというだけだ。これでもだいぶ良くなった方だからな…」
アリシアは今にも泣きそうな顔をしているので、ナハトが苦笑して背を向けた。
「怖い思いや不快な思いをさせたなら悪かった。色々な女が俺に寄ってきたが、どいつもこいつも、あの傷を見た瞬間にみんな逃げて行った。怖いとか、気持ち悪いとか言って…さ。酷い時なんて俺の素顔を見た瞬間に嘔吐なんてして、…そんなにも酷い傷なのかって思い知ったし。――だから、その…」
言葉を選んでいる彼の背中にアリシアがこつんと額を押し付けた。
「痛くないんですか?」
「え?」
ナハトが驚いて振り返ると、アリシアが泣きそうな顔で顔を上げながらナハトのコートを掴み、口元をへの字にゆがめていた。
「あんなにひどい傷なのに、誰も治してくださらなかったんですか?」
その言葉を聞いてナハトが瞬いたが、アリシアの頬をむにょんとつまんでプフッと吹いた。
「ふぁひふひゅんふぇふは(何するんですか)」
「…てっきり逃げられると思っていたんだが、あんたは変わっているな?」
彼が手を離すとアリシアはリスのように頬を膨らませた。
「どういう意味ですか」
「いや、いい意味で、だ。――ますます欲しくなったよ」
サラリとそんなことを言ったので、アリシアは驚いたように目を見開き、勢いよく後ずさって距離を取った。
「な、なにを言っているんですか!?」
ナハトはクスクスと楽しそうに笑うと、アリシアは口を尖らせる。
「からかったんですか!?」
「さあ、どうだと思う?」
ナハトが楽しそうに笑っていると、飛燕が角の生えた小型で草食なウサギの魔物である角ウサギを二匹ほど咥えてちょうど戻ってきた。
「ただいまー。ナハトは起きて大丈夫なの?」
「ああ」
満足そうな相棒の様子に、飛燕はウサギを地面に置き、元の小鳥の姿に戻ってホッとしたように頭に降り立つ。
「いいことでもあった?」
「さあ?」
はぐらかす相棒を見て、顔を真っ赤にして拗ねたようにそっぽを向いているアリシアの様子を見ながら飛燕も楽しそうに声を弾ませた。
「そういえば、ラクラの真新しい足跡を見つけたんだ。ご飯を食べたら出発するよ」
アリシアが機嫌を取り戻して目を輝かせたので、飛燕はやれやれと頭を振り、そして相棒にそっと耳打ちした。
「――あんまり期待しちゃだめだよ、ナハト」
「素顔、見られた」
小声でそんなことを返した彼に驚いて飛燕が尋ねた。
「え、本当に?」
「本当に」
今まで以上に楽しそうなナハトの声を聞いて飛燕が呆れていると、ナハトは機嫌よさそうにウサギ二匹を持ち上げ、アリシアの目の届かないところに移動した。そして、飛燕を一振りの剣に変えて握り、それを振るって素早くウサギの解体を済ませる。
瞬きするほどの刹那で肉塊と腸、そして、骨と皮に分かれた。
食べられない部分はすべて魔法で焼却し、肉を綺麗に拭った枝に差し、焚火で焼く。
「さて、焼けたらさっさと食べて痕跡を追うとするか」
アリシアはナハトと距離を置きながらも、その言葉にはこくんと頷いた。
「…ん、…」
寝ぼけ眼のまま目をこすってうーんと伸びをした時、アリシアに凭れるようにして眠っていた人物がゆっくりと傾いてきてアリシアの膝の上に頭を乗せる形で横たわった。
少し寒そうな長袖のワイシャツにグレーのジャケット、そしてスーツのズボンに編み上げの長靴を履いており、ジャケットの襟元には金バッジが付けられている。
そして、滑らかな短めの亜麻色の髪の毛のその人物は仮面を身につけていた。
アリシアはふと、自分にフード付きのコートが掛けられていることに気が付いてそれを慌てて彼にかけてやったのだが、彼は寒かったのかクシュンとくしゃみをした。
それでも彼はスヤスヤと穏やかに寝息を立てていた。
白い鳥――飛燕が振り返った。
「あ、おはよう。って、ナハトってばずーっと見張りで起きていたから、少しだけでいいから休ませてあげて。膝枕が嫌だったら退けちゃっていいから」
「えっと、はい…」
飛燕は大きく欠伸をした。
「さて、僕はちょっと狩りに行って朝食にできそうなものを採ってくるから、アリシアさんにナハトの面倒と見張りをお願いしてもいい?」
「はい」
こくんと頷いたアリシアに飛燕が嬉しそうな顔をした。
「ナハトも君が一緒にいてくれたらすごく安心すると思うんだ」
「そう、でしょうか…?」
「うん。だから、お願いしまーす」
飛燕の姿がブワッと一瞬で花びらに替わって散り、それが今度は収束して立派なオオカミの姿になった。
そして、素早く駆け出してあっという間に見えなくなっていった。
アリシアが困った顔でナハトを見おろした時、彼が寝返りを打ち、アリシアの腹の方に顔を向けた。
彼女はビクッと震えて慌てて彼の体の向きを何とか変えさせると、手がぶつかってしまったのだろう。仮面が外れて床に落ちた。
「あっ…」
カチャン、と小さな音が洞窟に響く。
そして、初めて見る彼の素顔を見た瞬間、アリシアは息をのんだ。
綺麗に整っているが、顔の左側、仮面に隠れていた部分に、鼻筋へと向かって焼け爛れた醜い傷があった。だが、すぐに治療しなかったのか、完全に痕になってしまっている。
アリシアが思わず左手を伸ばした時、その手がナハトの手に掴まれて動きを止めさせられた。
「あんたでも治せないよ」
視線を下ろすと、ナハトが目を開けてこちらを見ていた。その青い瞳に浮かぶのは深い憂い。
「何度も試したんだ。色々な治療法を、な」
体をゆっくりと起こして仮面を拾い上げ、それを身に着けた彼はコートを羽織いなおして目深にフードを被った。
「だが、ほとんど効果がなかった。が、唯一といえるほど効果が見込めたのはラクラの樹液だけだったというだけだ。これでもだいぶ良くなった方だからな…」
アリシアは今にも泣きそうな顔をしているので、ナハトが苦笑して背を向けた。
「怖い思いや不快な思いをさせたなら悪かった。色々な女が俺に寄ってきたが、どいつもこいつも、あの傷を見た瞬間にみんな逃げて行った。怖いとか、気持ち悪いとか言って…さ。酷い時なんて俺の素顔を見た瞬間に嘔吐なんてして、…そんなにも酷い傷なのかって思い知ったし。――だから、その…」
言葉を選んでいる彼の背中にアリシアがこつんと額を押し付けた。
「痛くないんですか?」
「え?」
ナハトが驚いて振り返ると、アリシアが泣きそうな顔で顔を上げながらナハトのコートを掴み、口元をへの字にゆがめていた。
「あんなにひどい傷なのに、誰も治してくださらなかったんですか?」
その言葉を聞いてナハトが瞬いたが、アリシアの頬をむにょんとつまんでプフッと吹いた。
「ふぁひふひゅんふぇふは(何するんですか)」
「…てっきり逃げられると思っていたんだが、あんたは変わっているな?」
彼が手を離すとアリシアはリスのように頬を膨らませた。
「どういう意味ですか」
「いや、いい意味で、だ。――ますます欲しくなったよ」
サラリとそんなことを言ったので、アリシアは驚いたように目を見開き、勢いよく後ずさって距離を取った。
「な、なにを言っているんですか!?」
ナハトはクスクスと楽しそうに笑うと、アリシアは口を尖らせる。
「からかったんですか!?」
「さあ、どうだと思う?」
ナハトが楽しそうに笑っていると、飛燕が角の生えた小型で草食なウサギの魔物である角ウサギを二匹ほど咥えてちょうど戻ってきた。
「ただいまー。ナハトは起きて大丈夫なの?」
「ああ」
満足そうな相棒の様子に、飛燕はウサギを地面に置き、元の小鳥の姿に戻ってホッとしたように頭に降り立つ。
「いいことでもあった?」
「さあ?」
はぐらかす相棒を見て、顔を真っ赤にして拗ねたようにそっぽを向いているアリシアの様子を見ながら飛燕も楽しそうに声を弾ませた。
「そういえば、ラクラの真新しい足跡を見つけたんだ。ご飯を食べたら出発するよ」
アリシアが機嫌を取り戻して目を輝かせたので、飛燕はやれやれと頭を振り、そして相棒にそっと耳打ちした。
「――あんまり期待しちゃだめだよ、ナハト」
「素顔、見られた」
小声でそんなことを返した彼に驚いて飛燕が尋ねた。
「え、本当に?」
「本当に」
今まで以上に楽しそうなナハトの声を聞いて飛燕が呆れていると、ナハトは機嫌よさそうにウサギ二匹を持ち上げ、アリシアの目の届かないところに移動した。そして、飛燕を一振りの剣に変えて握り、それを振るって素早くウサギの解体を済ませる。
瞬きするほどの刹那で肉塊と腸、そして、骨と皮に分かれた。
食べられない部分はすべて魔法で焼却し、肉を綺麗に拭った枝に差し、焚火で焼く。
「さて、焼けたらさっさと食べて痕跡を追うとするか」
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