王宮メイドは元聖女

夜風 りん

文字の大きさ
55 / 59
翼の標

ep6

しおりを挟む

 「姐すわあああぁぁぁぁん!」


 ルピルは半ばはしゃぎながら厩から駆け出してアリシアに駆け寄り、アリシアの周りをクルクルと回った。

 「ルピル!」

 「姐さんのラクラの花のおかげで超絶元気になりました! 姐さん、ありがとうっす!」

 アリシアは嬉しそうにブンブンと尻尾を振り回し、ハートマークを飛び散らせているルピルの勢いに押されつつものほほんと笑った。

 「ルピルが元気になってよかったです」

 「姐さんの優しさと労わりのおかげです」

 デレデレとしているルピルにアリシアはフフッと笑った時、ルピルが心配そうな顔をした。

 「そういやぁ、姐さん。ギュスターヴの野郎に何かされていないですか?」

 「ギュスターヴさん? …いえ、そういえば会っていないです。王宮には戻っていると聞きましたが、風邪を引いて少し休んでいたとか…」

 「姐さん一人でラクラを見つけたんですか!」

 「一人というわけじゃあ…」

 アリシアが視線をそらした直後、脳裏にナハトの小さな笑みと、触れるだけのキスをした時のことがよぎり、そしてあたたかな感触を思い出してボンッと耳まで赤くなった。

 「…ッ!」

 「え、姐さん?」

 「い、いえ、…何でもないんです…」

 アリシアは頬を紅潮させたままそう言うと、ルピルが瞬いた。

 「いやいやいや! 姐さん、ちょっと様子がおかしいですよ!? 誰っすか、姐さんに手を出した愚か者は? どんな馬の骨が姐さんを口説くという愚かなことをしたのか思い知らせて、諦めさせてやりますよ!」

 「…ルピル。し、心配してくれるのは嬉しいですけど…からかわれただけですし、気にしなくてもいいんですから」

 「姐さんをからかって、そしてこんな顔をさせるなんて…」

 ギギギギギ…と歯を食いしばって歯ぎしりしているルピルにアリシアは曖昧に笑ってみせた。

 「ルピル。心配してくれるのは嬉しいですけど、…御遣い様を相手取るのは厳しいんじゃないですか?」

 「御遣い様? え、シリウス様ですか?」

 「それを聞いたらシリウス様、怒ると思いますよ。――ほら、もう一匹の聖龍様の方ですよ」

 ルピルがものすごく悔しそうな、それでいて某名画のごとく絶望しているような、変顔をして歯ぎしりをした。
 それを見て、アリシアは思わず笑いそうになってしまい、慌てて口元に手を当ててそっぽを向き、視線をそらしながら笑いをこらえる。

 「ルピル…変な顔になっています」

 ルピルはアリシアから少し離れた場所で右往左往しながら葛藤を見せていたが、意を決したように宣言した。


 「よし、決めました。いくら御遣い様でも、遊びで姐さんに迫っていたら、俺様が姐さんのために全力で戦いますよ!!」


 その直後、ルピルの足元に突如として魔法陣が広がった。

 「る、ルピル!?」

 「はっ! こ、これは…召か――」

 すべてを言い終える前に魔法陣の光が強くなり、ルピルの姿が一瞬で消えた。


 「新聖女様がルピルを…」


 呆けたようにそう呟いたアリシアは少し寂しそうな顔をした。

 「…ルピル」



     ☆



 ルピルが魔法によって召喚され、ぱちくりと瞬きをするとギターを剣のように握りながら突っ込んでくる修道服姿の女が目に映った。


 「先手必勝! 海より深く沈め!」


 その叫びがこだまし、ルピルの脳天にギターが叩きつけられて視界に星が散った。

 「試練って勝てばいいのよね?」

 その女がそんなことを言うと、教皇の呆れ声がした。

 「バトルロワイヤルではないのだから、今のは卑怯すぎるし、証を与える資格を認められるものじゃない」

 「試練で戦うのでしょう? こっちは命がかかっているの。あっちはヒットポイントがゼロになったら帰ればいいかもしれないけど、こっちは死んだら終わり。なら、多少の卑怯にも目を瞑ってもらわないと」

 「卑怯に勝ったとして、必ず証を与えられるというわけではない」

 「あんたの娘もこれを受けたんでしょ?」

 すると、教皇が泣きそうな顔をした。

 「そうだね。必ず、私が公務に出ていて、スグには帰れない日付を選んで執行されて。司祭には絶対に受けさせないでってお願いしたのに、帰ったらボロボロになりながらあの子がダブルピースをして星獣を従えているんだから吃驚だよ。しかも、私の印鑑が勝手に持ち出されていて、勝手に受理をされているし…ホント辛かった」

 ルピルが目を回して倒れている間にそんなやりとりがなされていた。が、その時間のおかげで次第にルピルも回復してきた。


 「し、新聖女よ…き、貴殿に…証を与える…条件……が、ある」


 「条件?」

 彼女が振り返ったので、ルピルはヒクヒクと体を震わせながら言った。

 「私が自由に出歩いても…咎めないなら、……必要な時だけ、手を……貸そう」

 「は? 別に好きに出歩けばいいじゃない?」

 「…マジか」

 ルピルが勢いよくガバッと起き上がり、ギターの弦が振動でビイィンと音を立てた。


 「で、では、好きに出歩いてもいいんだな? で、出かけて連れ帰されるたびに魔力を消費するけど、いいのだな?」


 「いざってときは呼べば力を貸してくれるんでしょ? 何事もギブアンドテイク。人によっては等価交換っていうんだっけ? …ってこの教皇のオッサンから聞かされたというか、教えつけられたって言うか」

 教皇が顔をひきつらせた。

 「セナ嬢、次はルピルにしたみたいな手なんて通用しないんだから、もっと学ぶこと。――いいね?」

 「…怒った?」

 「いや、実際オッサンだからね」

 「ゴメンナサイ…」

 そんな会話を聞きながらルピルは勢いよく魔法を発動し、足元に魔法陣が現れる。


 「ひゃっほーい、姐さん、スグに会いに行きまーす!!」


 ルピルの姿が消え、残されたギターが地面に落ちて酷く大きな音を立て、一拍遅れて弦はベイーンと音を立てた。
 セナは戸惑ったような顔をしていたが、教皇が肩をすくめた。

 「精霊が聞き届けたから約束を違えることはないよ。さあ、次の試練に取り掛かる前に今みたいな強化魔法の応用から始めよう」

 「…え、まだやるの!? 魔力を使いすぎて気持ち悪いんだけど…」

 「ルピルの角でギターに空いた穴、直してあげると言ったら?」

 「やるわ」

 「よろしい」

 教皇は大きな穴が開いているギターを拾って気合の入った声を出したセナに、思わず笑いそうになりながら大きく頷いた。



     ☆



 ルピルはすぐさま帰ってくると、アリシアの周りを駆け回った。

 「姐さん、ただいま帰りました!」

 「え!?」

 アリシアは驚いたように目を丸くした。彼女が嬉しそうな顔をしたことでルピルも嬉しくてニッコリと笑った直後、喉元に剣を突き付けられた。


 「おい、馬。てめぇ、姫の部屋に土足で踏み込んでもいいと思ってんのか、コルァ?」


 ロシュの凄んだ声と、ちょっと驚きながらも、なんとなく楽しそうなマリアンヌのクスッという笑い声を聞きながら、今は仕事中であるということを思い出した。

 「うわああ! 姐さん、すんません!!」

 部屋にノックと共に飛び込んできたギュスターヴとグレイズがズリズリと引きずるようにしてルピルを部屋の外に追い出すと、ルピルは反省したように何度も頭を下げたが、そのたびにギュスターヴに角先が突きつけられる格好になったため、彼に嫌そうな顔をされた。

 そして、厩行きになったわけだが、ルピルはアリシアの傍にいてもいいという約束を取り付けたために、その夜は安眠だったそうな。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...