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第2章 商会の設立

22.【商品開発2 早とちり】

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 ミッシェルさんに言われた通り、アナベーラ商会から来てくれた従業員に店の運用方法、リバーシの販売方法を伝える。もともと商会で働いていた人達だ。リバーシについてと店の設備について軽く説明しただけで、問題なく運用してもらえるようになった。

 これなら追加の従業員さえ来てくれれば、店の運用は問題ないだろう。俺はユリを呼んでチェスの開発用の説明図を描いてもらう依頼をする。

「フィリス工房にチェスの開発を依頼する。そのため駒の絵を描いてほしいんだ」

 そう言って父さん達に説明するときに見せた絵をユリに見せる。ユリは俺が見せたナイトの絵を見て一言。

「――何これ? カエル?」
「え、いや…………『ナイト』って言って騎士様の馬をモチーフにした駒だよ」
「……お兄ちゃん、騎士様に殺されるよ?」

(いやいやいや! 殺されるって大袈裟な。まぁ、自分でもちょっと・・・・わかりにくいなとは思うけど)

「ま、まぁデザインはユリに任せるからデザイン画を描いてくれるかな? 描き終わり次第、フィリス工房に行こう」
「……わかった」

 ユリの呆れたような視線には気付かないふりをしてその場を離れる。ちょうどその時、お店のドアが開いた。

「追加の従業員を連れてきたで」

(仕事が早い!)

 そこには、ミッシェルさんと5人の従業員がいた。

「とりあえず今日は顔合わせや。シフト管理はアレンはんに任せるで。この後工房に行くんやろ?」
「あ、そうですね。ユリがデザイン画を描き終え次第、工房に向かおうと思っていました」
「よかよか。向かう工房は決まっとるん?」
「はい! フィリス工房に行こうと思います」
「――フィリス工房!?」
「――!?」

 ミッシェルさんがいきなり大きな声を出した。突然のことで俺はおどろいてしまう。

「え、ええ。リバーシもフィリス工房で生産してもらっているので、チェスもお願いしようかなと」
「……露出魔と腹黒女がいる工房やね?」

 露出魔はマリーナさんの事として……腹黒女はミケーラさんの事だろうか。父さんが言っていた通り、ミケーラさんもただの苦労人ではないようだ。

「ええ、おそらくそうです。この辺りで、短納期で大量の生産が可能な工房は他にないので」
「まぁ確かにこの辺りじゃ一番大きい工房やし、質も悪くないけどな。うむぅ……」

 ミッシェルさんが何かを考えている。

「よっしゃ。それならわても、フィリス工房に同行させてもらおうか」
「いいんですか!?」
「ああ。今回の件は、アナベーラ商会も関係あることやさかい、口添えさせてもらうわ」

(ミッシェルさんの口添えがあれば100人力だ。従業員も補充されたし、父さんには先にフィリス工房に向かってもらおう)

「ユリ、あとどれくらいで描き終わる?」
「1時間もあれば余裕で!」
「わかった。それじゃ父さんは先にフィリス工房に向かって。1時間後に俺達が行くことを伝えておいて。むこうの都合がよければ、軽く説明しておいて欲しい。今回もお酒はなしね」
「了解だ!」

 父さんはそういってフィリス工房に向かおうとしたが、ミッシェルさんに止められる。

「――ちょぉ待てや、ルークはん。あんさん、あの女と酒飲んどるんか?」

 父さんが固まる。その額に汗がにじんでいた。

「そ、それは……」
「あんさん、奥はんおりますよなぁ。どういうことや?」

 ミッシェルさんが父さんを問い詰める。その顔はヴェールに隠れて見えなかったが、声に怒気が乗っていた。場の空気が凍り付く。

「こ、これには深いわけがありまして」
「奥はんはご存じなんか? ああ?」

 声にさらに怒気が乗った。

(ミッシェルさん、めちゃくちゃ怒ってる! こりゃ父さん死んだかな……)

 父さんの命運もここまでかと思われたが、突如、救いの手が差し伸べられる。

「しかも、あんさんの奥はんってたしか――」
「お母さん知ってるよ! この前、お父さんと話してた」
「……は?」

 ちょうど何枚目かのデザイン画を描き終えたユリがミッシェルさんの言葉を遮って答えた。

「奥はん、知っとるんか?」

 声から怒気が無くなった。父さんは命拾いしたころを自覚したのか、身体を弛緩させて深呼吸をする。

「うん。お母さんお父さんに飴もらって許してた。でもお母さんが『今夜は寝かさない』って言ってたからめちゃくちゃ怒られたと思うよ」

 命拾いした直後で油断していたのだろう。ユリの台詞を止めに入るのが遅れる。

「ユリ! ちょっと待っ――」
「次の日、お父さん眠そうだったし、お母さんすっきりした顔してたから」

 先ほどとは別の意味で場の空気が凍り付いた。

「そ、そか。すでに奥はんからお仕置き・・・・を受けとるんやな」
「うん! だからお父さんをあんまり怒らないであげて?」

 ユリはただ、父さんが怒られただけだと思っているのだろう。悪気はなかったに違いない。

「そ、そうやな。うん。ならええんや。夫婦は仲ええんが一番や!」

 意外にもミッシェルさんが慌てている様子だった。ヴェールで見えないが、顔を真っ赤にしているミッシェルが想像できる。

「――ほ、ほら、父さん。早くフィリス工房に行きなよ! 俺達も1時間後に行くからね!」

 俺は場の空気を変えようと努めて明るい声を出した。

「そ、そうだな!……うん……行ってくりゅ…………行ってくる……」

 そんな俺の努力を察した父さんが明るく答えようとしてくれたが、羞恥心が勝ってしまったのだろう。思いっきり嚙んだ。

「ル、ルークはん! その……わての早とちりやった。かんにんや」

 ミッシェルさんが謝った。ミッシェルさんも悪気があったわけじゃないとはいえ、父さんの羞恥心にダメージを与えてしまったことを悔いているのだろう。

「お気になさらず。……いえ、お願いですから忘れてください」
「そ、そうやな。うん。忘れますわ」

 そう言って俺達は父さんを見送った。まだ開店準備中であり、その場には俺達の他の従業員もいたが、誰も動き出すことができない。

 そんな俺達をユリだけは不思議そうな顔で見ていた。
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