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第3章 躍進の始まり
97.【サーシスの傷跡13 笑顔】
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その後、一連の流れを、シャル様に『回復』魔法をかけてもらいながら実施する。結果として、『皮の修復』も『骨の修復』も痛み無く行えることが出来た。
「アレンはん、これで『実験』は完了か?」
「そうですね……後は経過観察して、問題が無ければ完了です。残すは本番のみですね」
「本番……せやな。まだ本番があるんやな。ここで気を抜いたら、また誰かさんに怒られてまう。気を引き締めんとな」
ミッシェルさんの言葉にミルキアーナ男爵が顔をしかめるが、特に反論はしなかった。
「なんにせよ、『実験』はこれでひと段落です。皆様、ご協力ありがとうございました!」
この場にいる誰一人かけても『実験』は成功しなかっただろう。俺は感謝の意を込めて、その場の皆に向かって頭を下げた。
「何言っとるん。感謝するんはこっちの方やで?」
「そうですよ? アレン様のおかげで被害者達にさらなる支援が出来るんですから。まさに偉業です。誇って良いんですよ?」
「そうだな。もともとは私らの不手際のせいで拡大してしまったサーシスの被害者達だが、アレン殿のおかげで、彼女らに報いることが出来そうだ。感謝する」
口々にお礼を言われて恥ずかしくなってしまう。
「アレン。わたくしのわがままを叶えてくださり、ありがとうございました」
「クリス……ううん」
きっかけはクリスの願いだった。だけど……。
「もう、俺の願いでもあるんだ。あと少し。一緒に頑張ろう!」
「はい!」
3日後、『材料』の状態を確認した。顔も指も、どこに痕があったのか分からないほど、綺麗な状態だ。これなら、被害者達に実施しても大丈夫だろう。
「ミルキアーナ男爵、ご協力頂き、ありがとうございました。『これ』、お返しします」
「礼には及ばん。先日も行ったが礼を言うのは私達の方だ。『これ』も綺麗にしてもらえたし、皆も喜ぶだろう」
「ひっ!」
『材料』がおびえた表情を見せる。
「そういえば、『これ』には何をやらせていたんですか? 私達と同じように被害者達の家を回っているとのことでしたが、『これ』を連れて行ってもろくなことにならないと思うのですが……」
被害者達のもとに『これ』を連れて行ってもいいことがあるとは思えなかった。むしろ、恐怖を与えてしまうだけだろう。
「ん? ああ、言ってなかったか。私達が回っている家は、被害者の中でも遺族達の家だ」
「それって……」
「娘が帰ることが出来なかった家……だな」
サーシスの被害者達の中には無くなってしまった娘もいる。
「……大丈夫なんですか?」
「難しいな。立ち直れそうな者もいるが、折れてしまっている者もいる。部下達に見張らせているが、自殺を図るものも多い。『これ』をおもちゃにして気晴らしさせてはいるが、心が晴れることはないだろうな……」
家族を失う気持ちは俺には分からない。だが、心が折れてしまうほど辛い事だと想像は出来る。
「そう……ですよね。……………………あの、ミルキアーナ男爵は大丈夫ですか?」
「は? ……なんだ? 心配してくれるのか?」
「……それは……まぁ」
「……ふっ。まぁ大丈夫だと言えば嘘になるな。だが、『あれ』の管理は私の仕事だ。誰かがやらねばならぬ仕事である以上、私がやる。気遣いは無用だ」
(馬鹿か俺は……大丈夫ないわけないだろ……)
ミルキアーナ男爵の言葉には覚悟と信念、そして責任感が宿っていた。
「変なことを聞いてしまい、申し訳ありません。そちらで私に手伝えることがあったら言ってください」
「……必要ならばそうさせてもらう。だが、貴殿には今、他にやろうとしていることがあるのだろう? アナベーラ会頭から聞いている。まずはそちらに集中しろ」
「……そうですね。はい、頑張ります」
「うむ。では、またな」
そう言葉を残し、ミルキアーナ男爵はサーシスを連れて屋敷を後にした。
【1週間後】
その日、ミッシェルさんの屋敷に続々とお客さんが集まってきていた。
「アナベーラ様。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「よう来られたな。堅苦しいんは抜きにして今日は楽しんで行ってや」
「はい!」
お客さんはサーシスの被害にあった子供とその家族達だ。所狭しと並んだ料理やおもちゃを手に、皆思い思いに楽しんでいる。
「あ、アレン様!」
1人の女の子が俺を見つけて駆け寄ってきた。
「こんにちは、ケイミ―ちゃん。前にも言ったけど、『様』はいらないよ」
「あ、そっか。ねぇねぇ、竹とんぼ飛ばせるようになったの! 一緒に遊ぼ!」
「いいよ、行こうか」
以前あった時、顔の半分がただれていたケイミ―ちゃんだが、今はすっかり元の顔を取り戻している。後ろでは両親が微笑ましそうにケイミ―ちゃんを見つめていた。
「あ、アレンさんだ!」
皆が竹とんぼを飛ばしている庭に行くと、リーシアちゃんが車椅子で駆け寄ってくる。もう、車椅子の操作はお手の物のようだ。
「こんにちは、リーシアちゃん。楽しんでる?」
「うん! いま、アーネストちゃんと竹とんぼで競争してたの!」
ちょうどその時、庭の隅からアーネストちゃんがやってきた。
「うぅ、飛ばしすぎちゃった……」
どうやら竹とんぼを飛ばし過ぎて取りに行っていたようだ。そんな彼女の手はすっかり元通りになっている。
「飛ばし過ぎだよー」
「だってー、リーシアちゃん上手いんだもん……あ、アレンさん! こんにちは!」
「こんにちは。竹とんぼ楽しい?」
「うん! 楽しい! アレンさんが作ったんでしょ? ありがとう!」
「どういたしまして……ん?」
俺がアーネストちゃん達と話しているとケイミ―ちゃんに腕を引っ張られた。
「どうしたの?」
「……わ、私も……みんなと……」
他人の目を怖がっていたケイミ―ちゃんが人と関わろうとしている。そのことがたまらなく嬉しかった。俺は、アーネストちゃん達にケイミ―ちゃんを紹介する。
「皆、彼女はケイミ―ちゃん。竹とんぼで遊びたいんだって。一緒に遊んでくれるかな?」
「いいよー! 私、アーネスト。よろしくね、ケイミ―ちゃん!」
「あ、ずるい! 私、リーシア! 仲良くしてね」
「あ……うん。よろしく」
ケイミ―ちゃんは竹とんぼを手に皆の中に入っていた。
3人はすぐに打ち解けたようで、一緒に竹とんぼを飛ばしている。その様子を少し離れたところで、ココちゃんが両親と一緒に見ていた。
ココちゃんはまだしゃべることはできないようだが、両親曰く、感情を表すことが増えてきたそうだ。
今も、飛んでいる竹とんぼを見て楽しそうにしている。
料理のエリアでは、ライリーちゃんが美味しそうにハンバーグを食べていた。ミッシェルさんが今日のために王都から料理人を呼んだらしい。ライリーちゃんのご両親が、料理人からハンバーグの作り方を教わっている。
(ハンバーグの作り方なんて知らないからな……すでにこの世界にあって良かった)
「大成功……やな」
皆の様子を眺めていると、ミッシェルさんに話しかけられた。
「ええ。皆、喜んでくれてよかったです」
「これを機に皆、前を向いてくれるとええんやけどな」
「……そう、ですね」
出来る限りの事はしたつもりだが、被害者達の傷が完全に癒えたわけではない。辛い思いをしたという過去は変えられないし、疎遠になってしまった人との関係も簡単には戻らないだろう。それでも……。
「でも、今は皆、笑えてます」
「……せやな」
被害にあった女の子達も、その家族も、今この時だけは笑っていた。それは間違いない。なら……。
「何とかなりますよ。きっと」
「……ああ。せやな!」
先日まで、被害者達は孤立していた。家族で支え合ってはいたが、それ以上の繋がりを持とうとすると、同情や憐みの視線にさらされてしまい、繋がりを持てずにいたそうだ。
だが今日、彼らは同じ境遇の人達と知り合うことが出来た。誰かが辛い目にあっても、支え合えるだけの繋がりが、今日結べたはずだ。
これだけの人数の人が一緒に笑っていれば、きっと何とかなる。
会場を見渡しながら、俺はそう感じた。
「アレンはん、これで『実験』は完了か?」
「そうですね……後は経過観察して、問題が無ければ完了です。残すは本番のみですね」
「本番……せやな。まだ本番があるんやな。ここで気を抜いたら、また誰かさんに怒られてまう。気を引き締めんとな」
ミッシェルさんの言葉にミルキアーナ男爵が顔をしかめるが、特に反論はしなかった。
「なんにせよ、『実験』はこれでひと段落です。皆様、ご協力ありがとうございました!」
この場にいる誰一人かけても『実験』は成功しなかっただろう。俺は感謝の意を込めて、その場の皆に向かって頭を下げた。
「何言っとるん。感謝するんはこっちの方やで?」
「そうですよ? アレン様のおかげで被害者達にさらなる支援が出来るんですから。まさに偉業です。誇って良いんですよ?」
「そうだな。もともとは私らの不手際のせいで拡大してしまったサーシスの被害者達だが、アレン殿のおかげで、彼女らに報いることが出来そうだ。感謝する」
口々にお礼を言われて恥ずかしくなってしまう。
「アレン。わたくしのわがままを叶えてくださり、ありがとうございました」
「クリス……ううん」
きっかけはクリスの願いだった。だけど……。
「もう、俺の願いでもあるんだ。あと少し。一緒に頑張ろう!」
「はい!」
3日後、『材料』の状態を確認した。顔も指も、どこに痕があったのか分からないほど、綺麗な状態だ。これなら、被害者達に実施しても大丈夫だろう。
「ミルキアーナ男爵、ご協力頂き、ありがとうございました。『これ』、お返しします」
「礼には及ばん。先日も行ったが礼を言うのは私達の方だ。『これ』も綺麗にしてもらえたし、皆も喜ぶだろう」
「ひっ!」
『材料』がおびえた表情を見せる。
「そういえば、『これ』には何をやらせていたんですか? 私達と同じように被害者達の家を回っているとのことでしたが、『これ』を連れて行ってもろくなことにならないと思うのですが……」
被害者達のもとに『これ』を連れて行ってもいいことがあるとは思えなかった。むしろ、恐怖を与えてしまうだけだろう。
「ん? ああ、言ってなかったか。私達が回っている家は、被害者の中でも遺族達の家だ」
「それって……」
「娘が帰ることが出来なかった家……だな」
サーシスの被害者達の中には無くなってしまった娘もいる。
「……大丈夫なんですか?」
「難しいな。立ち直れそうな者もいるが、折れてしまっている者もいる。部下達に見張らせているが、自殺を図るものも多い。『これ』をおもちゃにして気晴らしさせてはいるが、心が晴れることはないだろうな……」
家族を失う気持ちは俺には分からない。だが、心が折れてしまうほど辛い事だと想像は出来る。
「そう……ですよね。……………………あの、ミルキアーナ男爵は大丈夫ですか?」
「は? ……なんだ? 心配してくれるのか?」
「……それは……まぁ」
「……ふっ。まぁ大丈夫だと言えば嘘になるな。だが、『あれ』の管理は私の仕事だ。誰かがやらねばならぬ仕事である以上、私がやる。気遣いは無用だ」
(馬鹿か俺は……大丈夫ないわけないだろ……)
ミルキアーナ男爵の言葉には覚悟と信念、そして責任感が宿っていた。
「変なことを聞いてしまい、申し訳ありません。そちらで私に手伝えることがあったら言ってください」
「……必要ならばそうさせてもらう。だが、貴殿には今、他にやろうとしていることがあるのだろう? アナベーラ会頭から聞いている。まずはそちらに集中しろ」
「……そうですね。はい、頑張ります」
「うむ。では、またな」
そう言葉を残し、ミルキアーナ男爵はサーシスを連れて屋敷を後にした。
【1週間後】
その日、ミッシェルさんの屋敷に続々とお客さんが集まってきていた。
「アナベーラ様。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「よう来られたな。堅苦しいんは抜きにして今日は楽しんで行ってや」
「はい!」
お客さんはサーシスの被害にあった子供とその家族達だ。所狭しと並んだ料理やおもちゃを手に、皆思い思いに楽しんでいる。
「あ、アレン様!」
1人の女の子が俺を見つけて駆け寄ってきた。
「こんにちは、ケイミ―ちゃん。前にも言ったけど、『様』はいらないよ」
「あ、そっか。ねぇねぇ、竹とんぼ飛ばせるようになったの! 一緒に遊ぼ!」
「いいよ、行こうか」
以前あった時、顔の半分がただれていたケイミ―ちゃんだが、今はすっかり元の顔を取り戻している。後ろでは両親が微笑ましそうにケイミ―ちゃんを見つめていた。
「あ、アレンさんだ!」
皆が竹とんぼを飛ばしている庭に行くと、リーシアちゃんが車椅子で駆け寄ってくる。もう、車椅子の操作はお手の物のようだ。
「こんにちは、リーシアちゃん。楽しんでる?」
「うん! いま、アーネストちゃんと竹とんぼで競争してたの!」
ちょうどその時、庭の隅からアーネストちゃんがやってきた。
「うぅ、飛ばしすぎちゃった……」
どうやら竹とんぼを飛ばし過ぎて取りに行っていたようだ。そんな彼女の手はすっかり元通りになっている。
「飛ばし過ぎだよー」
「だってー、リーシアちゃん上手いんだもん……あ、アレンさん! こんにちは!」
「こんにちは。竹とんぼ楽しい?」
「うん! 楽しい! アレンさんが作ったんでしょ? ありがとう!」
「どういたしまして……ん?」
俺がアーネストちゃん達と話しているとケイミ―ちゃんに腕を引っ張られた。
「どうしたの?」
「……わ、私も……みんなと……」
他人の目を怖がっていたケイミ―ちゃんが人と関わろうとしている。そのことがたまらなく嬉しかった。俺は、アーネストちゃん達にケイミ―ちゃんを紹介する。
「皆、彼女はケイミ―ちゃん。竹とんぼで遊びたいんだって。一緒に遊んでくれるかな?」
「いいよー! 私、アーネスト。よろしくね、ケイミ―ちゃん!」
「あ、ずるい! 私、リーシア! 仲良くしてね」
「あ……うん。よろしく」
ケイミ―ちゃんは竹とんぼを手に皆の中に入っていた。
3人はすぐに打ち解けたようで、一緒に竹とんぼを飛ばしている。その様子を少し離れたところで、ココちゃんが両親と一緒に見ていた。
ココちゃんはまだしゃべることはできないようだが、両親曰く、感情を表すことが増えてきたそうだ。
今も、飛んでいる竹とんぼを見て楽しそうにしている。
料理のエリアでは、ライリーちゃんが美味しそうにハンバーグを食べていた。ミッシェルさんが今日のために王都から料理人を呼んだらしい。ライリーちゃんのご両親が、料理人からハンバーグの作り方を教わっている。
(ハンバーグの作り方なんて知らないからな……すでにこの世界にあって良かった)
「大成功……やな」
皆の様子を眺めていると、ミッシェルさんに話しかけられた。
「ええ。皆、喜んでくれてよかったです」
「これを機に皆、前を向いてくれるとええんやけどな」
「……そう、ですね」
出来る限りの事はしたつもりだが、被害者達の傷が完全に癒えたわけではない。辛い思いをしたという過去は変えられないし、疎遠になってしまった人との関係も簡単には戻らないだろう。それでも……。
「でも、今は皆、笑えてます」
「……せやな」
被害にあった女の子達も、その家族も、今この時だけは笑っていた。それは間違いない。なら……。
「何とかなりますよ。きっと」
「……ああ。せやな!」
先日まで、被害者達は孤立していた。家族で支え合ってはいたが、それ以上の繋がりを持とうとすると、同情や憐みの視線にさらされてしまい、繋がりを持てずにいたそうだ。
だが今日、彼らは同じ境遇の人達と知り合うことが出来た。誰かが辛い目にあっても、支え合えるだけの繋がりが、今日結べたはずだ。
これだけの人数の人が一緒に笑っていれば、きっと何とかなる。
会場を見渡しながら、俺はそう感じた。
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