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第8章 結婚式

211【最後の対談1 モーリス王太子の悩み】

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 モーリス王太子に『時間を作る』と約束していた事をすっかり忘れていた俺は、思い出したその日にモーリス王太子に連絡した。大分焦れた様子のモーリス王太子と日程の調整を行い、翌日に王宮を訪れていつもの応接室でモーリス王太子に謁見する。

「ずいぶん時間がかかったな?」

 応接室に現れたモーリス王太子は、『防音』の魔道具を起動するなり、開口一番、俺に文句を言った。約束を忘れていた事については完全に俺が悪いので、素直に謝罪をする。
 
「いや、ごめん。色々忙しくて」
「まぁ、新婚だもんな。時間を作ってくれた事には感謝してるよ。すまなかったな、新婚生活を邪魔して」
「それは良いけど……どうしたの?」
「いや……その……なんだ……俺の周りにいる奴らについてなんだが……」

 モーリス王太子が歯切れ悪く聞いてきた。

「俺の王太子就任の儀式の日以降、側室候補の娘達が俺を避けてくるんだ。あの日まではこぞって俺に近づこうとしていたのに……側近達もそうだ。急に俺の周りから離れだした。理由を聞いても、『家庭の事情』とか『家からの指示』としか言わない。なぁ、アレン。お前、何か知らないか? 何でもいいんだ。知ってることがあったら教えて欲しい」
「………………」

 モーリス王太子の質問に俺は答えるか迷う。モーリス王太子が知りたい答えを俺は知っているため、『知らない』を言うと、『嘘発見』の魔道具が反応してしまう可能性がある。だが、ずっと沈黙しているわけにもいかない。

(……ま、いっか)

 迷った末に、俺はモーリス王太子の質問に答える事にした。

「多分だけど……カミール王子を更生させたから、じゃないかな?」
「は? な、なぜだ!? カミール王子を更新させた事はこの国にとって良い事だろう!?」

 やはりモーリス王太子は気付いてもいなかったようだ。周囲のモーリス王太子を見る目が、あの時から変わったという事に。

「カミール王子転移させてきたときの事、覚えてる?」
「も、もちろんだ。皆、俺を褒めたたえていたぞ!」

 モーリス王太子は見たい物を見たいようにしか見ていない。ゆえに、『皆が褒めていた』という事しか見えておらず、その裏にある『モーリス王太子が怖くて、褒めるしかなかった』という感情に気付いていないのだろう。

(さて、どう伝えよう……)

 流石に、『皆の前に更生直後のカミール王子を『転移』させたから、皆ドン引きしてるんだよ。俺の目論見通りさ』と言うわけにはいかない。俺は言葉を選びながら話し出す。

「カミール王子が転移してきた時、腕の魔道具を外すために腕を嚙み切ろうとしたじゃん? あれを見てどう思った?」
「どうって……ただ必死だなぁって………………」
「普通、自分の腕を喰いちぎるって狂気の沙汰だと思うんだけど、そうは思わなかった?」
「え? あ………………」
「あの場にいた人達は『カミール王子はモーリス王太子からされたから逃げるために腕を噛み切ろうとした』ように見えたんだよ。それをモーリスは楽しそうに見てたでしょ?」
「だ、だって……『ざまぁ』される奴を皆で追い詰めるのは、物語の定番で……」
「モーリス。ここは現実だよ。物語なら、悪人は皆から嫌われていてどれだけ蔑まれても、誰も文句を言わない。でも、現実ではそうじゃない。悪人相手だからってやり過ぎちゃダメなんだよ」
「で、でも……それならアレンだって同じだろ!? なんで俺は避けられてるのに、アレンはクリスやシャルから避けられないんだ!?」

?)

 いきなり自分の妻を呼び捨てで呼ばれた事に怒りを覚えるが、ぐっと我慢して話を続ける。

「そりゃ、俺は自分の両親を殺されてるからな。その復讐だと思えば、俺の気持ちもわかるんじゃない? でも、モーリスは、カミール王子に何かされたわけじゃないだろ? それなのに、カミール王子が苦しむ様を楽しそうに見ていた。だから、皆引いたんじゃない?」

 クリスを呼び捨てにされた怒りがあったためか、少し強い口調になってしまった。その分、モーリス王太子の心に響いたらしく、モーリス王太子は、うつむいたまま言い訳を繰り返している。

「そ、そんな……だって……いや、でも……アレンは俺の部下だし……そう、そうだよ!部下の親を殺された復讐をしたんだって皆に言えば……」
「今更そんなこと言っても、言い訳にしか聞こえないと思うよ。皆、モーリスの本性を知っちゃったんだから」
「俺の本性?」
「うん。『人が苦しむ姿を見て愉悦を感じる人間だ』って」
「――な!」

 俺の言葉に驚愕したモーリス王太子が、がばっと頭を上げた。

「そんなことはない! 俺はそんな人間じゃない!」
「…………まぁ、事実がどうってより、『思われている』って事が問題だよね」

 モーリス王太子が『ざまぁ』を望んでいる以上、そういう側面がある事は事実だろう。だが、感情的になっているモーリス王太子にそんなことを言っても、理解してもらえるとは思えないので、そこについては深く言及しない。

「そんな……そんな事……」
「あの場面をみた貴族達がそう思うのは無理ないだろ?」
「それは……確かに……くそっ!」

 再び項垂れてしまうモーリス王太子。

 正直、モーリス王太子が最後に声をかけた令嬢の様子を見れば、自分が恐れられ、避けられていることくらいわかると思っていた。実際には、周りの雰囲気に全く気付いていなかったのだが……。

(馬鹿なのかとも思ったけど、説明すれば理解できるんだよな……なんなんだろ、この人モーリス王太子は。まぁ、どうでもいいんだけど。早くクリスの所に帰りたい)

 モーリス王太子から『時間を作って欲しい』と言われたので、今後の事も考えて、礼儀として時間を作ったが、もはや俺にはモーリス王太子の話に興味はなかった。今は、愛する人のいる新居に早く帰りたいという気持ちしか残っていない。とはいえ、一応話している相手はこの国の王太子だ。勝手に帰るわけにはいかない。

 仕方なく、俺は項垂れ続けるモーリス王太子を、冷たい眼で見つめた。
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