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初めてのお出かけに。
ep1
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アリシアは教会でお祈りを終え、掃除に取り掛かろうとした時、ドアが開いたので振り返るとハインツがちょうど入ってきたところであり、彼は一瞬だけ驚いた顔をした。
「おや、アリシアさん」
ハインツはいつもの警備の時の真面目な顔とも、そして、マリアンヌの前で見せるヘラリと笑った軽い感じとも違い、少し物憂げな顔をしていた。
アリシアは穏やかに微笑み、優しく問いかける。
「私でよければご相談をお受けいたしますが、何かお困りですか?」
「さすが元聖女さん、って感じですね。何でも話したくなる感じです」
ハインツはニッコリと人のいい笑みを浮かべると、ゆっくりと跪いた。
「懺悔します」
アリシアに向かって頭を垂れながら手を握り合わせて彼は祈るような仕草をした。
「俺は結局、駄犬でしかありませんでした。姫さんに笑ってほしいのに、その笑顔が本物の笑顔じゃなくなったのに、何もできないんです。前なら嬉しそうに笑ってくれたことも、今じゃあ微笑で流されて…俺は…」
言葉を詰まらせた彼にアリシアは優しく声を掛けた。
「ゆっくりでいいんです。無理に懺悔する必要はありません。――ただ、あなたの胸の奥に抱えるものが少しでも軽くなりますよう、分かち合うための場が懺悔なのですから」
ハインツがニッコリと笑って、目元をこすった。
「…俺は結局、勇気がないんです。姫さんを守る伝説上の騎士みたいに格好良く守りたいのに、どうも空回りしてばかりだ」
アリシアは目を伏せた。
「あなたの行く先に幸多からんことを」
そう告げると、信者によく施したように元聖女の顔で額にキスを落とした。
ハインツは一瞬、驚いた顔をしたがのんびりと笑った直後、背筋が凍るほどの殺意を感じて身動きを止めた。そこにはフードを目深にかぶった男が佇んでおり、頭の上に白い鳥が乗っている。
アリシアは聖女だった頃のトーンのまま優しく尋ねた。
「あなたも懺悔を行いますか?」
しかし、その男――ナハトは立ち上がったハインツを避けさせてアリシアの前に行き、ハインツと同じように懺悔のポーズをとった。
「…懺悔します。俺はこの駄犬にアリスを取られた気がして猛烈に妬いてしまいました」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出したアリシアにナハトは続ける。
「こんなにもアプローチを掛けているのに、からかっているの一言で片づけるなら、こちらにも考えがある」
もはや懺悔になっていないトーンで彼はそう言い、立ち上がってアリシアの腰に手を回し、しっかりとホールドしながら顔を近づけた。
温い息がかかるほどの距離で彼は告げる。
「どこかで、デートに行こう」
ちょっと噛んだが、アリシアの思考を吹っ飛ばすには十分すぎる言葉だった。
ハインツが呆れたように尋ねる。
「シリウス様に見つかったら、あんたは怒られるんじゃないか?」
「別に。青には約束を取り付けてきた」
みるみるうちに真っ赤になって頭からシュワシュワと湯気が立ち込めている彼女をベンチに座らせながら、ナハトは不敵な笑みを浮かべてハインツを見やる。
「縄張り争い目的じゃないなら、全力でバックアップしてくれるそうだ」
「シリウス様が、ねぇ」
ハインツが苦い顔をすると、ナハトはニヤリと笑った。
「俺はアリスにわからせてやらないといけないからな」
「…アリシアさんに、ねぇ…」
ぼんやりとベンチに腰掛けているアリシアをみながら、ハインツがやれやれと首を横に振った。
「本当にからかっているなら、全力で潰してこいってお達しがあったが、必要なさそうかもしれないな…」
ナハトが楽しそうな顔でアリシアの手に何かのメモを握らせ、耳元で何かを囁いてから立ち去っていくのを見送ったハインツはそう呟いた。
「おや、アリシアさん」
ハインツはいつもの警備の時の真面目な顔とも、そして、マリアンヌの前で見せるヘラリと笑った軽い感じとも違い、少し物憂げな顔をしていた。
アリシアは穏やかに微笑み、優しく問いかける。
「私でよければご相談をお受けいたしますが、何かお困りですか?」
「さすが元聖女さん、って感じですね。何でも話したくなる感じです」
ハインツはニッコリと人のいい笑みを浮かべると、ゆっくりと跪いた。
「懺悔します」
アリシアに向かって頭を垂れながら手を握り合わせて彼は祈るような仕草をした。
「俺は結局、駄犬でしかありませんでした。姫さんに笑ってほしいのに、その笑顔が本物の笑顔じゃなくなったのに、何もできないんです。前なら嬉しそうに笑ってくれたことも、今じゃあ微笑で流されて…俺は…」
言葉を詰まらせた彼にアリシアは優しく声を掛けた。
「ゆっくりでいいんです。無理に懺悔する必要はありません。――ただ、あなたの胸の奥に抱えるものが少しでも軽くなりますよう、分かち合うための場が懺悔なのですから」
ハインツがニッコリと笑って、目元をこすった。
「…俺は結局、勇気がないんです。姫さんを守る伝説上の騎士みたいに格好良く守りたいのに、どうも空回りしてばかりだ」
アリシアは目を伏せた。
「あなたの行く先に幸多からんことを」
そう告げると、信者によく施したように元聖女の顔で額にキスを落とした。
ハインツは一瞬、驚いた顔をしたがのんびりと笑った直後、背筋が凍るほどの殺意を感じて身動きを止めた。そこにはフードを目深にかぶった男が佇んでおり、頭の上に白い鳥が乗っている。
アリシアは聖女だった頃のトーンのまま優しく尋ねた。
「あなたも懺悔を行いますか?」
しかし、その男――ナハトは立ち上がったハインツを避けさせてアリシアの前に行き、ハインツと同じように懺悔のポーズをとった。
「…懺悔します。俺はこの駄犬にアリスを取られた気がして猛烈に妬いてしまいました」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出したアリシアにナハトは続ける。
「こんなにもアプローチを掛けているのに、からかっているの一言で片づけるなら、こちらにも考えがある」
もはや懺悔になっていないトーンで彼はそう言い、立ち上がってアリシアの腰に手を回し、しっかりとホールドしながら顔を近づけた。
温い息がかかるほどの距離で彼は告げる。
「どこかで、デートに行こう」
ちょっと噛んだが、アリシアの思考を吹っ飛ばすには十分すぎる言葉だった。
ハインツが呆れたように尋ねる。
「シリウス様に見つかったら、あんたは怒られるんじゃないか?」
「別に。青には約束を取り付けてきた」
みるみるうちに真っ赤になって頭からシュワシュワと湯気が立ち込めている彼女をベンチに座らせながら、ナハトは不敵な笑みを浮かべてハインツを見やる。
「縄張り争い目的じゃないなら、全力でバックアップしてくれるそうだ」
「シリウス様が、ねぇ」
ハインツが苦い顔をすると、ナハトはニヤリと笑った。
「俺はアリスにわからせてやらないといけないからな」
「…アリシアさんに、ねぇ…」
ぼんやりとベンチに腰掛けているアリシアをみながら、ハインツがやれやれと首を横に振った。
「本当にからかっているなら、全力で潰してこいってお達しがあったが、必要なさそうかもしれないな…」
ナハトが楽しそうな顔でアリシアの手に何かのメモを握らせ、耳元で何かを囁いてから立ち去っていくのを見送ったハインツはそう呟いた。
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