王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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初めてのお出かけに。

ep2

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 アリシアは大聖堂の中でちょこんとベンチに腰掛けてステンドグラスを見上げていた。

 今日は髪の毛を下ろしており、そして、いつものメイド服ではなく、シンプルな膝丈までの黒いタートルネックのワンピースにグレーのカーディガン、そして、腰に白いベルトを巻き、足元はワインレッドのタイツに小さなリボンの飾りがついた黒いパンプスと言ったスタイルをしていた。
 肩から下げるタイプの白い小さな鞄を隣に置き、落ち着かなさそうに視線を泳がせる。

 そんなアリシアの横にナハトがいつもの黒いコート姿ではなく、少しラフな色付きのシャツにジャケット、そしてチノパンといったスタイルで腰かけた。仮面ではなく、包帯を巻いている。

 「約束通り私服で来てくれたのか」

 嬉しそうに声を弾ませたナハトに耳まで赤くなりながらアリシアが視線を泳がせて小さく頷いた。
 ナハトは身を乗り出して優しく耳元で囁いた。

 「似合っているよ」

 さらに真っ赤になってシュワシュワと湯気を上げているアリシアの思考が停止している中、ナハトはいつになく甘い笑みを浮かべ、アリシアの手を取って立ち上がらせた。

 「もしかして惚れてくれたのか?」

 そう尋ねたナハトにアリシアはハッとして我に返り、口を尖らせた。

 「そ、そ、そんなわけがありません!」

 そう言いながらも声が震えてしまっていたが、ナハトはケラケラと笑うだけだった。艶っぽい笑みを浮かべてアリシアを見つめた彼はそっと顎を持ち上げ、目線を合わせる。
 それだけで思考が再び吹っ飛びかけるアリシアに彼は優しく言った。


 「まあ、気長にあんたをオトすとしようか」


 アリシアの思考が再び飛んだが、彼は気にすることなくアリシアを少しだけ休ませてから歩けるようになったところで手を差し伸べる。

 「ほら、行こうか」

 「…ッ!」

 アリシアは視線を泳がせて耳まで赤いままに躊躇ったような表情を浮かべたが、慎重な手つきで手を差し伸べ、ナハトの手に自らの手を重ねた。
 彼が包み込むようにその手を握り、指を絡めるような手のつなぎ方をした。

 茫然としながらもちゃんと歩けているアリシアと一緒に歩きながら、ナハトは口元を綻ばせた。
 だが、不意に視線を感じて一瞬だけ顔を引き締める。


 (尾行が3組。…か。…面倒なことになったな)



     ☆



 「ハインツ、ハインツってば!」

 マリアンヌが押し殺した興奮したような声で護衛として呼びつけた騎士を呼んだ。

 「…はいはい、何ですか?」

 「ちょっと冷たいわよ、ハインツ」

 二人とも目立たないように変装をして、いかにも町民らしいスタイルで歩いているが、声を押し殺して会話をしていた。

 「…悪趣味という他に言葉がないですよ、姫さん。専属メイドのデートの尾行だなんて」

 「悪趣味って何よ。悪趣味って。そういうあなたもノリノリだったじゃない?」

 「いや、姫さんと出かけるのが嬉しかっただけで…」

 「ご主人様とお散歩、ひゃっほーい…って犬のノリじゃないの…」

 呆れ顔をしたマリアンヌにハインツは拗ねたように口を尖らせた。

 「そんなことは言っていませんよ」

 マリアンヌが頬を膨らませてそっぽを向いた時、アリシアとナハトがすでに角を曲がってしまっていたのに、彼女はまだ拗ねているので宥めようかと思った。
 が、思いとどまってのんびりと散策を楽しむことに決めた。

 (来月には姫さんの縁談の件で向こうが来るって話だ。縁談が進めば今までみたいに騎士を一人だけ連れてデートごっこみたいな真似も許されなくなる。――なら、今だけは楽しく散策しないともったいないな)

 そう決めた彼はマリアンヌをなだめるように言った。

 「せっかく城下町に来たのですし、ちょっと休憩していきませんか? ほら、あそこのドリンクバー。春の新作ですって」

 「え、ホントですの!?」

 思わず身を乗り出したマリアンヌはハインツの生暖かい視線に気が付いてコホンと咳ばらいをするものの、ドリンクバーの方に視線が向いてしまっていた。

 「ちょ、ちょっと疲れましたし、休憩しましょうか。あれだけ目立つ二人ですもの。きっとすぐに見つけられますわよ」

 ハインツは頷いた。


 (このまま目的を忘れそうな気がするけど、姫さんが楽しそうだし、いいか…)


 尾行組はこうして一組、自然消滅した。

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