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翼の標
ep6
しおりを挟む「姐すわあああぁぁぁぁん!」
ルピルは半ばはしゃぎながら厩から駆け出してアリシアに駆け寄り、アリシアの周りをクルクルと回った。
「ルピル!」
「姐さんのラクラの花のおかげで超絶元気になりました! 姐さん、ありがとうっす!」
アリシアは嬉しそうにブンブンと尻尾を振り回し、ハートマークを飛び散らせているルピルの勢いに押されつつものほほんと笑った。
「ルピルが元気になってよかったです」
「姐さんの優しさと労わりのおかげです」
デレデレとしているルピルにアリシアはフフッと笑った時、ルピルが心配そうな顔をした。
「そういやぁ、姐さん。ギュスターヴの野郎に何かされていないですか?」
「ギュスターヴさん? …いえ、そういえば会っていないです。王宮には戻っていると聞きましたが、風邪を引いて少し休んでいたとか…」
「姐さん一人でラクラを見つけたんですか!」
「一人というわけじゃあ…」
アリシアが視線をそらした直後、脳裏にナハトの小さな笑みと、触れるだけのキスをした時のことがよぎり、そしてあたたかな感触を思い出してボンッと耳まで赤くなった。
「…ッ!」
「え、姐さん?」
「い、いえ、…何でもないんです…」
アリシアは頬を紅潮させたままそう言うと、ルピルが瞬いた。
「いやいやいや! 姐さん、ちょっと様子がおかしいですよ!? 誰っすか、姐さんに手を出した愚か者は? どんな馬の骨が姐さんを口説くという愚かなことをしたのか思い知らせて、諦めさせてやりますよ!」
「…ルピル。し、心配してくれるのは嬉しいですけど…からかわれただけですし、気にしなくてもいいんですから」
「姐さんをからかって、そしてこんな顔をさせるなんて…」
ギギギギギ…と歯を食いしばって歯ぎしりしているルピルにアリシアは曖昧に笑ってみせた。
「ルピル。心配してくれるのは嬉しいですけど、…御遣い様を相手取るのは厳しいんじゃないですか?」
「御遣い様? え、シリウス様ですか?」
「それを聞いたらシリウス様、怒ると思いますよ。――ほら、もう一匹の聖龍様の方ですよ」
ルピルがものすごく悔しそうな、それでいて某名画のごとく絶望しているような、変顔をして歯ぎしりをした。
それを見て、アリシアは思わず笑いそうになってしまい、慌てて口元に手を当ててそっぽを向き、視線をそらしながら笑いをこらえる。
「ルピル…変な顔になっています」
ルピルはアリシアから少し離れた場所で右往左往しながら葛藤を見せていたが、意を決したように宣言した。
「よし、決めました。いくら御遣い様でも、遊びで姐さんに迫っていたら、俺様が姐さんのために全力で戦いますよ!!」
その直後、ルピルの足元に突如として魔法陣が広がった。
「る、ルピル!?」
「はっ! こ、これは…召か――」
すべてを言い終える前に魔法陣の光が強くなり、ルピルの姿が一瞬で消えた。
「新聖女様がルピルを…」
呆けたようにそう呟いたアリシアは少し寂しそうな顔をした。
「…ルピル」
☆
ルピルが魔法によって召喚され、ぱちくりと瞬きをするとギターを剣のように握りながら突っ込んでくる修道服姿の女が目に映った。
「先手必勝! 海より深く沈め!」
その叫びがこだまし、ルピルの脳天にギターが叩きつけられて視界に星が散った。
「試練って勝てばいいのよね?」
その女がそんなことを言うと、教皇の呆れ声がした。
「バトルロワイヤルではないのだから、今のは卑怯すぎるし、証を与える資格を認められるものじゃない」
「試練で戦うのでしょう? こっちは命がかかっているの。あっちはヒットポイントがゼロになったら帰ればいいかもしれないけど、こっちは死んだら終わり。なら、多少の卑怯にも目を瞑ってもらわないと」
「卑怯に勝ったとして、必ず証を与えられるというわけではない」
「あんたの娘もこれを受けたんでしょ?」
すると、教皇が泣きそうな顔をした。
「そうだね。必ず、私が公務に出ていて、スグには帰れない日付を選んで執行されて。司祭には絶対に受けさせないでってお願いしたのに、帰ったらボロボロになりながらあの子がダブルピースをして星獣を従えているんだから吃驚だよ。しかも、私の印鑑が勝手に持ち出されていて、勝手に受理をされているし…ホント辛かった」
ルピルが目を回して倒れている間にそんなやりとりがなされていた。が、その時間のおかげで次第にルピルも回復してきた。
「し、新聖女よ…き、貴殿に…証を与える…条件……が、ある」
「条件?」
彼女が振り返ったので、ルピルはヒクヒクと体を震わせながら言った。
「私が自由に出歩いても…咎めないなら、……必要な時だけ、手を……貸そう」
「は? 別に好きに出歩けばいいじゃない?」
「…マジか」
ルピルが勢いよくガバッと起き上がり、ギターの弦が振動でビイィンと音を立てた。
「で、では、好きに出歩いてもいいんだな? で、出かけて連れ帰されるたびに魔力を消費するけど、いいのだな?」
「いざってときは呼べば力を貸してくれるんでしょ? 何事もギブアンドテイク。人によっては等価交換っていうんだっけ? …ってこの教皇のオッサンから聞かされたというか、教えつけられたって言うか」
教皇が顔をひきつらせた。
「セナ嬢、次はルピルにしたみたいな手なんて通用しないんだから、もっと学ぶこと。――いいね?」
「…怒った?」
「いや、実際オッサンだからね」
「ゴメンナサイ…」
そんな会話を聞きながらルピルは勢いよく魔法を発動し、足元に魔法陣が現れる。
「ひゃっほーい、姐さん、スグに会いに行きまーす!!」
ルピルの姿が消え、残されたギターが地面に落ちて酷く大きな音を立て、一拍遅れて弦はベイーンと音を立てた。
セナは戸惑ったような顔をしていたが、教皇が肩をすくめた。
「精霊が聞き届けたから約束を違えることはないよ。さあ、次の試練に取り掛かる前に今みたいな強化魔法の応用から始めよう」
「…え、まだやるの!? 魔力を使いすぎて気持ち悪いんだけど…」
「ルピルの角でギターに空いた穴、直してあげると言ったら?」
「やるわ」
「よろしい」
教皇は大きな穴が開いているギターを拾って気合の入った声を出したセナに、思わず笑いそうになりながら大きく頷いた。
☆
ルピルはすぐさま帰ってくると、アリシアの周りを駆け回った。
「姐さん、ただいま帰りました!」
「え!?」
アリシアは驚いたように目を丸くした。彼女が嬉しそうな顔をしたことでルピルも嬉しくてニッコリと笑った直後、喉元に剣を突き付けられた。
「おい、馬。てめぇ、姫の部屋に土足で踏み込んでもいいと思ってんのか、コルァ?」
ロシュの凄んだ声と、ちょっと驚きながらも、なんとなく楽しそうなマリアンヌのクスッという笑い声を聞きながら、今は仕事中であるということを思い出した。
「うわああ! 姐さん、すんません!!」
部屋にノックと共に飛び込んできたギュスターヴとグレイズがズリズリと引きずるようにしてルピルを部屋の外に追い出すと、ルピルは反省したように何度も頭を下げたが、そのたびにギュスターヴに角先が突きつけられる格好になったため、彼に嫌そうな顔をされた。
そして、厩行きになったわけだが、ルピルはアリシアの傍にいてもいいという約束を取り付けたために、その夜は安眠だったそうな。
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